13『示された贖罪の道』
失わせた罪は許されない。
残された者は癒されない。
罪人は許されぬまま、死ぬまで苦しみ続けなければならない。
許されぬと分かっていながら、謝り続けなければならない。
もし、贖罪ができる道があるとしたら、
許されぬ道とどちらを選ぶだろうか。
「あなたは自分の言っている事が分かっているのですかっっ!?」
その怒声と同時に、どん、と机に拳を叩き付ける鈍い音が研究室に響いた。
怒声の主は、何とミルドである。かつて、彼がこれほど大きな声を張り上げた事はない。そして、机に拳を叩き付けるような行為も、ミルドにとって初めての事だった。
それほど温厚な彼に、ここまでさせたのはダクレー=バルド-だった。
彼らは、ダクレーの執務机を挟んで相対していた。ダクレーは自分の椅子に座り、ミルドは、自分の机から持ってきた椅子があったが、今は座っていない。
ダクレーはミルドの怒声に動揺すら見せる事はなかった。自分を睨み付けるミルドの視線をしれっと受け止め、口元に笑みを浮かべていている。
「無論だ。十分分かっているつもりだよ」
「それでも、正気の沙汰とは思えない提案だ!」
もう一度、拳を机に叩き付ける。
二度までも何の手加減もなく叩き付けた手は、下手をすれば骨が砕けているくらい痛んでいるはずだが、ミルドはそんな痛みを感じている様子はほとんど見せていない。
そんなミルドを見上げ、なおも気味の悪い笑みを崩さずにダクレーは言った。
「私は正気だ。そして、アルムス所長も承諾されている事なのだよ。私が正気でないとしたら、所長も同じく狂気にかられているということになるねぇ」
だからか、とミルドは思った。
フィラレスの“滅びの魔力”の研究主任から下ろされる内示を受けた時の、あのアルムスの強引な態度は、この提案を受けたからだったのだ。エンペルファータの存亡に関わる事だ、と言ったアルムスの言葉にもその説明で決着がつく。
そうなると、なおさら自分は引き下がれない。
「むしろ、そっちのほうが納得できる。こんなことが本気で提案されて言い訳がない。どこをどう見ても人の道を外れた提案です」
「そうかね? 私はフィラレス君の為にもなると思ったのだがねぇ」
「フィリーの為になる……?」
その言葉に、ミルドは一瞬眉を潜めた。
自分の予想通りの反応だったのに、満足だったのか、更に笑みを深くして続けた。
「フィラレス君はあの魔力故に、多くの人や物を傷付けてきた罪がある。そして本人もその罪故に苦しんでいる。裁かれない事を辛がっている。この提案はいわば彼女に、贖罪の機会を提供するものでもあるのだよ。勿論、フィラレス君にも拒否権は与えられている。罪を購うことと、罪を背負い続けること、彼女はどちらを選ぶかねぇ?」
ミルドには分かっている。フィラレスなら、前者を選ぶ事を。自分や、カーエス等、彼女と付き合いのある人間は、フィラレスの持つ魔力の所為であり、フィラレス自身の罪ではない、と慰め続けた。
しかし、彼女はそんな言葉をまともに受け取った試しはなかった。言葉の暴力等でフィラレスが傷付けられた時も、彼女は甘んじてその痛みを受け入れ続けてきた。
そして、彼女は自我を、欲を自ら封じ込めたのだ。
その事を知っていて、ダクレーはこのような提案をしたのだ。
表面上、拒否権は与えられている。しかしどちらを選ぶかは分かり切っている。
そして、彼女が自ら犠牲になる事を承諾するお膳立てをしているのだ。
「……なんて卑怯な……」
「卑怯とは心外だな。私は選択権を与えているのだからねぇ」
そう言って、ダクレーはククク、とくぐもった笑いを漏らした。
*****************************
「189……! 190……! 191……!」
そんな声を、夢うつつの状態でカーエスは聞いていた。意識は朧げにあり、起きようと思えば起きられた。しかし、まだ目蓋は重く、緑黄の刻(午前7時半)に合わせておいた目覚ましがなるまでは目は開けないでおこうと決めていた。
「197……! 198……! 199……! 200!」
謎のカウントがキリのいい数字まで数えたところで目覚ましが鳴り、カーエスは、そのアラームを止めると、意を決して身を起こした。
