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魔法使い達の夢  作者: 想 詩拓
第二部:エンペルファータの魔導研究所
55/114

07『権力の行使』

 組織内にいる人間はときに他の意思によって動かされる。


 上にいる人間の命令でとてつもなく嫌な事をやらされる。

 上にいる人間の都合で自分の居場所が安易に変えられる。

 上にいる人間の感情でやり遂げたい事を止めさせられる。


 人はそれが嫌で自分が上になろうとする。


 自由になる為に。

 自由を勝ち取る為に。

 勝ち取った自由を守る為に。


 人の自由を踏み付けてでも。




「はっ、はっ、はっ……」


 ティタは息を切らせながら、パネルを操作してケージ室の扉を開けた。そのすぐ向こうに、フィラレスを囲むようにして立っているリク達がいた。

 リクは、ティタに気付くと、嬉しそうに頷いて言った。


「どうだった? なかなか見物だったろ?」

「いや、正直アンタ達で大丈夫なのかと思ってたけど、なかなかやるじゃないか」


 その答えに頷くと、リクはミルドに視線を移した。


「フィラレスのアレはどうだった?」

「見物も何も……驚いたよ……」


 彼の、まるで夢でも見ているかのような、驚きに満ちた目はフィラレスから離れない。そして彼は、おもむろに手を持ち上げて拍手をした。

 それに従ってティタやリク達もフィラレスに向けて拍手を送る。

 彼女の頬は照れでどんどん紅潮していき、最後にはうつむいてしまった。


 しばらくするとパン、パン、パンと、ゆっくりとした、そして音のはっきりとした拍手の音が聞こえ始めた。それは祝福を表すリク達の拍手とは全く異質な拍手だった。その主は、言うまでもなくダクレーだ。

 その音に祝福の拍手は止み、ダクレーに視線が集まる。

 静かになったところで、ダクレーは喜びに、否、よろこびびに歪んだその口を開いた。


「素晴らしい……! 素晴らしいぞ、“滅びの魔力”……!」


 そのずれた発言に全員、カーエスでさえも言葉を失い、唖然とした。この男の目には“滅びの魔力”の威力しか写っていないらしい。

 ダクレーはフィラレスに歩み寄り、その肩に手を乗せようとした。

 しかし、そこにカーエスが手を伸ばし、その手を掴んでとめる。その時のカーエスの表情には、露骨にダクレーへの軽蔑が表れていた。


「女のコにあんまし気軽に触るもんやないで」


 カーエスの言葉に、ダクレーはカーエスに視線を移し、しばらく固まったように動かなかったが、やがて押し殺した笑いを漏らし始めた。


「くっくっく……、私も嫌われたものだ」

「あんたの性格で好くヤツなんか、おらんやろ」


 歯に衣着せぬ物言いのカーエスだったが、ダクレーはそれでも感情を害された様子はない。彼は視線を外してひとしきり、肩を震わせて笑うと、くるりときびすを返した。


「くっくっく……、では嫌われモノは退散するとしよう。ミルド君、データ測定の用意をしておくから、後でフィラレス君を連れて来なさい」

「……わかりました」


 ミルドが返事をすると、ダクレーは満足そうに頷き、この場を歩み去って行く。

 彼の姿が角で見えなくなると、全員が大きく溜息をつく。


「陰険な感じの人ッスねぇ……」

「何者なのですか、彼は?」


 コーダの率直な感想に続いて、黙ってはいたものの、やはり眉を潜めて様子を見ていたジェシカがミルドに尋ねる。

 それが引き金だったように、ティタもミルドに視線を送る。


「そう言えば私も知らないね」

「……さっき紹介をし損ねていたね。彼はダクレー=バルドー。今度“滅びの魔力”の研究チーム主任になる人だよ」


 ミルドの答えに、ティタが目を丸くした。


「研究チーム主任って、アンタじゃなかったっけ?」

「魔導制御の研究班の主任はそのまま僕なんだけど、“滅びの魔力”研究に関しては……僕は降ろされたんだ」と、さすがに言いにくそうにミルドは答える。そして付け加えた。「研究者の人事なんて、スポンサーの利害で決定されるものなのさ」


