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魔法使い達の夢  作者: 想 詩拓
第二部:エンペルファータの魔導研究所
54/114

06『努力と成果』

 人は努める、報われることを夢見て。

 報われてのち、人はまた努める。

 報われることの喜びを知ったが故に。


 ただ、努めることが、いつも報われることに繋がるとは限らない。

 それで努めることを止めてしまう者もいる。


 しかし報われなくても、ただ一言の応援が人を努めさせることもある。




 現在の魔導研究所では、ありとあらゆるといっても語弊が生まれないくらい、たくさんの研究、開発活動が行われている。そしてそれら全てが絶対安全と言えるわけではない。むしろ、それらの半数以上に研究、開発を続けることの危険性が認められている。

 しかし危険を冒さなければ、人は前に進めない。それ故に、危険だからと研究や開発を止める者はここにはいない。だが、危険を放ったらかしにしておくほど馬鹿な人間もいない。

 危険が現実になっても被害が最小限に済むように、魔導研究所には、ありとあらゆるところに安全対策が施されている。

 そして、それらの安全を確保するためのシステムを管理するのが管制室である。


 ティタがその部屋の扉をあけると、けたたましいベル音が彼女の耳を突いた。それに少し顔をしかめつつ、中に駆け込むと、中にいた制服姿の警備員の胸ぐらに掴み掛かった。


「第三生物実験室の映像を出しなっ!」

「ティタ、それじゃまるで強盗だよ……」と、後ろからミルドがそっとたしなめる。


 ティタの迫力におびえ切った警備員は、震える指で部屋の中央にあるテーブルを指差した。そこには、あの部屋全体を縮小した立体映像が投影されている。その映像は中にいる人間、生物全てを写し出していた。


 彼女は警備員の胸ぐらを放すと、かじり付くようにその立体映像を覗き込んだ。げほげほと苦しさに咳き込む警備員を、ミルドが謝りながら介抱する。

 警備員が落ち着き、ミルドに礼を言って元のように仕事を始めたのを確認すると、ミルドはティタの傍に行って一緒に立体映像を覗き込んだ。


「どうだい、戦況は?」

「……かんばしくないね」と、ティタは重々しい表情で言った。


 立体映像の中にいるクリーチャー数は二十。

 まだ一体も減っていなかった。



   *****************************



 この第三生物実験室は小さな運動場くらいの広さがあった。部屋には、実験で使われるものと思われるいろいろな装置や器具などが置かれていたが、それらはここで繰り広げられている戦闘によって、ことごとく散らばり、壊れてしまっている。


「防ぐな、返せ《弾きの壁》っ!」


 カーエスの周りに張られた、あらゆる物理攻撃を跳ね返す障壁が、四方から襲ってきたクリーチャー達の攻撃を受け、そのまま弾き飛ばした。

 周囲がすっきりとしたカーエスは、素早く攻撃に転じ、弾き飛ばされて体勢を崩した一体に狙いを付ける。


「冷気よ、凍てつく霜と共に降り、《氷の足枷》として、敵を戒め捕縛せよ!」


 冷気が、狙った一体の足首に氷塊をつくり足枷となった。身動きが出来なくなったクリーチャーに駆け寄り、カーエスは更に魔法を詠唱する。


「この玉は内に炎を秘めし《爆発の玉》。その炎、我が敵に当たりし時、解き放たれん!」


 カーエスの手に、紅蓮に輝く光玉が生み出され、彼はそれを投げ付けた。《氷の足枷》で身動きの出来ないクリーチャーはもがいてはいるが、動けない。果たして《爆発の玉》がクリーチャーに触れた瞬間、耳を覆いたくなる轟音と共に爆発が起こった。


「どやっ……!?」


 もうもうと噴き出る爆煙を、カーエスは眼を凝らして見つめた。だが彼の思いも空しく、爆煙の一部が動きを見せたかと思うと、《爆発の玉》で吹き飛ばしたはずのクリーチャーが、煙を割って飛び出してきた。