ぼさぼさに寝癖がついた頭を掻きながら、リビングまで降りた時、自分がさっきから聞いていたカウントの正体が分かった。同時に驚愕する。
リクが片手の腕立て伏せをしていた。
それだけなら、自分にも出来る。しかし問題は彼の周りにあった。
リクの周囲には、クルクルと、ビー玉大の光玉が幾つか動いていた。その動きは縦横無尽で、腕立て伏せで、腕を伸ばし切った体勢になったリクの身体の下を潜ったり、あるいはリクの顔の前をフワフワと浮いていたりする。
その光玉の正体が魔力の玉であることは、考える迄もなかったが、カーエスが驚いた事実は、それらの光玉がそれぞれ違った属性を持っているらしい事だった。
ある光玉は赤く、火を纏っている。ある光玉は青く、水滴のなかに光っていた。
腕立て伏せをしながら、複数の、しかも属性の違う光玉を操っている。それがどれだけ難しい事か、自らもかなり優秀な方であるカーエスには分かった。自分にも出来ない事はないが、それでも、腕立て伏せをせず、ジッと精神集中をしなければならない。
ファトルエルの大会で、リクと闘った時、彼の“魔導眼”にはリクの魔導が、とても綺麗で理想的な型に見えたが、その影には普段からのこんな訓練があったからなのか。
「お、カーエス、おはようさん。ひょっとして起こしちまったか?」
「い、いや。元々この時間に起きるつもりやったし……」
そうか、とリクは一言答え、荷物から取り出した布切れで身体の汗を拭いた。
カーエスは、まだ驚きに目を見開いた状態のまま、一つ尋ねる。
「毎朝やってんの? 訓練」
「ああ、一応な。やらねーとファルに雷落とされるからな~、恐怖が身体に染み付いちまってサボれなくなっちまった」
この場合の「雷を落とす」は、叱られるという事ではなく、本当の意味で雷を落とされるのだ、とリクは付け加えて苦笑した。
「あの腕立て伏せやりながら魔導制御するのは、いつから出来るようになったん?」
「ん~、完全に出来るようになったのはここ半年のことだな。ほら、筋トレと魔導制御の訓練って別々にやると時間食うだろ? だから一緒にやれねーかな、と思ってさ。でもやってみると難しいんだよなぁ、これが」
リクは、そう答えると明るく笑った。
本人は笑い話のつもりだろうが、カーエスには笑えなかった。ここまでになるまで、平然とこなし、笑い話として話せるくらいにまでなるには、それこそ血も汗も滲む厳しい訓練が必要だったに違いない。
それに比べると自分はどうだ。カルクに、もう教える事はない、と言われてから訓練と言う訓練は全くしてこなかった。もう一人前の魔導士のつもりだったのだ。
「……カーエス、どうかしたのか?」
いつの間にか、リクが心配そうに顔を覗き込んでいた。
カーエスは慌てて身体を仰け反らせて言った。
「あ、いや、なんでもあらへん。さ、そろそろ朝飯の時間やで。食いに行こか」
*****************************
食事時の食堂は、思ったよりも空いていた。
「特に研究員とかに朝飯食わへん人が多いんやな。飯食わんと頭も回れへんちゅうのに、不健康なこっちゃで」と、カーエスが説明しつつ、厨房に入った調理師からパンと卵料理などが乗った朝食のトレイを受け取った。
リクもすぐ後ろについてそれに習う。
トレイを持って、空いている席を探していると、聞きなれた声が彼らに呼び掛けた。
「お~い兄さん、こっちッスよ~!」
声の方を向くと、コーダが席に座って手を大きく振っていた。机を挟んだ向かい側にはフィラレスとジェシカが座っている。
その声に応え、リク達がその席に座った。
「コーダ、いつの間に帰ってきたんだ?」
「ついさっきスよ。よかった、危うく朝食食いはぐれるところでやした」と、コーダは、リクの質問に答え、ははは、とのんきに笑った。
昨日は情報収集に行っていたはずだが、今はすぐ話す程重要な情報はないらしい。ファトルエルでもそうだった。一気に話そうとせず、必要な時に必要な話をしてくれていた。
コーダとの会話の切れ目を狙ってジェシカが話し掛けてくる。
「おはようございます、リク様。昨日は良く眠れましたか」
「ああ、ばっちりだ。やっぱりあれだけ上等なベッドで寝ると疲れのとれかたが違うな」