 そのミルドの発言にティタは目を丸くした。


「珍しいね。あんたが毒づくなんて」



   *****************************



 結局、ひとしきり話した後、ミルドとフィラレスは、ミルドの研究室におもむく事になった。

 カーエスは最後までそれに反対していたが、ミルドもついている事もあって、その反対は押し切られた。


「フィリーっ! 後で絶対ジットの店行こな~っ!」


 既に相当距離が離れているにも関わらず、未練がましく何度も叫んでくるカーエスの声にフィラレスは律儀に振り返り、あちらにも見えるように大きく頷いてみせていた。

 ミルドもそれに付き合い、フィラレスが振り返る為に立ち止まる度、歩みを止めてそれを待つ。

 完全にカーエス達の姿が見えなくなると、フィラレスは感謝の意を込めた眼差しをミルドに向けた。

 それを受けたミルドは優しく微笑んだ。


「いいんだよ、急いでるわけじゃないんだし。……しかし、カーエス君って本当にいい友達だよね」


 フィラレスはこくこくと何度も頷いて同意した。


 本当に彼がいなければどうなっていただろうか、とミルドは思う。

 フィラレスの事を想うのはカーエスだけではない。マーシアやカルクもそうだし、ミルド自身も、魔導制御研究の一環で、彼女の内にある“滅びの魔力”を研究する際に親しく付き合って来た。

 しかし、彼女と同年代の者はカーエス以外、誰もフィラレスの事を見ようとはしなかった。彼らが見ていたのは彼女ではなく、その中に宿る“滅びの魔力”だけ、その恐ろしさのみだった。


 しかしカーエスだけは違った。それどころか、フィラレスに対して明らかに好意をもって接していたのである。

 返答をまるで期待できないフィラレスに、懲りずに話し掛け続け、暇さえあればフィラレスの元に馳せ参じ、いつもうつむいていたフィラレスの周りで、愉快な話を聞かせ続けた。

 石像に向かって続けるような行為は、ミルドも呆れるほどに延々と続いた。その飽くなき努力は時々実を結び、時にフィラレスは、口元に小さく笑みを浮かべる事もあった。

 カーエスはあの通りの賑やかな人柄なので、たった一人でもフィラレスに寂しさを感じさせる事はなかっただろう。もし、義務抜きで彼女に近付く唯一の人間が“滅びの魔力”狙いであったとするならば、彼女は永遠に人間不信に陥っていたかもしれない。


(“滅びの魔力”狙いの人間、か)


 その言葉はミルドにダクレーを連想させた。しかしその事にミルドは全く疑問を感じない。ここ最近、彼の周囲で起こった変化はまるで納得できない事ばかりだったからだ。



   *****************************



 その日ミルドは、一人で研究室にこもってデータの整理、見直しを行っていた。いつもならフィラレスと一緒にいてデータをとるのだが、この日、彼女はこの研究室どころか、エンペルファータのどこにもいない。

 何とあの名高いファトルエルの大会に出場しているのだ。

 彼女の師匠である“冷炎の魔女”マーシア=ミスターシャからその旨を聞いた時、我が耳を疑った。しかもマーシアの勧めではなく、飽く迄もフィラレスの意思だと言った時には、今回は少し早めに大災厄が来るのでは、と本気で心配したものだ。

 いつもならティタに呼び掛けられても気が付かず、後でこっぴどくのされる羽目になるくらい集中できるのだが、その日はフィラレスの事が気になって、余り集中できないでいた。


 ぱた、と机の上に広げたノートを閉じ、ミルドは椅子から立ち上がって伸びをした。身体を伸ばし切ったところでコンコン、とノックの音がした。

「はい」と、返事をしつつ、扉を開けてやると、そこにあった顔を見てミルドはぎょっとした。そこには、魔導研究所所長であるアルムスが立っていたからだ。滅多な事でもない限り、いち研究者を所長が訪ねてくるなどあり得ないからだ。