 まるで岩のような肩を突き出し、カーエスに向かって突進してくる。


「くっ……防ぐな、返せ《弾きの壁》!」


 再びカーエスは《弾きの壁》を張り、クリーチャーの一撃をかわす。


「なんやねん、コイツら無茶苦茶カタいで!?」


 クリーチャー《甲殻に護られし者》。その名の通り、その上半身が下半身より極端に大きな、厳つい身体には、見た目にも堅そうな甲殻に覆われている。

 雷、雹、酸の雨、そしてあの光のシャワーを伴うエンペルファータの大災厄の、劣悪を通り越した環境を、当然のように受け入れるクリーチャーなのだから、その頑丈さは当然といえた。

 《甲殻に護られし者》達の攻撃をかわすのに難はない。しかし、このクリーチャーを倒すことはおろか、傷をつけることさえも彼らには出来ないでいた。




「“流星突”っ!」


 ジェシカが突き出した槍から発せられた魔力の光線が《甲殻に護られし者》の腹部に突き刺さった。しかし、やはり全く傷は付いていない。


「もう少し溜める時間があれば、何とかなるかもしれんが……」と、ジェシカも愛用のスピアをピタリと構えながら周囲に視線を巡らす。

 彼女の周りには隙あらば襲い掛からんとする《甲殻に護られし者》が六体取り囲んでいた。

 そんなジェシカの目の端にある人物が写った。コーダだ。




 コーダは、全く慌てる様子も、困った表情も見せることなく、物が散乱した部屋をちょこまか走り回っていた。

 そのすぐ後ろには、七体もの《甲殻に護られし者》が迫っている。

 クリーチャーは手を伸ばせば届く距離にあり、実際にクリーチャーはその手を伸ばして攻撃を仕掛けていたが、コーダは、背中に目が付いているような動きで、ひょいひょいと避けて行く。


「コラッ、コーダ! ふざけんと真面目に戦わんかい!」


 ジェシカと同じく、戦いの最中にコーダの姿を認めたカーエスが、ただ逃げ回るだけのコーダを叱咤する。

 それを聞いたコーダは、おどけた様子で肩をすくめた。


「はいはい、わかりやしたよん。そろそろ行こうか《シッカーリド》」


 コーダがそう言うと、彼の前方に光が現れ、ファトルエルからエンペルファータまで一行を乗せてきた、一匹の運搬サソリの姿を形づくる。コーダの“召喚魔法”だ。

 彼は、それの御者席に飛び乗ると《シッカーリド》と共に自分を追って来たクリーチャー達の方に向き直った。


「《シッカーリド》“対集団戦闘モード”っ!」


 それが呪文であったかのように、運搬サソリの身体からは光が発せられ、運搬サソリの身体を変型させる。

 関節を動かすのに邪魔にならない程度に装甲に覆われ、ハサミも金属製っぽく、尾は長くなり、その先は鋭いかまがついていた。


 《シッカーリド》はハサミを振り上げると、先頭に立ってコーダに迫る一体を、薙ぐようにして挟んだ。クリーチャーは見事にそのハサミに捕らえられたものの、挟まっているだけで切れる様子はない。

 鋭い鎌の付いた尾も振り回す。しかし、なぎ倒せるものの、やはり切り倒すことは出来ない。

 大きくジャンプして腹の装甲で押しつぶすことを試みたが、やはり押さえ込むことは出来ても押しつぶす事は出来なかった。


「あらら、やっぱ駄目でやスか」


 サソリに乗って群れを駆け抜けたコーダは、自分がさんざん攻撃を加えたはずのクリーチャー達が健在なのを見て、全く残念そうな様子を見せずに漏らした。


「この防御力は本物ッスねぇ……。兄さんはどうしてやスかね」


 顎に手をやりつつ、コーダはその高い視点からぐるりを見回し、部屋の隅で、フィラレスを背に闘っているリクを見付けた。

 丁度、彼の正面にいる三体の《甲殻に護られし者》がリクに飛びつかんと足を屈伸させている。




「我は刈り取らん、その刃に掛けし全てを薙ぎ払う《疾風の鎌》にて!」


 詠唱の終了とともに、リクの手に鎌状になった乳白色の光が収まった。そしてリクはそれを、襲い来る三体のクリーチャーに向かって振るう。

 無防備な《甲殻に護られし者》の腹あたりに《疾風の鎌》の刃が当たると、新たに巻き起こった風が《甲殻に護られし者》を吹き飛ばした。


(吹き飛んだだけか……ホントは全身を切り裂くハズなんだけどなァ)


