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魔法使い達の夢  作者: 想 詩拓
第二部:エンペルファータの魔導研究所
57/114

09『オワナ・サカの料理大会』

 祝いの宴、喜びの園、幸の縁。


 響け、歌声と共に。

 広がれ、舞と共に。


 包み込め、悩みを。

 覆い隠せ、悲しみを。

 洗い流せ、心の闇を。


 祝いの宴、喜びの園、幸の縁。


 伝えよ、この幸せを。

 唱えよ、この喜びを。


 祝杯の酒が星を酔わせるまで。

 笑い声が世界中に満ちるまで。




「ど、どないしてくれんねん、ワレェッ!?」


 大木がすっぽり入る中央ホールに先ほど気がついたばかりのカーエスの声が響いた。

 あまりの大声量に彼の回りにいる者達は思わず指で耳を塞ぐ。


「マジで死出しでの道歩いとったんやで!? あと二、三歩歩いとったら確実にあの世の住人やったぞ!? あっちから昔死んだひーばーさんがオイデオイデしとるの見えたっちゅーねんっ!」


 長口上ながこうじょうに息が切れたのか、カーエスはしばらく肩で息をする。

 一方、カーエスの言葉が終わってからも耳を塞いでいたジェシカは、恐る恐る指を耳から離し、カーエスの怒鳴り声が収まった事を確認すると、カーエスに向き直っていった。


「スマン、手違いだった。許せ」

「誠意が足りぃぃぃんっ!」


 再びカーエスが絶叫し、ジェシカは慌てて耳を塞ぐ。


「人ひとり殺し掛けといてたった三言の……」


 続くカーエスの大声は、いつものようにジェシカの槍がカーエスの目の前に突き付けられる事によって中断された。


「殺されかけたくらいでぐだぐだ文句を言うな。貴様も男ならリク様のように、笑って許すくらいの度量を見せたらどうだ」

「いや、俺でも流石さすがに笑えんと思うが」と、リクは口を挟むが、ジェシカはそれを全く意に介さなかったようだ。

 苦笑しながら、ちらりと『研究・開発室棟』への廊下を見遣ると、そこから彼らがまっていた少女が現われた。


「よう、フィリー。もう済んだのか?」


 リクが声をかけると、フィラレスがこくりと頷いた。

 そのリクの言葉を聞いたカーエスが顔を輝かせる。


「フィリーッ、待っとったでぇ!」


 その後ろに控えていたミルドが、リク達と一緒にフィラレスを待っていたティタの姿に気が付いた。


「やっぱり君も一緒だったか」

「当たり前さ。みんなで騒いで酒かっくらえる機会なんてそうそうないからね。でもアンタこそよく来れたね? 今夜はあの陰気な男と残業かと思ってたけど」


 悪意を隠さないティタにミルドは苦笑いをする。


「手伝おうかって言ったんだけど、遠慮されちゃってね……」

「よっしゃ、全員そろたことやし、そろそろ行こかァ!」



   *****************************



 空は真っ暗だった。時間でいうと夕方でまだ日が残っているはずの時間だったが、“孤立する日”である今日だけはいつもの夜より暗い空だ。

 自然の光源はたった二つ。時折眩く輝く稲妻の紫電と、雲自体が身体のようなグランクリーチャー《テンプファリオ》の虚空に浮かぶ二つの目。

 そのような異常な空の下でも、人はいつものように往来している。

 時には空の《テンプファリオ》を指差す人間もいるが、基本的にはこの大災厄は無視されていた。


 人々が往来する町は明るく輝いている。まるで暗い雲に覆われた星空の代わりを果たしているかのように。

 しかしその明かりとて町の隅々に行き届くわけではない。夜がないのは大通りだけで、それ以外のところ、住居区や大通りから少し外れた横丁などは夜らしい暗さになる。

 カーエスに案内される一行が向かっている西方料理店『オワナ・サカ』も、そんな横丁の一角に存在していた。


「へい、まいどぁ~」


 古びた感じの入り口をくぐると、店主のものとみられる多少間の抜けた感じのする声がリク達を迎えた。

 店の中はあまりきれいでさっぱりしているとは言えない、レストランと言うよりは大衆食堂という雰囲気がする店だ。値段表を見るに、都会にしては安めの設定であるところをみると、本当に少し収入が少なめの客層を狙った店のようだ。

