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魔法使い達の夢  作者: 想 詩拓
第三部:聖地への旅路
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18『暗殺者と便利屋』

 殺しは壊すだけで何も生み出さない。

 何故こんなことに気がつかなかったのだろう。


 建物に忍び込むのが上手くても病んだ心一つ救えない。

 静かに敵に近付くのが上手くても笑顔一つ作りだせない。

 苦しませずに殺すのが上手くても誰一人として幸せにはならない。


 なら、俺は何をするために存在するのだろう。




 もしフォートアリントンから彼等が追ってきているとすれば、“砂影”の二人は必ずこの街に滞在しているところを狙う。

 コーダは確信に近い形でそう考えていた。


 何故なら、それがコーダにとって、最も彼等にやって欲しくないことだからだ。


 本人はこのイユエールにくるまで知らなかったことだが、ここがリク=エールの生まれ故郷だということは“砂影”の情報収集力なら容易に知れたはず。この状況で、自分が一番嫌がることは、仲間、特に現在兄と慕っているリクを傷付けることだろう。


 その目的は半分達成していると言っていい。事前に対処法を練っておいたお陰で死人は出ないだろうが、建物の損失は大きい。

 できるならば事件が起きる前にニードとシアヤの二人を抑えたかったが、残念ながら隠れ潜むに長けた“砂影”を見つける術はない。それは元“砂影”のコーダが一番よく知っていた。


 だから、捜しまわっても意味はないことも知っている。彼等の目的の一つに自分自身が含まれていると考えれば、彼等のどちらか一人でも探し当てる方法はたった一つしかない。

 それは、コーダが一人になることだ。 



 突然の事態に、混乱する街の喧噪が遠くに聞こえる街の外れに、コーダはやってきていた。何をするでもなく、目をつむり、じっと立っている。

 しかし、突然彼は目を見開き、前方に一歩跳び、身を翻して腰に付けた曲げ短刀を引き抜いた。

 その刃は、同時に土の中から飛び出してきた何者かの刃を受け止める。


 その刃の主は――


「貴様らしい“挨拶”だな、ニード」

「私とあなたの仲でしょう、他人行儀な“挨拶”は似合いませんよ」


 視線をかわすと、二人は申し合わせたようにバッとお互いに飛び退き、距離を取る。


「光よ集え、指先に! 我が指し示すは小さな点、その先に広がるは大きな未来!」


 魔力があつまり、光り始めた人さし指を向かってくるニードに向けてコーダは魔法を完成させた。


「《狙撃》!」


 一条の光線が夜の闇を貫いて、真直ぐにニードの心臓に伸びていき、やがて命中した。――と、思いきや、そこからニードは弾けるように三人に分身する。恐らく《蜃気楼》の応用だろう。

 元々《蜃気楼》は光を操作する魔法だ。分散させて相手に見せる幻像を増やすことくらいならできないこともあるまい。


(惑うな)


 コーダは自分に言い聞かせるように胸中でつぶやいた。ここで考えるのはニードの実体がどこにあるかではない。この攻撃をどうしのぐか、である。


「《迷彩》によりて、囲みし色を我が色に」


 足元からコーダの色が周りと全く同じ色になっていき、やがて全身が周囲の色に溶け込んで全くみえなくなった。

 この魔法は自然界で虫等が天敵からその身を隠すために使っている“保護色”と同等の働きをする。ただ、その精密さは段違いで、完成すれば輪郭は全く見えない。

 しかしながら、この魔法はエンペルファータでエイスが見せた《不可視》よりもずっと難易度が低く使いやすい代わりに重大な欠点を持っていた。


「その魔法を使う時は“影も消しなさいと教えたでしょう”、コーダ?」


 月明かりがつくる影をめざとく捕らえ、“三体の幻影の中に混ざっていた”本物のニードは、逆手にもっていた短剣でその喉元を切り裂いた。

 だが、短剣がニードの手に伝えた感触は慣れ親しんだ人の肉のものではない。


「身代わり……?」


 思わず漏らしたニードの言葉に答えるように、魔力で形成されたコーダの像が雲散霧消うんさんむしょうする。


 それに気が付けたのは一重に、伝説の暗殺一族“砂影”の中でも一流の暗殺者としての勘だった。背後になんとも言えない圧力のようなものを感じ、反射的にそちらに視線を走らせた。そこには一切の音を立てず、曲げ短刀を構え、斬り掛かってくる元弟分の姿があった。


 音がしなかったのは、自分の発する音を遮断する魔法《消音》だろう。《迷彩》で姿を消し、近付くと見せ掛けて、本物のコーダは後ろに回り込み、《消音》で無音のまま攻撃したのである。


 だが、完全に不意をついたはずの一撃が、ニードに残したのは首筋の浅い切り傷だけだった。傷一つ受けないように防ぐか避けるかしていたら反応が間に合わず、それだけでは済まなかっただろう。逆に傷付くことを覚悟したからこそ、最小限の動きで対応できたのだ。