 他の者と同じく、その甲殻の堅さに半ば呆れを感じながら、リクは吹き飛んだ三体の内、一体に追撃を加える。


「その頭向けしは汝! それが象られるは龍! その口から吐き出されし火焔はあらゆるものを焼き尽くす! 真紅の咆哮ほうこうと共に我が手に収まれ! 蒼天朱に染めし焼尽しょうじんの火吹き《ルーフレイオン》!」


 リクの詠唱と共に彼の手に赤い光が輝き、杖頭にあたるものが、天に向かって吠えるように口を開けた龍の頭が象られている、杖のような棒が具現化する。

 リクは、猛然と倒れたクリーチャーに駆け寄り、それを構え、鋭い牙の生えた口にその杖頭を突っ込んだ。

 そして、にやりと口元に笑みを浮かべて言った。


「外は確かに堅いけど、大抵そういう場合、中がもろいモンなんだよな」


 言い切ると同時に、仰向けに押さえ付けられた《甲殻に護られし者》の口内が紅く輝く。そして次の瞬間、その口に突っ込まれた杖頭から炎が放たれた。見ているリクにも、そこから体内の隅々にまで、燃え盛る火炎が行き渡る様子が容易に想像出来る

 リクに押さえ付けられ、そして体内をかれて、もがきにもがいた《甲殻に護られし者》だったが、やがてその手足はぱたりと床に落ちた。

 リクは、用心しながらその一体から降りると、疲れとともに息を吐く。


「ふう、やっと一体か」




「……流石はリク様だ。私も負けてはいられないな」


 目の端でリクの様子を見ていたジェシカが、そんな一言を漏らした。

 囲まれていたのを抜け出し、今彼女は壁に背を向け、前方の六体に注意を払っている。後ろはもう檻なので、後方の心配はする必要がない。おそらく、リクも同じ事を考えて部屋の隅に陣取ったのだろう。

 ジェシカは、改めて槍を構え直した。


「さあ、どこからでも来るがいい。この槍は、一切れの紙さえも斬れない。斬れないだけに、刺し貫けないものの存在は許されない」


 ジェシカの槍は刃がなく、針を大きくしたような、完全に刺す為だけのスピアである。斬る事ができる槍もあるが、それだとその分、刺し貫く能力は落ちる。

 彼女は、そんなスピアの使い手として、斬れるものは無いが、貫けないものも無い自分の槍に誇りを持っていた。その誇りを顕示するかのように、魔力を込めた槍に湯気のごとく魔力が漏れて立ち上っている。


 そんなジェシカの迫力に気圧されたのか、クリーチャー達は、呼吸を伺うように身を低くして、黒地に赤い瞳の、気持ちの悪い目でジェシカを見遣る。

 そして、何の合図も無かったにも関わらず、六体全部が、同時にジェシカに向かって突進してきた。


「我が足に宿れ《飛躍》の力!」


 ジェシカは、落ち着いて詠唱をすると、真上に向かって飛び上がる。その下では六体の《甲殻に護られし者》が壁に突っ込み、部屋を振動させた。

 それを見届けた彼女は更に唱えた。


「この場に在るもの縛るは《更なる重力》!」


 ジェシカの真下、そこにいた《甲殻に護られし者》の足元に黒い円が描かれ、その円の上だけに付加された重力が、空中にいる彼女の落下速度を大幅に上げ、目標である一体を拘束する。