 カーエスは懐かしそうに、にかっと笑って答える。


「お~、おっちゃん、来たったで~」


 その声に奥の厨房から店主らしき男が顔を出した。

 いかつくはあるが、人懐こさに溢れた顔つき、長年着用しているに違いないその調理服と帽子はタレのようなものがあちこちに染み付いている。

 外見は汚らしいが、かと言ってそれが不潔と思わせる事はない。むしろ、外見ではなく中身で勝負といった心意気が伺える。


「なんやカーエスやないけ。おんどりゃファトルエルでくたばったんちゃうんかい」

「あほっ、俺がくたばるワケあるかいっ!」


「先ほどまさに死にかけていただろうが……」と、カーエスの返答に、隣にいたジェシカがボソリと言った。自分がそうさせていたという事実はもはや念頭には上がって来ない。

「この店、カーエスの行きつけだったのか?」


 リクが尋ねると、カーエスは嬉しそうに答えた。


「せやで。このおっちゃん、ジット言うねんけど、俺と同郷でな。ま、同郷ちゅーてもおんなし国なだけで、町とか全然違うんやけど、そら旨い西方料理食わすんや」


 カーエスだけではなく、フィラレスもここの常連だ。その関連でミルドも何度かここに来た事はある。

 西方とは言ってもエンペルリースではなく、その属国として存在する小さな国『オワナ・サカ』の出身であるので、ほとんど同郷の者に会う事はない。

 またオワナ・サカは独特の方言をはじめとする、他では見られない文化をもっているので、オワナ・サカを出た者はすぐにホームシックに掛かり、なかなか自国を出られないのだ。

 カーエスも、ここに来たばかりの頃はホームシックに悩んだものだが、その頃偶然にジットと出会い、西方料理を食べられるようになったお陰でホームシックを克服した。


「なるほど、おふくろの味ってやつスね」


 ここに着いてから、ますます饒舌じょうぜつとなったカーエスの話にコーダが相槌あいづちをうつと、カーエスとジットは揃ってちっちっちっ、と得意そうに指を振った。


「おふくろの味やありまへんで」

「俺らの故郷ではこういうんや」


 そして二人は声を揃えて言った。


「「オカンの味!」」

「あっははははは!」と、いの一番に笑い出したのはティタだ。「いーね、いーね。アタシこういう雰囲気大好きだよ」

 ティタの素直な感想に、ジットは顔をほころばせた。


「へえ、おーきに。何にしまひょ?」

「酒があればあとは何でもいいよ、アタシはね」


 ティタの注文を聞き、ジットは一行の人数を数えた。


「ええと、ちゅうちゅうたこかいな、の七人か」

「人数おるし、料理はテキトーでええと思うよ」と、カーエスは言って、みんなを店の中央にある大きな円卓に座らせた。その円卓の中央は段が付いており、その段はクルクルと回転できるようになっている。

