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魔法使い達の夢  作者: 想 詩拓
第一部:ファトルエルの決闘大会
45/114

45『みんなのいるところへ』

 折角終わったのに、僕はまだ休む事は出来ないんだ。

 もう辛くて、苦しくて、倒れそうだけどね。

 僕にはまだ、やらなくちゃいけない事が残ってるんだ。


 ああ、そうだよね。

 確かに僕はよくやった。

 だから何もかも放って眠ったって、誰も怒る人はいないよね。


 ……でも、やっぱりそれはやっちゃいけない事だよ。

 それをみんなが許しても、僕が自分を許せないよ。


 だから、僕は行くよ。

 みんなのいるところへ。




 ざっ、……ざっ、……ざっ……

 稀代の名勝負に贈られる観客からの惜しみない拍手喝采の中、その足音はだんだん仰向けに倒れているジルヴァルトの耳元へと近付いてくる。

 そして彼の頭の横に来た時、ジルヴァルトは目を開けた。

 その視界に入って来たのは《きらめき》を杖代わりに真直ぐに出口を目指すリクの姿が見受けられた。


「リク……エール」


 荒い息に乱れた声に、リクの足がピタリと止まった。しかし、そのわずかな反動に耐え切れず、リクはガクリと膝を折る。

 それをどうにか堪えると、上からジルヴァルトの目を覗き込んだ。


「……何…だよ?」


 息も絶え絶えなのはリクも同様だ。ついさっきまであれだけ激しくはっきりと呪文を詠唱し合っていたとはとても信じられない。


「どこ……へ行く…つもりだ? まさか……」


 リクは大きく頷いた。


「ああ……大災厄、片付けに……いかなきゃ…」

「その、身体で……何が…できる? 足手……まといに、なるだけだ」


 その言葉にリクは力無く笑った。


「ああ……そうだよな。でも……、皆…と、約束した…んだよ。絶対……、お前に…勝って、絶対、…行くから……って、だから……待ってろって…」


 そしてリクは前を向いて、また足を進め始めた。


 ざっ……、ざっ……、ざっ……

 遠のいていく足音を耳に、ジルヴァルトは再び目を閉じた。



   *****************************



「燃え立ち上がらんかい! 《火柱》!」


 既に方言まじりになっているカーエスの呪文と共に、火柱が三本上がり、三体のクリーチャーが焼け落ちた。

 カーエスも相当疲れて来ていた。もともと“魔導眼”を使ってしまった影響で動けなくなっていたのだから、最初から無理を押しての闘いだったと言える。


「よっしゃ! 次落としたれ!」


 その掛け声に応えてファトルエル常駐兵が魔導銃を空に向ける。

 カーエスも空を仰いだ。


 そこには白い鳥が悠々と大災厄の暗い空を舞っている。

 先ほど大決闘場から出て来たもので、クリーチャーとは違う様だが、ただの鳥ではないことは明らかだった。ではあれは何なのか。どうしてここにいるのか。

 答えも、それに結びつくものも何もない。


(……一体、中で何が起こってんねん……?)