 そして彼女は大きく槍を振りかぶり、着地しながら目標の脳天から槍を突き刺した。


「“墜星突”っ!」


 果たして槍は、かなりの抵抗を感じながらも、その槍先が《甲殻に護られし者》の堅い頭皮を破り、その身を飲み込ませていく。

 スピアの半分くらいが、クリーチャーの体内に埋まったところで、ジェシカは槍をひねりながら抜き、同時に残った五体の反撃を防ぐ為に、その場を飛び退いた。


「……これをあと五回やらなければならないのか……」と、ジェシカは槍を握った両手にしびれを感じながら漏らした。




「あらら、兄さんだけじゃなくジェシカさんまでやりやしたか……じゃ、俺もやらないわけにはいきやせんね」


 《シッカーリド》を駆り、迫りくるクリーチャーの群れを適当にあしらっていたコーダは、一人ごちて口元に笑みを浮かべた。

 彼は《シッカーリド》の右手、もとい右ハサミで《甲殻に護られし者》の一体を捕まえると、彼の目の高さに持ち上げた。残った六体は、左ハサミで牽制けんせいする。

 捕まえられた《甲殻に護られし者》は、可能な限り身体を動かして脱出を試みるが、《シッカーリド》のハサミはがっちり食い込んでおり、それを許さない。


「《シッカーリド》の力は、俺が自由に操れるんスよ。さて、君の甲殻で《シッカーリド》の力に、どれだけ耐えられやスかね?」


 そう言って、コーダは《シッカーリド》のハサミに力を加えていく。

 始めは見た目に変化はなかったものの、自分を挟む力が、万力のように確実に強まっていくハサミに、《甲殻に護られし者》の自慢の甲殻も、みしみしという音を立てはじめ、ついにはひびが入ってしまった。

 そうなると、もう耐えられずそのクリーチャーは、一気にそのハサミの力に真っ二つに分断されてしまった。

 目の前で分断され、まき散らされた、血と思われる濃緑色の体液を見て、コーダは思わず眉をしかめた。


「……我ながら残酷なマネをしてしまいやしたね」



「ああっ、コーダまでやりよったぁっ!? じゃ、まだ倒せてないの俺だけ!?」


 焦燥を露にした叫びを上げたのはカーエスだ。彼は四体の《甲殻に護られし者》を相手に相変わらず試行錯誤を続けていた。


「リクは口から炎やろ、ジェシカは脳天から串刺しやろ、コーダは力ずくやろ、ああっ!? あと残っとるの何やね~ん!?」


 個性を追及するカーエスは、他人の真似はあまりしたがらない。

 槍を使っているジェシカや、召喚獣を駆るコーダの真似は出来そうにないが、それでもリクの真似さえすれば、既に一、二体は片付けていてもおかしくなかった。が、カーエスにはどうしてもそれは出来なかった。

 一旦攻撃を止め、カーエスは思考を巡らせる。


「火ィはリクが使いよったし、あの大災厄を抜けられるンやったら氷も、水も、普通の光弾もあかんやろ、樹とか土は、ここじゃちぃと使いにくいし……」


 浮かんでは消えていくアイデア。カーエスは、使える魔法を頭の中に羅列していく。何しろ彼が覚えた魔法の数は、他の魔導士の比ではない。その魔法の多彩さが、カーエスにどんな状況でも個性を追及させるだけの余裕を持たせていた。