そう答えて、リクはジェシカから玉子料理を食べようと朝食のトレイに視線を移そうとした。その過程で不意に、ジェシカの隣に座っていたフィラレスと目があった。
すると、フィラレスはたちまち顔を真っ赤に紅潮させ、慌てて視線を外したものだ。
「…………」
リクは正直、リアクションに困ってしまった。
今までも、リクと話していて頬が紅潮していたりする事はあったが、ここまで露骨な反応はなかった。
そんなフィラレスの様子を、ジェシカが微笑ましげに眺めている。おそらく、昨日のリクとカーエスのように、フィラレスとジェシカの間にも同じような話があったに違いない。それで、フィラレスはいつも以上にリクを意識しているのだ。
フィラレスは、視線を外したついでに時計を確認した。そして、少しピッチを上げて朝食を平らげると、トレイを持って席を立つ。
ちょっと名残惜しそうな視線を自分達に向ける彼女に、カーエスが言った。
「ああ、そういやフィリーは黄の刻(午前9時)からミルドのとこに行くんやったな」
フィラレスはこくりと頷いた。確かに、確認してみると、壁に掛けられた皿状の時計の色は大分黄色に近付いてきている。
リクは、フォークで卵料理をつつきながら自身の予定も確認する。
「じゃ、朝のうちは別行動か……。俺もティタに白黄の刻(午前10時半)に研究室に来いって言われてんだよなぁ。まあ昼メシん時には会えるだろ。取り敢えず、この食堂を待ち合わせ場所にしておこう」
そんなリクの言葉に、フィラレスはこくこくと頷き、トレイを食器回収コーナーに置くと、食堂を出て行った。
それを見送って後、リクは呟いた。
「さて、こっちは約束の時間までどうしてるかねぇ……?」
*****************************
フィラレスがミルドの、否、今はダクレーの研究室に到着すると、ダクレーが嬉しそうに迎えてくれた。一方、ミルドは心無しか表情が暗い。いつもは優しく笑いかけてくれるところだったが。
ミルドとは対称的にいつもよりむしろ明るいと言えるくらいの表情で、ダクレーが歩み寄りつつ言った。
「やあ、フィラレス君。待ちわびたよ」
彼女は、乏しい表情の中、少しだけ眉を歪めた。フィラレスとて、このダクレーと言う男には好感は持っていなかったのである。
そんな彼女の様子には気付かず、ダクレーは傍まで歩み寄ると、話を始めた。
「今日、ここに呼んだのは、いつものような検査の為ではないのだよ。他でもない、君に重大な話をする為にここへ呼んだのだ」
そう前置きをして、ダクレーは研究室にあった応接用のソファに彼女を誘導して座らせた。そして、ミルドにお茶を出すように言った。
そのダクレーの態度に、フィラレスとしては戸惑いを感じざるを得なかった。
前置きの中に出た“重要な話”とやらが関係してくるのだろうか。
ミルドがお茶を持ってきて、フィラレスの前に置いた、そして目があった時に小さく微笑みかけてみせてくれた。やっと見られたミルドの笑顔に、フィラレスは少しだけ安堵する。
そして、ミルドがダクレーの隣に座り、フィラレスと向き合う形になったところで、dクレーが切り出し始めた。
「ふむ。私はどうもせっかちでね、よって世間話等挟まずに、さっきから君も気になっているであろう重要な話に入りたいと思うが、依存はないね?」
フィラレスが頷く。
それを見てダクレーも頷き返して続けた。
「君ももしかしたら噂等で聞いているかもしれないが、昨今の魔導研究所が抱えている大きな問題の一つにエネルギー問題がある。つまりは魔石問題だよ。研究所は混乱をさせないために、その問題が深刻化している事実の公表は控えているがねぇ、……まあ私としてはいきなり魔石が無くなった、と言った時の民衆の反応が見物だよ」
そしてククク、と皮肉るような咬笑を挟む。
ふと、フィラレスとミルドの視線が自分に集中しているのに気がつき、ごほんと一つ席をして、また続けた。
「失礼、話が逸れたね。まあエネルギー問題の方は少し置いておいて、皆の知るように、エンペルファータにはとても大きな恩恵を与えている魔導機械がある。そう、“セーリア”だ。昨日の“孤立する日”にもこのエンペルファータを守ってくれた“セーリア”だよ。