 そして、滅多な事の大半が。自分の研究の打ち切りの知らせなのだからなおさらである。


「……今、少し時間はあるかね?」


 アルムスの第一声、そして雰囲気を見ると、やはり彼にとって話しにくい内容らしい。

「はあ」と、ミルドは疑惑の晴れない応対でアルムスを部屋の中に入れ、取り敢えず応接用の向かい合った椅子に座らせる。

 アルムスは椅子に座ると、葉巻を取り出し、それに火を付けた。それを見たミルドはわずかに顔をしかめた。ミルドは、あまり煙草の匂いが好きではない。しかも煙草の匂いは一度付いたらなかなか取れないのだ。

 ミルドは、さり気なく窓を開け、お茶を入れてアルムスに差し出した。


「それで、どのような御用件なのでしょう?」

「ふむ、実は他でもない、君の研究の事なんだが……」と、アルムスはそこで言葉を切り、口から紫煙を吐き出した。そして葉巻を手に持ったまま、アルムスは部屋の中に視線を彷徨さまよわせる。


 ミルドは心の中で嘆息たんそくしてから、奥の棚の中にしまってある灰皿を取って来て、アルムスの前に置いた。

「お、済まんな」と、アルムスは、葉巻の灰を灰皿の中に落とす。

「僕の研究……打ち切りになってしまうのでしょうか?」


 ミルドは、思いきって単刀直入に尋ねてみた。

 そして心の中でアルムスの否定の言葉を願いながら答えを待つ。

 アルムスは、気を持たせているのか、言葉を選んでいるのか、もう一度葉巻を吸い、煙を吐き出し、灰を落とすまで何も言わない。


「……安心したまえ、それはない」


 果たして、その答えはミルドの願いを叶えるものだった。

 だが、その後に続く言葉は、彼の危惧した内容を超えた。


「しかし、君には“滅びの魔力”に関する研究の主任研究者から降りてもらう」

「え?」


 安心したところの虚を突かれたこともあり、ミルドはつい自分のカップを取り落とし、割ってしまう。


「あっ……! すみません」


 彼は慌てて布を持ってくるとこぼれた茶を拭き取り、破片を拾い集めた。その破片は、部屋の隅においてある壷のようなものに入れた。

 それは“復元の壷”と呼ばれ、砕けたものをその中に入れると数時間後に元に戻ると言うものだ。うっかり破いてしまった書類などもこの壷で復元できる。


 片付けが終わり、ミルドは改めて席についた。

 そして少し身を乗り出して尋ねる。


「僕が降ろされるとは、どう言う事でしょうか?」


 研究が全く進んでいないのなら別だ。しかし、いつもミルドが研究所に提出する研究報告書には新しい記述が加えられ、研究が順調に進んでいる事を示していた。

 アルムスはまた葉巻を吸ってから、灰を落とすまでの一連の動作をする。どうやら彼はそうとう答えをじらすタイプの人間らしい。


「……勘違いしないでくれ。君には、まだこの研究に参加していてもらう。それに、君の専門である、魔導制御研究全体の主任は変わらず君だ。ただ、“滅びの魔力”の研究に関してのみ、主任の座から降り、新しく来る主任の助手役に就いてもらいたいだけなのだ。今までの研究データを揃えたのも君だし、何よりあの“滅びの魔力”の娘の扱い方もよく心得ているだろう」


 フィラレスを猛獣か何かと勘違いしているのではないだろうか、とミルドは密かに歯噛みする。意識の外ではあったが、彼の両拳もいつのまにか固く握りしめられていた。


「新しい主任研究者、というのは誰ですか?」


 ミルドは自負している。魔導研究所で“滅びの魔力”を研究する自分は、この分野に関しては誰にも負けない事を。

 しかも“滅びの魔力”の研究は、過去の文献が存在せず、今ある“滅びの魔力”のデータ、論理は実物であるフィラレスの協力から、ミルド自身が一から作り上げて来たものなのだ。