 そして彼はその魔法を探し当てた。


「風を集めて凝らせし《風玉》よ、触れし者全てを吹き飛ばせ!」


 詠唱とともに掲げた手に、強風を凝縮した球体が現れた。カーエスはそれを《甲殻に護られし者》の内の一体に投げ付け、これを吹き飛ばす。

 カーエスは、素早くそれを二度くり返し、一体を残して全てを部屋の端まで飛ばし、距離をおく。


「さぁて、邪魔モンもおらんようになったし、ワレからいてもうたるかいっ!」と、カーエスは、威勢良く言い放ち、《甲殻に護られし者》に猛然と走りよった。


 《甲殻に護られし者》は、向かってくるカーエスに、これ幸いと打撃を放つが、この程度は最初から予想しているので避けるのはわけない。

 そしてカーエスが、《甲殻に護られし者》の懐に潜り込むのにも、その一回の空振りによる隙だけで十分だった。

 懐に潜り込んだカーエスは詠唱を開始する。


はらわたよ、踊り狂え! 悲鳴を誘う《身中しんちゅう響曲きょうきょく》の旋律に合わせて!」


 そして、腹に掌を当てる。途端《甲殻に護られし者》の目が見開かれ、身体が「く」の字に折れ曲がった。

 カーエスは、《甲殻に護られし者》から飛び退くと、にやりと笑った。


「キッツい音波で体内をかき回したったんや、利くもんやろ?」


 《甲殻に護られし者》は、のたうちまわり、濃緑色の血が混じった汚物を吐き散らす。それを見たカーエスは、露骨に嫌そうに顔を歪めた。


「……一発じゃ足らんか。ま、レベル3の魔法やし……遠慮すんな、もう一、二発もろといたれやっ!」


 カーエスは、もう一度懐に飛び込み、《身中の響曲》を唱えると、今度は左右の手を交互に腹に当てる。

 すると、今度は断末魔の雄叫びをあげると共に、大量の血を吐き出して絶命した。

 懐にいたカーエスは、その血をもろに引っ被る。


「………汚っ」



   *****************************



「へえ、なかなかやるじゃないか、あの堅い甲殻をどう攻略するのかと思ってみれば」


 立体映像でモニターされた、リク達の闘いの様子を、ティタは興味深げに見つめている。また、彼らが見付けた《甲殻に護られし者》の攻略法を、胸ポケットに収めていた手帳にメモしている。

 その横で、嬉しそうにモニターを見つめていたミルドが怪訝けげんな顔をした。そしておずおずと言った。


「……そんな重大な不安を抱えておいて、彼らを戦場に?」


 かなりの小声だったのにも関わらず、しっかりと聞き咎めたのか、ティタはモニターから目を放さずに、ミルドの脇腹に肘を突き入れる。


「お黙り。あたしは魔導士じゃないんだから、攻略法を思い付かなくて当然なんだよ」

「だ、だからって肘打ちしなくてもいいんじゃないかな……?」と、打たれた脇腹を抑え、苦悶に歪もうとする表情を、何とか抑えてミルドは言った。


「しかし残念ですな」


 突然、例の男が口を開いた。彼に張り付いた笑顔はそのままだが、薄暗い部屋に投影された、立体映像の光を受けて、その表情は一層不気味に見える。

 振り返ったところに、そのような顔があった所為か、ミルドは一瞬戸惑いを見せてから聞き返した。


「何がですか、Dr.ダクレー?」

「いえ、このままだと“滅びの魔力”の出番がなさそうだと思いましてね……」


 どうやら、このダクレーと呼ばれた研究者の目には、“滅びの魔力”しか映らないらしい。発動すれば他の人間がどうなるのかと言う事を、分かりきってのこの言動に、ティタも呆れと蔑みの色を隠さない。

 そんな妻の雰囲気を察したミルドは、ティタが口を開くより先に慌てて発言した。


「そ、そう言えば、何でリク君は、フィリーをあそこに連れて入ったんでしょうね? “滅びの魔力”は確かに強力だけれど、周りに人がいる状況では使えないというのに」

「おそらくは“保険”のつもりなのでしょうな」と、ダクレーは即答した。そして、少し間を開けて解説する。「もし自分達がやられても、最低限確実にあのクリーチャー達を始末できる、という“保険”でしょう。全員がやられた状況なら、“滅びの魔力”を発動させても何の問題もない」


 またしても無遠慮な言葉に、ティタはキッと、ダクレーを睨み付けた。しかし怒鳴る事はしない。今口を開いたが最後、考えうる限りの辛辣な言葉が、決壊したダムの水のように溢れ出てくるだろう。

 ミルドも、さすがに閉口しているようだ。


 ティタは、立体画像の中のリクを見て思った。

(何とか見せてやってくれないかい? この腹の立つジジイが間違ってるって事をさ)



   *****************************



 フィラレスは、リクの背中に護られながら、全員の闘いをずっと見守っていた。

 はじめは、クリーチャー達の甲殻の堅さに戸惑っていたようだったが、リクを皮切りにジェシカが、コーダが、そしてカーエスが各々の技量を発揮して次々と仕留めた。

 彼らの強さに改めて感嘆し、そして自らの弱さを痛感した。


 ファトルエルで大災厄に遭った時もそうだった。自分は傍にいながら、何一つ彼らの役に立っていない。

 あの大災厄の核であったグランクリーチャー《グインニール》は、確かに自分の“滅びの魔力”がなければ倒す事は出来なかった。

 しかし並外れた魔導制御力を持って“滅びの魔力”を《グインニール》に導いたのはリクだ。自分は魔力を貸したに過ぎない。もし自分で制御していたら、どうなっていたことか。