そこで少し考えてみてほしい。“セーリア”はエンペルファータの屋根となり、雨風を防ぎ、街中を適度な温度に保ち、あれほど強い大災厄からも街を守ってくれている。つまりとてつもなく大きな魔法効果を持っているわけだ。これがどう言うことか分かるかね?」
突然問われたが、口が利けず、答えようのないフィラレスとしてはダクレーの、慈しみとはおよそ遠いところにある視線を正面から受けるしかない。
しかし、一応魔導学校の筆記試験の成績ではトップクラスだった彼女だ。一応ある一つの答えは持っていた。
先程、ダクレーはエネルギー問題を口にした。ひとまず置いておくとは言ったが、今の“セーリア”の話題に絡んでくるはずなのである。そうなると、答えは自然と出てくる。
「分かったようだね。そうエネルギーの問題だ。それほど大きな魔法効果を持っており、しかもその魔法効果が永続的に続けられている“セーリア”だ。あの魔導装置が魔法効果を維持する為に必要な魔力は他の魔導装置の比では無いのだよ。
さっき言ったエネルギー問題を今ここに蒸し返すと、私の計算では、現在魔石の存在が認識されている魔石鉱山の全ての魔石を集めても、もう三年も“セーリア”を維持する魔力は得られまい。そうなったら他に“セーリア”を採用している都市はともかく、エンペルファータは終わりだよ」
その言葉の意味は、長年エンペルファータに住んでいるフィラレスには良く分かった。雨風や、適温保持の機能が消えてもどうと言うことはない。しかし“孤立する日”にやってくるグランクリーチャー《テンプファリオ》の大災厄がやってきた時、“セーリア”が無ければエンペルファータは一晩の内に崩壊する。
雷に灼かれ、雹に打たれ、強酸の雨に溶かされ、最後の光のシャワーの前に跡形も無く葬り去られてしまうに違いない。たった、一晩の大災厄で。魔石が三年もたないと言う、この現実を知ったら、エンペルファータの住民はどうするだろうか。
「しかし、この状況を暫定的にとはいえ、打開する策が無くはないのだ」
少し、声を大きくしてダクレーは言った。
良く考えてみると、今までのエネルギー問題やエンペルファータの危機云々を聞かされる為に自分は呼ばれたのでは無いはずだ。
つまり、今までのは前置きで、ここからが本題なのだろう。
「考えてみると、この星にあるものは皆、魔力を持ち得る。大抵は使うに値しないくらい小さくはあるがね。ところが魔石と、もう一つのものだけが魔法効果をもたらせる程の魔力を持っているのだよ」
もう一つのもの、をダクレーは強調して言った。
そしてしばらくフィラレスの藍色の瞳を覗き込んだまま、沈黙する。
言うのを躊躇っている感じではない、どちらかというと意地悪く焦らしている感じだ。
「………そう、人間だよ。魔石がないなら、最後に頼るのは人間しかいない。世の中には、一握りしかない魔導士だけではなく、魔力は持っていても、それに気付かない、もしくは魔導の技術がともなわず、魔導士になれない者がいる。
そんな人間達の魔力もあわせれば、今まで魔石から得ていたくらいの魔力は手に入るのではないかね? しかも、魔石とは違い、人間は食物を摂取し、睡眠をとることで魔力を回復することができる。つまり、半永久的に保たれるエネルギーと言う事だよ」
フィラレスは元々、言葉を喋ることは出来なかったが、このダクレーの提案には絶句した。狂っているとしか思えない。
魔法を行使する時以外、魔力はその所持者を離れられないと言う性質を持つ。輸血のように定期的に注射器で血を抜いて、それを保存しておくというわけには行かないのだ。よって今現在使われている魔石も、常時魔力を伝えるコードを接続しておき、必要な時に必要な魔力だけをその魔石から抽出されるのである。
ダクレーが言っているのは、魔石を人間に置き換える、つまり、魔力を持った人間を、いつでも必要な時に必要な魔力が抽出できるように魔力炉に接続するということだ。食事与えられるだろう、睡眠だってとりたい時にできるだろう。
しかし、接続されている限りは動けない。何処にも行くことは出来ない。一言で言うと、食事と睡眠以外の行動の自由を全て奪うと言うことなのである。さらに、効率を考えると、食事ではなく、栄養分の注射だけで済ませるかもしれない。もし、そうされた人間がいたとしたら、その人間は生きていると言えるのだろうか。