 その時、いつからか静まり返っていた大決闘場の中から大きな歓声が起こった。負傷したカンファータ兵の世話をしていたフィラレスもそれに驚いたように大決闘場を仰ぐ。

 それから再び、負傷兵の消毒液に目を落とし、治療に専念しようとするがなかなか集中できない様子だ。


「フィリー」


 カーエスに話し掛けられ、彼女は顔をあげた。

 カーエスはクリーチャーが舞う空を見上げたまま続けた。


「行ったれや、アイツ迎えに」


 フィラレスは手元にある消毒液とカーエスを交互に見て、躊躇ためらう様子を見せる。

 するとカーエスは顔を上に向けたまま目だけフィラレスを見た。


「頼むわ。これ以上闘い続いたら俺ももたへん」


 フィラレスはコクリと頷き、大決闘場の中に駆けて行った。

 それを目の端で見届けながらカーエスはひとり漏らした。


「俺もお人好しな奴やで……」



   *****************************



 全身が痛い。

 息を上手く吸えない。

 力が入らない。


 とにかく、辛かった。


 まだやれる。

 前に進むんだ。

 約束があるんだろ。


 何度も言い聞かせる自分がいる。


 ここで倒れたらどんなに楽になるだろう。

 ここで眠れたらどれだけ心地いいだろう。

 お前は良くやった。皆も許してくれるさ。


 悪魔のようにささやく自分がいる。


 しかし、リクの身体はそれらの声とは関係無しに、大決闘場の通路をゆっくりと、ゆっくりと、歩を進めて行った。

 背後から響いて来るのは未だ止まない大決闘場内の歓声。その声の具合で、これだけ頑張っても少ししか進めていない事に気付いてしまう。

 不意に、支えにしていた《煌》が床を滑り、リクは倒れそうになった。

 手を離れた《煌》は主の魔導を失い、形を崩して消えてしまう。


 彼はとっさに反対側に体重を移し、壁にもたれ掛かるようにして倒れるのを防いだ。ここで倒れたら絶対に二度と立ち上がれない。

 その際の衝撃が全身に響く。


「………っ!」


 その鋭い痛みにリクは顔をしかめた。

 しばらくその場で壁に身体を押し付けるようにもだえていたが、やがて痛みが引くと、リクは焦点を失って移ろう眼で再び前方を睨み付け、また、足を一歩前に踏み出した。


 バトルフィールドから大決闘場入り口までの通路。

 走って入って来た時は三十秒も掛からなかったのに、今は一刻(三時間)掛けても抜けられそうにない。

 ファルガールは足留めしておいてやるから時間は気にするなと言ったが、相手は大災厄だ。いつまでも留めていられるわけがない。


 そうだ、


(俺だけじゃない)


 みんなあの大災厄と闘ってるんだ。

 みんな苦しいんだ。


 そして、


(みんな俺を待ってるんだ……!)


 ここで倒れるわけには行かない。

 せめてみんなのところに辿り着くんだ。


(みんなのとこ…ろ……へ……っ!?)


 壁にもたれていた手が、汗でズルリと滑った。

 もう彼の体重の支えになるものはない。


(嫌だ、倒れてたまるか……! こんなところで)


 膝が折れる。どれだけ踏ん張っても力が入らない。

 どんどん、石畳の床が迫って来るのが分かる。


(ダメだ、倒れる……!)


 リクがそう思った時だった。

 眼前の床が突然迫らなくなった。

 自分のあごが、誰かの肩に当たっている。

 そしてそこから見えるもの、腰の届く黒髪、耳に光る耳飾り、その香、自分を抱える細い腕。

 どれも覚えがあるものだった。どれも彼の知っている人間のものだった。


「フィ……リー……」


 名を呼ぶと、彼女は彼を支えながら顔を見せ、コクコクと頷いた。

 その眼には涙が少し溜まっている。


「へ…へ……、心配、掛けち…まった……みてーだな。…ごめん…な」


 リクは力無く微笑んで言う。

 その時リクは自分で思った。


 まだ笑う元気がある。

 まだ、大丈夫。


「肩……、貸して…くれ」


 リクが頼むと、フィラレスはコクリと頷いて、彼の腕を自分の肩に回し、自分の腕を肩に回した。その際に彼女は彼があまり力を使わなくてもいいようにほとんど背負うようにして彼を支えた。

 そして二人は二人三脚のように慎重に前へと足を進め始めた。


 フィラレスに肩を貸してもらって、リクは格段に楽になった。

 体重はほとんどフィラレスが支えてくれているし、バランスを崩しても、二人いればまず倒れる心配がない。

 暗い通路の先に、少し明るい光が見えた。

 大決闘場の北口だ。


(もうすぐ……もうすぐだ)