「フィリー、前だっ!」


 そのリクの声は、考え事に没頭していたフィラレスの意識を現実に引き戻した。また、彼女の正面に迫っている《甲殻に護られし者》の存在を気付かせもした。

 魔導学校で体術の訓練も受けていたフィラレスは、さっとクリーチャーの突進をかわし、クリーチャーは、彼女が背にしていた壁に激突した。

 振り向いたところでリクが割って入り、間髪入れずに《甲殻に護られし者》の口に《ルーフレイオン》を突っ込んだ。このクリーチャーが事態を理解するより早く、リクは《ルーフレイオン》の火力を発動させ、《甲殻に護られし者》を体内から焼き尽くす。


「危ないところだったな、怪我はねーか?」と、リクはフィラレスに声を掛けた。彼女はこくこくと頷いた。


 ああ、まただ。


 フィラレスは思った。こんなに足を引っ張るくらいなら、ミルド達と部屋の外で待っていたほうがよかったのかもしれない。

 自分が、これ以上無いくらいに情けない。


「……あと十体ってところか。そろそろだな」と、彼らを狙っていた三体の内、最後の一体を《ルーフレイオン》の炎で牽制していたリクは、全体を見回して呟いた。

「よしフィリー、出番だ」


 リクの呼び掛けに、うつむいていたフィラレスが顔を上げた。

 不思議そうな顔をするフィラレスに、リクはにやっと笑って言った。


「毎朝練習してたんだろ? “滅びの魔力”の制御。俺が知らねーとでも思ってたのか?」


 知っているとは思わなかった。

 リクの言う通り、フィラレスは、ファトルエルを出てから毎日、“滅びの魔力”を発動させ、それを制御する練習をしていた。

 きっかけはリクである。彼は、フィラレスが貸して初めて持った“滅びの魔力”を見事に制御し、導いてみせた。“滅びの魔力”は絶対に制御できないものなのだと思っていた彼女は、少なからぬ衝撃を受けたものである。


 特訓は、ファトルエルを出発した翌朝から始まった。

 夜暗い内から起きだし、リク達の寝ているキャンプからこれでもかというほど離れた場所を選んだ。

 訓練を始めるに当たって、取り返しの付かないことになるのでは、と恐れていたのだが、始めなければ何も変わらない、と自分を説得して、半ば強行する形で始めた。


 初日は砂漠だったのがよかった。誰もおらず、何も無い。それは魔導に神経を集中するのに、もってこいの条件だった。特に“滅びの魔力”は意識したところに魔力が飛んでいく性質をもっているので、それでも油断がならないほどなのだから。

 そのよい条件が身を結んだのか、フィラレスは初日にして“滅びの魔力”を発動させ、収めるに成功した。それでも日がのぼりきって、皆を心配させるくらい、時間が掛かってしまったのだが。


 二日目からは砂漠も抜け、いろいろ精神集中を妨げるものもあったが、一度成功した実績がもたらした実績は大きく、彼女に自信を与えていた。

 今では、“滅びの魔力”を完全には制御することは出来ないものの、発動させることと、収めることは素早く出来るようになっていた。

 だがさすがに人のいるところで“滅びの魔力”を収める自信はない。


 そんなフィラレスの不安を察したかのように、リクは言った。

「大丈夫だよ。俺も、あいつらも、お前の“滅びの魔力”を避けられないほど鈍くないし、当たっても、そう簡単に死ぬほどヤワじゃない。怪我の一つや二つはするだろうが、それでもお前の責任じゃない。そいつの修行が足りねーんだ」


 リクの言葉は、フィラレスの不安を拭うことは出来なかったものの、納得はさせていた。

 そうだ。

 自分は何の為に訓練を重ねたのか。

 ここでやらなければいつやるのか。


 フィラレスは、紐で首から下げている横笛を取り上げた。

 それを見たリクは、嬉しそうに「よし、その意気だ!」と、言った。そして全員の方に向き直って声を掛ける。「おーいっ! フィリーの“滅びの魔力”が発動するぞ、気をつけろよ!」


 その呼び掛けに全員が目を丸くしてフィラレスとリクを見遣るが、すぐに気を引き締めてそれに備えた。

 フィラレスは、それを確認すると、横笛を口に当てた。そして部屋の真ん中に一歩ずつ歩きながら、その笛に息を吹き込む。


 その笛の音は、静かに、ゆっくりと始まり、そしてだんだんテンポが早く、力強くなっていった。その音にあわせるように、普段魔封アクセサリーによって封じられていた“滅びの魔力”が、ゆっくりとフィラレスの身体から滲み出て行く。