 だから他では絶対に研究しているわけがなく、あったとしてもミルドが発表した論文を元にしてという事になるので、他の研究者は必然的に全てミルドの二番煎じという事になるはずだ。


「君の知らない男だ。それ以上は聞くな」

「それで僕が納得するとでも?」


 ミルドは、今までにないほどの迫力を込めた目をアルムスに向ける。

 するとアルムスは深く息をついた。


「君は、何か勘違いしているようだな」と、彼は葉巻を灰皿に押し付けながら言った。そして、新しい葉巻に火を付けながら続ける。「私は、君に主任研究者から降りてくれ、と言っているのではない。降ろす事になった、と言っているのだ。君に理解は求めていない。得心してくれなくても、降ろす事に変わりはないのでな。今日は、これを知らせる為にここに赴いたのだよ」


 がたっ、とミルドは思わず立ち上がってしまった。その顔には理不尽に対する怒り、興奮があらわになっている。

 アルムスは平然とした顔でそれを見上げていた。


「確かに、魔導研究所は僕のスポンサーです。しかし、有無を言わさず落ち度のない研究者を降ろせる権利はないはずだ!」


 アルムスは葉巻を吸って、煙を吐きながら静かに答えた。


「君は、また勘違いをしているな。私は権利を行使しているのではない。権力を行使しているのだ。協力してもらえないのなら、資金を引き上げるだけの事。ついでに言っておくが、粋がって反抗するのもよした方がいい。君は、独りではないのだからね」


 アルムスの含みのある物言いに、ミルドが真っ先に思い付いたのがティタの事だった。彼女の“大いなる魔法”に関する研究も、魔導研究所から資金を受けて行われているはずだ。

 こっちが反対すれば、あっちにも反動が行くわけだ。


「……何故、いきなりこんな横暴な真似を始めたのですか?」


 ミルドが知っている限り、アルムスと言う人物は、カリスマ性のあふれる各国の王や、“自由都市”フォートアリントンの市長であるルナイトなどと並ぶと、地味なイメージの人物であるが、少なくとも民衆に反感を買うような行動はしない男だった。

 言い方を変えると、慕われる訳でもないが、憎まれる訳でもないという事だ。その点、堅実とは言える。


「私だってこんな真似はしたくない。しかし、これはエンペルファータの存亡に関わる話、緊急の措置というものなのだ」

「エンペルファータの存亡……? どういう事ですか?」

「今は話すべき時ではない。時期が来たら、新任の主任研究者のほうから教えてくれる」



   *****************************



 その次の日から“滅びの魔力”の研究主任は、ダクレー=バルドーに変わり、とりあえず今日までは一緒にデータの整理をしていた。ダクレーとも結構会話したが、未だ自分の境遇をここまで変えた事情は影さえ浮かんでいない。

 ミルドは大きく溜め息をついた。


「エンペルファータの存亡か……」


 彼の独り言に、隣を歩いていたフィラレスが反応し、頭一つ分背の高いミルドの顔を見上げる。心配そうな彼女の目と合って、彼は微笑んでみせた。


「何でもないよ、フィリー。君も疲れているだろうし、今日はちょっと魔力の測定をするだけだから頑張ろうね」


 フィラレスはこくりと頷いた。

 こんな彼女を見ていると、いつも頭をでてやりたくなるような衝動に駆られる。しかし彼女は十七歳、そんな子供扱いはされて欲しいわけがない。


 彼女がここに帰ってきたことで、今日からダクレーを中心とする研究が、本格的に始動する。おそらくある程度研究が進んだところで、ダクレーはミルドに真相を話すつもりなのだろう。

 着実に物事は進み始めている。

 しかし、ミルドはある事をほとんど確信していた。


 彼らの企み秘めている事は、人として良からぬ事であろうことを。

 そしてフィラレスに何らかの苦しみを強いるものであろうことを。

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