「ククク……安心したまえ。取り敢えず“セーリア”の問題さえ解決できれば、そんな措置はとらなくて済む。私としても最後の手段だと思っているしね。そして、“セーリア”の問題だが、こればかりは一刻も早く対策を打ち出さない限りエンペルファータは滅ぶ。何しろ、エンペルファータには否応なく二百日置きに滅びがやってくるのだからね」
ふと、ミルドを見ると、彼はダクレーの話は聞きたくないとでも言うように、苦い顔をして目を背けていた。
それで、何となくフィラレスには何故、自分がここに呼ばれたのか、ダクレーが本当に自分に話したいことがなんなのか、分かったような気がした。
自分の視線を感じたのか、いきなりミルドがフィラレスの眼に視線を戻した。そして、ガバッと立ち上がる。
そして焦燥も露に、明らかに興奮した調子で言った。
「フィリー、主任の話は聞いちゃいけない……君一人が犠牲になることなんてない!」
「ミルド君、それはフィラレス君の決めることだよ」
「いいえ、やはりこれは人道に反しています。僕はこのことを公表するつもりです! そのためにティタともども研究所をクビになっても構いません! 人柱の上にしか成り立たない文明なんか消えてしまえばいい! 僕は、決してフィラレスを“セーリア”の動力源になんてさせない! この研究を連れだして……っも……!?」
叫んでいたミルドが、突然何かに殴られたように身を震わせ、崩れ落ちた。
ソファに倒れ込むようにして座り込むと、ひじ掛けのほうに身体を倒してしまった。
突拍子もない出来事に、流石のフィラレスも眼を丸くして驚き、ミルドに駆け寄ろうとソファを立ち上がろうとした。
それを制し、ダクレーが言った。
「いや、そっとしておいたほうがいい。すこし興奮し過ぎたようだからねぇ。しばらく休ませるだけで直に良くなるだろう」と、ダクレーは席を立ち、倒れ込んだミルドをソファに横たわらせてやった。
そして改めてフィラレスに向かい合って話を切り出す。
「しかしミルド君の行ったことは半分本当だ。君にしたい話とは、君に“セーリア”の動力源になってもらいたいということだよ。今だって魔石を山のように使ってやっと賄っているのだ。あれを動かすには魔導士を何人か集めたくらいでどうにかなるものではない。しかし……君のもっている“滅びの魔力”なら“セーリア”を十分に動かせる。
非道なのは十分わかっているが、私は君にとって悪い話ではないと思うのだよ。君はその強力な魔力をもってしまったお陰で多数の人を傷付け、君は罪に傷付き、人からは怖れられ、疎まれるようになってしまった。しかし、この方法なら、もう君は誰も傷付けなくて済む。魔力は“セーリア”の魔法効果として発散され続けるから暴走しようがない。
さらに、今まで傷を付けてしまった人達に償いをすることができる。“セーリア”の動力源となることで、エンペルファータの人々を守り、そして文明の最先端であるこの街を守ることで、魔導文明自体を支えることになる。そう考えると、君が今まで傷付けてしまった人達よりも遥かにたくさんの者達を助けることになるだろう?」
人の助けになれる。傷付けてしまった人への償いができる。
フィラレスの耳に、その言葉はとても重く、魅力的に響いた。
自分の言葉がフィラレスの耳に届いているのかを確認するように、ダクレーがフィラレスの瞳を覗き込む。彼女の眼は目の前で動くダクレーを捕らえようとはしていない。おそらくいろいろな考えが頭を渦巻き、それが感覚をほとんど遮断しているのだろう。
ダクレーはその予想通りの反応に、満足そうに微笑むと、さらに続けた。
「しかも、君は命まで失うわけではないし、永遠に魔力炉の中に入っているというわけでもない。ちゃんと代わりの動力源を見付けたら君は自由になれるんだ。罪を償いきり、堂々と自由に生きられるんだよ。そして出た時には、君を恐れる者も、疎むものももういまい」
相変わらず、思考に没頭して反応を示さなくなったフィラレスの肩にダクレーが手を置いた。
「……まあ、今日はもういいから、ゆっくり考えて、いい返事をしてくれたまえ」