 間を置かず、元兄弟分の暗殺者と便利屋はそれぞれ手に持った武器を交錯させ、立ち回りが始まる。



「安心しましたよ、コーダ」


 目玉を狙った突きを放ちながら、そう言ったニードの表情は殺し合いの最中とは思えないほど実に和やかだった。


腑抜ふぬけたか、と思っていましたが、まだまだあなたは戦いを忘れていなかった」


 運動能力は訓練次第で維持できる可能性はある。だが、先程までの“騙しあい”で見せたような駆け引きは戦いから離れていては、いくら訓練を重ねていても衰えていくばかりだ。そして、ニードに向かって放った一撃。あれは確かに自分を殺す気で斬り付けてきた。


 ギンッ、とぶつかりあった刃と刃が噛み合い、二人は睨み合って動きをとめる。


「どうでしょう、コーダ? “砂影”に戻りませんか? それなら貴方の命は取らないでおいてあげますが」

「断る」


 言葉での拒絶と同時に、振払うように噛み合った刃を振り抜いて距離を取る。

 そして、片手でニードを指差し、《狙撃》を放った。それは軽く紙一重で避けられたが、それは少しでも隙を作るための布石だ。魔法を放った直後に、コーダは開いた距離をスルスルと詰めて再び攻撃を開始する。


 それを、事も無げにいなしながら、ニードは肩をすくめてみせる。


「おやおや、せっかく寛大に全てを許してあげよう、というのにつれないことですね」

「貴様に許されるような罪は持っていない。……大体、一族の名を挙げるためとはいえ、わざわざ戦争を起こすなんて、馬鹿げた一族に用はない」


 その時、初めてニードが攻撃らしい攻撃に出た。刃を受けると見せ掛けて空かし、少し体勢が崩れたところを狙い、短剣を振り抜いた。


「馬鹿げたことなどではありません。これは私個人の見解になりますが、これは世界の人々の為なのですよ?」

「戦争を起こすことがか!?」


 ニードの攻撃を避けたコーダも、もう片方の手に握られた短剣を曲げ短刀の峰を使い、反りに引っ掛けて防ぐための刃を除けると、急所ではなく、手の筋を狙ってもう片方の短刀を振り抜いた。


「その通りです」


 左半身になってコーダの攻撃を受け流したニードは、良く出来ました、とばかりに元弟分に微笑んでみせる。


「あなたも“砂影”を抜けてから世界をいろいろ見てきたなら知っているはずでしょう? 平和に溺れる人の醜さを」


 尽きぬ戦の果てにやっと手に入れた平和も、百年も経てば有り難さを忘れてしまう。最初は皆と分かち合っていた喜びと幸せも、しばらく経てばより大きな富みを求めて奪い合うようになる。


 そんな平時に比べて、生きるためだけに戦いに身を投じる戦時の人々の何と輝かしいことか。生活は厳しいものとなるが、その分我欲が抑制された人々の振る舞いは質実で好感が持てる。


「私が“砂影”を続けているのも、その理由からです」


 生きると言う明確で強い意思を持たなければ生き残れない世界。生きるためだけに生き、生きた証を残すためだけに与えられる暗殺しごとをこなす。

 そういった意味では“砂影”は純粋で輝かしい存在だった。

 そんな一族を抜けて、戦いを捨てたコーダはさぞ腑抜けて見るに耐えないものだろうと思っていたが、まだ戦う力と、ふやけた幸福や富に目を向けない強い心を残している。


「コーダ。貴方ならきっと戻れます。私達と輝きのある戦の世界を取り戻しましょう」


 囁くような誘いの言葉とは裏腹に、元弟分に向かって放たれた攻撃は、首筋を切ると見せ掛けてガードを上げさせたところを腹部を刺しにいくという、明らかに命を狙った一撃だった。


「さっきも“言いやした”が――」


 コーダは冷静にフェイントを見分け、素早く曲げ短刀を一振り納めて片手を空けると刺突してくるニードの手を掴む。

 そして、


「お断りス」


 拒絶の言葉と同時に、後方に宙返りをし、ついでにあごに蹴りを入れた。




 蹴り飛ばされた“砂影”の暗殺者は、ばったりと後方に倒れたまま動かない。だが、目は開いており意識がハッキリしていることが伺える。


「さっきからの“れ言”を聞いてて、アナタがかなり戦好きなのは分かりやしたがね。それを勝手に他人に当てはめないで欲しいスね」


 確かに平和な時より死と隣り合わせの戦の最中のほうが人々の心は引き締まるものなのかもしれない。

 コーダも便利屋だ。金の為に善良なものを騙す者、自分の立場を確保するために平気で他人を蹴落とせる者。平和に溺れて余計な欲に心を醜くする人間達をたくさん見てきた。


 それでも、


「殺すばかりで何も生まない暗殺者あんたたちよりはずっといいス」


 殺しは何も生み出さない。

 それが、暗殺者として生きていたコーダが、ある時ふと思い、そして心を支配され、やがては“砂影”を抜ける理由となった疑問だった。


「最初、“砂影”を抜ける時にあなたがそう言った時ほど強い殺意を抱いたことはありませんでしたよ」


 倒れた、というより仰向けに寝転がったまま、そう言ったニードは隙のない、滑らかな動作で立ち上がる。


 コーダが“砂影”で暗殺をこなしていた時、コーダとニードは二人一組で行動をしていた。単純な戦闘力より、諜報や潜入のほうが重視される暗殺者の世界で、二人の力は戦闘に特化したチームとして、用心棒がいる場合等に重宝されていたのである。