 みんなのいるところまで。



   *****************************



「おっしゃ、次、次……っと、ちょっと待ったぁっ!」


 カーエスは魔導銃を上に向けたカンファータ兵をあわてて制した。

 そして急いで入り口に駆け寄った。

 そこにはフィリーに肩を貸してもらって足取り危なげに歩くリクの姿があった。

 カーエスの姿を認めると二人は彼の前に立ち止まった。


「リク……何やねん、その格好は? そんなんで大災厄と闘えるんか? 言わんこっちゃないで」

「うる……せぇ」


 呆れるように言うカーエスにリクは弱々しく返事をした。

 乾きに声を枯らしたリクに、カーエスは腰に付けていた水筒をだす。リクは水欲しさにその頭を上げた。


「自分で飲める?」

「…無理……だな……握力…出ねー…んだ」


 リクの答えにカーエスは情けなさそうにため息をついた。


「しゃーない、口移しやな」

「それだけは死んでも御免だっ!」


 カーエスの提案にリクはガバッと顔をあげ、ほとんど命懸けで声をあげて拒否する。それで完全に力を使い切ったらしく、リクはガクリと頭を垂れた。

 それを見たカーエスは呆れた様子でため息をついた。


「俺かて嫌やっちゅーねん。フィリーならともかくなぁ」と、カーエスは水筒の口を開け、その注ぎ口の上に手をかざし、撫でるようにかざした手をゆっくり振った。

 呪文を唱え終わるとかざした掌から何かの液体のように光が漏れだし、水筒の中に注がれた。

 それをよく振ると、その水筒の口をリクの口元に持って行く。


「ほれ、飲み」


 それをリクの頭と一緒に持ち上げて水を口の中に注ぎ込んだ。飲み込む力は残っているらしく、成人を迎えているにしては小さな喉仏が上下している。少量の水が彼の口の端からこぼれ、フィラレスの肩を濡らした。

 水筒の角度はだんだんと上がって行き、やがて垂直になった。


「……ふう……サンキュ」

「礼を言う前にとっととフィリーから離れぇ」


 カーエスは蹴飛ばすようにしてリクをフィラレスから引き剥がした。

 支えを失ったリクはよろめき、力が入らないと分かっていながら反射的に足を踏ん張った。

 しかし予想に反して、膝に力が入り、リクは倒れずに済んだ。


 さっき飲んだ水が、そのまま体力となってリクの枯渇した身体に潤わせているのが分かる。

 万全とまでには行かないが、失った体力が回復していた。

 何の支えも無しに立っている自分の身体を不思議そうに見下ろし、次にその視線を正面に立つカーエスに移す。


「カーエス……お前魔法薬まで作れるんだな」


 リクの目を素直に称賛ととり、カーエスは得意そうに笑った。


「研究所の魔導医師の魔法を“魔導眼”で盗んだったんや。あいにく傷と魔力は回復でけへんけどな。結構まともに動けるようになったはずやで」


 ひとしきり運動をして身体を慣らしたリクは空を仰いだ。

 その空にはまだ白い鳥、“白鳳”《アトラ》が飛んでいる。

 そんな彼の視線に気付いたのか、《アトラ》は急に方向を変え、リク達の方に降りて来た。


「スマンな、待たせたみたいで」

《謝る必要などない。そなたは約束を守った》


 そして、彼の目の前に降り立つと、《アトラ》は彼に背を向けて言った。


《さあ、乗るがいい。いざ赴こう、大災厄の主の元へ》

「ああ」


 そんなリクと《アトラ》のやり取りをカーエスとフィラレスは言葉もなく見つめていた。

 さっきから気になっていた白い鳥がリクと話している。


(まさか、アイツが召喚したんか……? コイツ)