 皆を適当に座らせる際、抜け目なのないカーエスは、さり気なくフィラレスの隣にしっかりと自分の席を確保した。


 カーエスは一人だけ席に着かず、厨房の方に歩いていく。

 それを見たミルドが尋ねた。


「どこに行くんだい、カーエス君?」


 するとカーエスはにかっと笑い、握りこぶしを持ち上げた。


「今日はフィリーの“滅びの魔力”制御できました記念のお祝いやからな、俺の手料理食わしたろーか思て」

「おっ、いいな」と、それにのってきたのはリクだ。彼も立ち上がって言った。「じゃ、俺も何か作るか」


 リクに続いて、ジェシカ、コーダも立ち上がる。


「では私もフリーバルの宮廷料理を振る舞うとしましょう」

「じゃ、俺はファトルエル料理ッス!」


 がたっ、と次に立ち上がったのは何とフィラレスである。


「……フィラレスもやんの?」


 カーエスの呆気に取られたような質問に、フィラレスはこくこく頷いて肯定の意を示す。


「そらマーシア先生もおったから、フィリーが料理出来ても不思議はないんやけど、今日の主賓しゅいんはフィラレスなんやで?」


 さとすようにカーエスが言ったが、フィラレスの体勢は変わらない。

 折角自分が気持ちを込めて、フィラレスに手製の西方料理を振る舞おうとしていたのに、主賓であるフィラレスも料理をつくるのでは意義を無くしてしまう。


「ははは、やらせてやんなよ。みんなで賑やかに何か作るなんて楽しくていいじゃないか。いっそオワナ・サカの料理大会フィラレス記念杯ってのはどうだい!?」と、ティタがいかにも賑やかなことが大好きそうな事をいう。

「でもなぁ」


 なおも食い下がる様子を見せるカーエスだったが、彼の耳にその後ろにいたジェシカとコーダがささやきあっているのが聞こえた。


「料理大会になったら困ったことにでもなるんスかね」

「おそらくヤツはあまり料理に自信がないのだ。出す予定だった料理も実は前もってここの主人に作ってもらったもので……」


 カーエスの目がギラリと輝き、振り向きざまに、びしっ、と二人を指差した。

「エエ度胸やな、おんどれらっ! そこまで言うなら受けて立ったるわいっ! 後で吠え面かいても知らんでェッ!?」


「単純なヤツ……」と、一部始終を見ていたリクが一人ボソリと呟いた。



   *****************************



 あれから五人はそれぞれ材料の買い出しにいった。

 もともと西方料理の店なのでカーエスは買い出しの必要はないが、自分で選んだ材料を使いたいのか、改めて買い物をするらしい。それにリク達の作る料理は西方料理とは全く違った料理だ。材料も、使う道具も違う。

 材料が揃うと、五人は一斉に調理に掛かった。


 とかかかかか、と全く音が切れない包丁音はコーダである。彼の料理風景は派手だ。ほとんど曲芸のように鍋を振ったり、食材を空中で切ったりしている。

 五人の中で一番料理が上手いと思われているのがこのコーダだ。ファトルエルからここに来るまでの道中も、食事を作っていたのはコーダだった。

 特に食事係を決めていたわけではないのだが、いつもいつの間にかコーダが作ってしまっているのだ。しかしこの手際のよさを見れば、ちょっと目を離した隙に食事を作ってしまえるのも納得できる。


 ジェシカの料理はかなり豪快だ。大きめの鳥のようなものに詰め物をして丸焼きにしている。鳥を火にかけた後は大してすることが無いのか、鳥を調理する前に火にかけたソースを時々味見するだけだ。

 いつもは甲冑姿に身を包み、雄々しいとも言えるジェシカだが、今は料理の邪魔になるので甲冑は外し、前掛けをしている。その姿からはジェシカ本来の女性らしさが感じられた。


 リクの料理はあまり目立ったところがない。一見普通にシチューを煮込んでいるように見えるが、それを調理する彼の表情には自信が満ち溢れている。勝つ自信でもあるのだろうか。


 そしてフィラレスだ。

 事前の話し合いで、彼女はデザートを作ることになっていた。買い出して来たものからすると、ケーキを作るらしい。つたない手付きでメレンゲを泡立てたりしているのが何とも微笑ましく感じられる。


 しかし、何と言っても一番気合いが入っているのがカーエスだ。

 買い出しの際は素材を厳選、使う包丁は完璧なまでに研ぎすまし、作っている麺料理にいたっては麺を打つことから始める始末だ。

 それになにより、いつもは着けているメガネを外している。


 カーエスは“魔導眼”の保持者である。“魔導眼”とは見えないもの肉眼で見る力のある目のことだ。すなわち、“魔導眼”の持ち主は相手の魔力の動きを肉眼で確認し、次に使ってくる魔法を予測することや、魔力を真似て動かし、その魔法をコピーする、などということも可能なのである。