 “さそり使い”コーダは強かった。少なくとも自分を除いて、戦う姿を見たことのある“砂影”の中では一番。兄貴分である自分の教えに最も忠実で、任務の遂行を最上とし、立ち居振る舞いも“砂影”として文句なく誇り高く、兄として自慢の弟だった。


 しかし、



 ――すまない、兄さん。俺は“砂影”を抜ける。


 ――殺しは壊すばかりで何も生み出せない。もう何の意味も見出せないんだ。



 それは、裏切りだった。同族とはいえ、訓練で殺し合うことも珍しくない“一族”の中で、唯一信頼できる人間が、真正面から“砂影”を否定したのである。

 戦う意思を失い、腑抜けた弟を目にしたニードは、自ら率先して“一族”を抜けたコーダを狩りに出たのである。結果として寸でのところで逃がしてしまったが。


「でも、中々どうして戦う力も意思もまだ残っているではありませんか」


 結局は、戦いを捨てられないんじゃないか。

 ニードが浮かべた笑みには、そういった嘲りが含まれている気がした。


 だが、コーダはそんな嘲笑ちょうしょうにも動じずに、胸をはって言った。


「殺すために戦うんじゃないス」


 暗殺は何も生み出さない。

 だったら暗殺者じぶんの存在には意味がない。

 それが、暗殺から足を洗ったコーダの命題だった。


 自分が生まれたことに意味はあったのか。

 自分には何ができるのか。


 取り敢えずは、便利屋になった。

 情報を扱うことで、命題の答えを探す。

 何でもできるようになることで、少しでも役にたてる場面を増やした。



 そんな時に一人の魔導士と出会った。

 彼ほど、明確に“役割するべきこと”を意識している人間は見たことがなかった。


 彼の行く道は見るからに困難そうだった。

 しかも、行く先はハッキリ見えず、そこに望むものがあるのかは分からない。

 それでも、彼の目指す場所には何かがあると信じられずにはいられない。


 彼に――リク=エールに、ついていけば得られるような気がした。

 コーダの抱える命題の答えを。


「きっと、俺がこれからする戦いは」


 今まではなるべく戦わないようにしてきた。ファトルエルや、エンペルファータのような一大事にもだ。も自分はあくまで“便利屋”。暗殺者や兵士ではない。

 それでも、今この時だけは戦わなければならないと思っていた。リクでも、カーエスやジェシカでもない、他ならぬ自分自身が。


「きっと俺自身の道を切り開くための戦いなんスよ」


 宣言すると同時に、背中にある“刺青”がうずいた気がした。そう、ここからは暗殺者“蠍使い”コーダの戦いではない便利屋“マスター・スコーピオン”コーダ=ユージルフの戦いだ。


 いついかなる時もそばに居続けてくれた相棒無しにはこの戦いは始まらない。


「振るえ、捕らえ固めるはさみ! まとえ、防ぎ護る甲殻! 背負え、刺し殺す毒針! そして地踏み締める脚にて駆けよ、死を忍び運ぶ土蠍つちさそり《シッカーリド》ッ!」


 相棒のサソリをよぶのに呪文は要らない。背中の“刺青”がその代わりになるからだ。だが、この時ばかりは一応設定されていた正式な召喚の呪文を唱えずにはいられなかった。



 目の前に現れた大サソリを、“砂影”の暗殺者はにらみ付けた。もう、先程までの笑みは彼の表情から消えている。


「貴方の気持ちは承知しました。理解はできませんがね。まだ、戻る可能性があると思ったのはぬか喜びだったようです」


 ニードの全身に魔力がみなぎるのが感じられる。彼も“刺青”を通して自身の“暗獣”を召喚しようとしているのだろう。


「きなさい、《ジェングスタフ》」


 気合いの入った声で正式に呪文を詠唱して《シッカーリド》を喚んだコーダに反して、こちらは静かで端的な詠唱だった。

 それに応えるように、魔力が集まって大蜂を形作る様子も静謐せいひつそのものだった。


 だが、それが完成し、《ジェングスタフ》が具現化した時、静けさは場は蜂の放つ羽音にあっけなく散った。


「これは貴方にとって大切な戦いのようですが、私にはそれに付き合う義理はありません。――当初の予定通り、裏切り者として貴方を抹殺するだけの戦いです」


 五月蝿うるさい羽音の中でも、そう言ったニードの声は決して、冷静に、冷酷にコーダの耳に届いた。

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