 吹いている間も、フィラレスは部屋の中央に向かって歩き続けた。ゆらゆらとフィラレスを囲む光の帯が尾を引き、彼女の後について行く。

 彼女の存在は複雑なもので、始め《甲殻に護られし者》達は、気に止めた様子は見せなかったが、やがて何かの拍子に彼女が目に止まると、相手にしていた者の事など忘れたように、ずっとフィラレスから目を放さなくなった。

 それに怒りを感じたカーエスが挑発するように魔法をぶつけたりしているが、全く《甲殻に護られし者》は反応を示さない。


 やがて、《甲殻に護られし者》達は、一匹のシマウマを狙うライオン達のように、彼女を取り囲み、示し合わせたがごとく一勢に飛びかかった。

 フィラレスは、クリーチャー達の突撃に全く動じない。

 だが、最初の攻撃がフィラレスの身を包む光に触れた時、フィラレスは不意に高い音を吹き鳴らした。

 それが合図であったかのように、ゆらゆらとフィラレスの周りで踊るだけだった光の帯が一斉に散開した。


 フィラレスを中心に、何本も生えた光の帯は、手始めにフィラレスにほど近く迫っていた《甲殻に護られし者》達を、あっさりと飲み込んだ。後には、あれだけの防御力を誇った甲殻の欠片一つですら残らない。

 その外側にいたクリーチャー達を、手当りしだいに葬り始めた。

 時には、リクやカーエス達にも襲い掛かったが、彼らはそれなりの心構えも出来ているので難なくそれを避けた。

 結局、リク達が手間ひま掛けてやっと一体倒していた《甲殻に護られし者》達十体を、フィラレスは一分も掛けずに全滅させてしまったのである。


 しかし、フィラレスにとっては、ここからが本番だった

 クリーチャー達を滅ぼすと、光の帯達は続いてリク達を狙ったが、リク達はそれを避け、時には魔法で防いでいる。

 しかし“滅びの魔力”の威力は、たった今《甲殻に護られし者》達の身で証明した通り、一発まともに喰らえば、それで終わりだ。

 リク達の腕を信用していないわけではない。しかしいくら低いといっても、可能性は無くなるものではない。いつまでも続けば、いつかは必ず光の帯は、彼らを捕らえて滅ぼしてしまうだろう。


 大丈夫。練習ではあんなに簡単に出来るようになった。

 大丈夫。今は少し難しいけれど、出来ないことはない。


 頭の中で、ひたすらそれをくり返した。

 フィラレスは、笛の音に集中した。

 気を落ち着けて、力強かったテンポを下げ、音を小さくしていく。

 すると、リク達の光の帯達は攻撃を止め、元のようにフィラレスの周囲を、ゆらゆらと泳ぎ始めた。そして、その根元であるフィラレスの中に収まっていく。


 だんだんと小さくしていった笛の音が、自分でも気付かない内に消えていた。

 フィラレスはうっすらと閉じていた目を開けた。


 カーエスが感涙にむせびながら、フィラレスに抱きついてくる。

 ジェシカとコーダは、拍手をしながら歩み寄って来ていた。

 そしてリクは、その場に留まっていたが、フィラレスと目が合うと笑ってぐっと親指を突き立ててみせた。


 全てが、無事に終わっていた。



   *****************************



「……見事だ! 素晴らしい!」


 フィラレスの所業に絶句するティタ達の中で、誰より早く言葉を発したのはダクレーだった。

 その言葉にミルドが頷く。


「うん……凄いですよ」


 言葉を全く発さないのは、ティタだ。

 彼女の視線の先は、立体映像の中のフィラレスではなく、それを食い入るように見つめるダクレーの姿だ。

 フィラレスが“保険”であると言ったダクレーの意見は、彼女の希望通りにくつがえされたものの、フィラレスの“滅びの魔力”の発動を見る、という彼の希望は叶えられたわけである。


 その希望が叶えられ、嬉々とするダクレーの態度は、どうしても気になった。どうしても気に食わなかった。

 彼女には、彼がろくなことを考えているようには見えなかったのである。

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