 ただ、この“魔導眼”は本人の意志に関係なく魔力を消費する、という厄介な性質を持っている。放っておくと魔力を吸い尽くされて、魔力の次は生命力を削り取られ、最終的には死に至ってしまうのだ。

 カーエスのいつもかけている眼鏡は、その厄介な性質を能力ごと封印するためのものなのだ。


 しかし“魔導眼”が料理の何の役に立つと言うのか。

 先ほど“魔導眼”は見えないものが見える目である、と述べた。つまり、“味”も見えるのである。

 味が見えると言うことは、紫を、赤に青を混ぜてつくるくらい簡単にイメージ通りの味を出すことができるということだ。


(はーっはっはっはっはっはっはっは! 勝ちはもろたァ~!)


 ただ、勝負に熱くなり過ぎて、当初の目的をすっかり忘れてしまっているようであるが。



   *****************************



 調理の間、ティタとミルドはジットの作ったオードブルをつまみながらその様子を見守っている。厨房から追い出されたジットを始めとする料理人達もその席に同席していた。


「ワシの出番無くなってしもたのー」


 ジットは机にアゴをつけ、つまらなさそうにつぶやいた。


「まぁまぁ、いいじゃないさ」と、ティタは酒をぐいっと煽った。既にグラス5、6杯は飲んでいるが、他人から見る第一印象に違わず彼女は酒に強い。


 もうひとり、外見に違わないのが全く酒を飲まないミルドだ。生ジュースの入ったグラスを傾けながら、厨房のほうを見つめている。

 この店は客席から厨房が見えるようになっており、ここから五人それぞれが料理している様子がよく見える。

 ティタはそれを見とがめ、頭を掴むと無理矢理自分の方を向かせた。


「アンタ、さっきから隣の美人妻を放っといてどこ見てる!?」

「ああ、ごめんごめん……つい嬉しくってさ」

「可愛いフィリーの料理が食べられることが?」


 かなり刺々しい口調でティタが更に詰め寄る。ミルドが長年、実の娘のように面倒を見てきた経緯を彼女も知っていたが、やはり彼の妻としては面白くない。

 するとミルドは穏やかに微笑んで言った。


「違うよ。フィリーにあんなにたくさん仲間ができたことがさ。見てごらんよ。あんまり表情には出てないけど凄く楽しそうに料理してる」


 そう言って、また厨房に移したミルドの視線の先には、忙しそうにくるくると厨房を走り回っているフィラレスの姿があった。自分の料理が終わって手が空いたのか、今はみんなの料理を手伝っているようだ。

 そもそも引っ込み思案の彼女が、こんなイベントに自ら参加しようと思うなどとは、ミルドは夢にも見ていなかった。


 あの強大な魔力を持ったばかりに、フィラレスが手に出来なかったものは多い。そしてそのどれもが普通の女の子としての楽しい人生をいろどるものばかりだ。

 ミルドは、この先もフィラレスはそれらを手に入れることが出来ないのではないか、と半ば諦めかけていた。

 しかし今日、ファトルエルから帰ってきた彼女を見て少し安心した。


 カーエスだけではなく、三人もの新しい仲間が出来ていた。

 それだけではない、相変わらずの無表情だが、以前には全く感じられなかった、フィラレスの喜びの感情が体全体から感じられる。

 “滅びの魔力”のお陰で手に入れられなかった大切なものをフィラレスはようやく手に入れられたようだ。


「僕らにはまだ子供もいないし、本当に僕は彼女を娘のように思ってるんだ。だから、それが嬉しくて……」


 視線をティタに戻す。彼女も、酒の所為で若干紅潮した頬を緩めて微笑んでいる。そして彼女はウインクしながら言った。


「アンタがそう思ってるなら、あのコはアタシにとっても娘みたいなもんだ」そしてグラスをミルドに突き出しながら言った。「乾杯しよう、アタシたちの娘にさ」

「ティタ……」

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