 《アトラ》の背に乗った自分を見上げている二人にリクは言った。


「何やってんだ、早く乗れよ!」

「お、俺らも行くんか……?」

「当たり前だろ、俺一人じゃ無理だ。来てくれ!」


 リクの言葉にカーエスとフィラレスが《アトラ》の背に乗った。

 それをぽかんと見ていたカンファータ兵がふと我に帰ったようにカーエスに向かって声をあげた。


「ち、ちょっと、カーエス殿!? ここの守りはどうなさるおつもりですか!?」

「スマン、俺抜ける! 後ちょっとや、あとちょっとで終わるから何とか持ちこたえといてくれ!」


 そのカーエスの返事を最後に、《アトラ》は翼を羽ばたかせて上昇した。


 高度は瞬く間に上がり、たちまちファトルエル全体が見渡せるようになった。各決闘場ではそれぞれ奮戦しているようだ。

 逆にファトルエルのどこからでも《アトラ》は見えるはずだ。激しい闘いの中にいる者達もこの白い鳥を見付けているかもしれない。

 だがこの《アトラ》にリク達が乗っている事を彼らが知る訳がない。

 リクはせめてもの、と下に見えるファトルエルに向けて思った。


(みんな、頑張れ! もう少しだ。もう少しでこの大災厄を終わらせてみせるからな!)



   *****************************



 一方ファトルエル北、対グランクリーチャー戦線では、ファルガール、マーシア、そしてカルクの三人が、まだその戦から後退せずに頑張っていた。

 相手の攻撃は“完壁”と呼ばれるカルクの防御魔法が防ぐ。

 攻撃時の隙をファルガールとマーシアがそれぞれ雷と炎で攻撃し、敵の体勢を崩し、それを直す間にひと休み。

 それが何十回続いただろうか。

 だが、無限には続かない。その限界線が今、はっきりと引かれようとしていた。


「我らを照ら……し出す星の《紅炎》よ…… 我が導き…によりて……この場に現れ、汝が望む…がままに燃やし、焦がし尽くっ……せ!」


 マーシアの足元から龍のようにのたくりながら炎が立ち上り、《グインニール》のウロコを焦がす。

 それを見届けた直後、マーシアは遂に膝をついた。


「ハアッ……ハアッ……!」

「マーシア! 大丈夫か?」


 とるもの取り敢えずファルガールはマーシアに駆け寄った。その傍でカルクは《グインニール》の前に立ちはだかり、《七色の羽衣》を唱え、二人の安全を確保する。

 マーシアは苦しそうに息をしながら答えた。


「ごめ…んなさい、こ……れ以上は無理……みたい…」

「ああ、良く頑張った。あとは俺達に任せておけ」


 確かにマーシアはよく頑張ったと言えた。

 本当なら《白き灼焔の恒星》を使用した時点で力尽きていても可笑しくなかった。あの切り札はそれほど彼女の魔力を根こそぎ奪う魔法なのだ。

 それでもそのあと何十回も高レベルの魔法を放ち続けたのだから、常人からすれば、考えられないハードワークである。“冷炎の魔女”と呼ばれる彼女だからこそ、それが可能だったのだ。


「どうするんだ? ファルガール……二人だけじゃこの戦線は維持出来ないぞ」

「どうも、こうも、出来るだけ粘るしかねぇなぁ」

「アレを撃つための魔力はしっかり残っているか?」


 そう問われて、ファルガールは苦笑した。


「実はもう余裕ねぇ」

「……どうする気だ? 流石に私一人じゃ足止めにもならんぞ」


 無傷でいられる自信はあるが、カルクでは如何せん攻撃力が足りない。

 しかし何かのツケのように絶望の要素が急に積み重なって行く状況の中、彼が肩ごしに除いたファルガールの顔には不敵な笑いが浮かんでいた。


「もう、足留めしておく必要はないみたいだぜ?」


 ファルガールは皮肉めいた笑みを浮かべて続けた。


「見計らったようなタイミングで来やがって……あの野郎、天性の英雄だぜ」


 彼の視線の先にはファトルエルから真直ぐに飛んで来る一羽の白い鳥の姿があった。

 その左、つまり東の空が若干明るくなって来ている。



 長かったそのファトルエルの夜にも、終わりが近付き始めていた。

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