16『災厄、再び』
吉凶は、場所を選ばない。
それが発生する場所に情けや都合などは関係がない。
豊かな街は突然枯れ、あるいはさらに栄える。
貧しい村は突然栄え、あるいはひっそりと滅びる。
たとえ一度大災厄に滅びた街でも、
再び滅びを呼ぶ災厄はやってくる。
「みんな、集会所へ! とにかく集会所へ逃げるんだ!」
混乱に怒号や、悲鳴の飛び交う中、ニコラスとドニー、またその周りに居た商人達は手分けをして非難場所として街の集会所に集まるように呼び掛けて回っていた。
幸いなことに、今の所まだ被害らしい被害、死者などは出ていないらしい。どうにか本格的な襲撃の前にほとんどの住民は集会所の方に避難させられた。
今は逃げ遅れた人がいないか、見回っている途中だが、取り敢えずは全員避難は終えられているらしい。獲物を探して複眼をぎょろつかせている蜘蛛や蜂はいるが、それらが求めるものを見つけた様子は見受けられなかった。
そして、こうして街を回っているニコラス達にも今の所危険はない。聞くところによると、この蜂や蜘蛛は全て魔法で操られているか、魔力で形作られたものらしく、これだけの数を制御すると一定の行動パターンしか与えられないのだという。
その一定の行動パターンというのが体温感知で、ある範囲の体温を持つものに向かって襲い掛かるようにするという仕組みらしい。
ニコラス達の安全が保証されているというのも、体温を増幅し、逆に蟲達が近寄り難い火のように勘違いをさせる魔法を掛けられているからだ。
これらの一連の対応は、十年振りに再会した同郷の幼馴染みの連れであるコーダという便利屋の指示によるものだ。どうやら、リク達には今、街を襲う蜘蛛と蜂の正体に心当たりがあるらしい。
そもそも、彼等の様子からして、この襲撃はリク達がここにいる故のものらしい。
(しかし、魔法のことはあまり良く分からないけど、ここまでできるものなのか。)
人々を襲うべく目の前を前進していく大量の蟲達をみて、ニコラスは思う。リク自身は自分のことを、どこにでもいるような魔導士であるように話していたが、この非常事態に対する冷静さをみていると相当修羅場慣れをしている気がする。
しかも、こんな大規模な魔法を行使できるような人間を敵にしているなど尋常なことではあるまい。
彼は――同郷の幼馴染みは、一体何者だろう。
そんなことを考えているうちに、街の西端に着いた。ここを見回って誰もいなければニコラスも集会所に避難することになっている。
ふと、視界の端に人影を捕らえた気がしたニコラスは、その辺をよく目を凝らしてみると、一人の女性が村の外へ逃げようとしているのを見つけた。
「おーい! 外は危ないですよ! 逃げるなら集会所へ!」
だが聞こえていないのか、それとも見えないところで蜘蛛か蜂に追われているのか、彼女がニコラスの声に反応する様子はなく、なおも村の外へ向かっている。
「ねえ! ちょっと」
なんとか集会所の方に誘導しようとニコラスが女性を追い掛けようと足を踏み出す。
が、そこで足は止まってしまった。足だけではない、手も、胴体も、体中になにか弾力性のある糸が絡み付き、完全にニコラスの身体の自由を奪い去ってしまっていた。
そこで、女性がくるりと振り返る。月明かりの下でも、その女性はあまり鮮明に表情が見えない。――もともと肌が浅黒いからだ。
「やっと生き餌が掛かったヨ」
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「こっちや! はよ入れ! はよ入れ!」
外開きの集会所の扉を、開いた状態で掴んだままカーエスは逃げてくる人々をせっついた。その集団の後ろには、蜘蛛と蜂の群れが迫っている。
その集団の一番後ろに居たのはドニーだった。
「北側はこれで最後だ。ニコラスは!?」
「まだや! もう限界やから一旦閉めるで!」
簡潔に答えたカーエスは、驚いて何かを言い募ろうとするドニーを、建物の中に押し込めるように中に入れ、扉を力強く閉めた。そこには魔力の光で描かれた魔法陣が描かれている。
「溝を堀に! 壁を石垣に! 屋根を鉄甲に! 雨風凌ぐ家屋よ、侵し入る敵も防げ!」
呪文を唱えると、カーエスはその魔法陣に手を叩き付けるように当てた。
「《家を砦に》ッ!」
すると魔法陣から光がほとばしり、集会所の周囲を覆っていく。そこに追い付いた蜘蛛や蜂が中の人々を喰らおうと建物に取り付いたが、高圧の電器に触れたかのように弾かれてしまった。
この《家を砦に》は、カルクやカーエスの得意とする防御魔法の一つで、家屋の強度を挙げて中に入るものを守るものだ。壁や屋根といった媒介が要る分、非常に効果の高い魔法で、たくさんの人数を守るのに適している。
ただ、この魔法の欠点は術者がその場を離れられないということ、そして同時に他の魔法は使えないということだ。しかし、結界の中、つまり建物の中にいることはできるので彼が扉の前でいる必要はないのだが、ニコラスを始め、逃げ遅れた者がここに辿り着いた場合、外にいなければ結界の一部を解除して中に入れるという作業が出来ないからだ。
《蟲避け》の魔法を掛けてあるとはいえ、これだけ数が多ければ間違いで向かってくる蟲もいる。ちょうど、今カーエスに向けて突撃してくる蜂のように。
だが、カーエスは微動だにしない。避けようとも防ごうともせずに黙って自分に向かってくる蜂を見ている。その蜂が彼の直前に迫った時、その蜂は突然横から衝撃を受けて吹き飛ばされた。
「敵に狙われたら身じろぎくらいしろ。こちらが肝を冷やすだろうが」
そう言ったのはジェシカだ。今回、無防備になっているカーエスを守る役割を持っているのが彼女だった。元々魔導騎士団に所属していた身だ。護衛には向いている。
「動いたら動いたで、自分のことを信頼しろとか文句言うクセに……」
カーエスは口を尖らせると、表情を曇らせ、彼等の周りにいる無数の蟲を睨み付けた。
「あの“砂影”の奴ら、周りの迷惑考えへんのにも程があるで。あいつら“暗殺集団”ちゃうんかい」
「それを言うなら、魔導列車の破壊工作の時もそうだろう。今の“砂影”は歴史の裏に語られる者達とは大分違うようだ。コーダの用心がなければ危なかったな」
実は、コーダはこの“砂影”の襲撃に備えていた。とはいうものの予見していたわけではない。その可能性も考えて対策をとっていただけの話だ。
現在このイユエールにいる人々の数を調べ、それらを収容できる集会所と言う避難所を見つけておく。そして、街の外側には糸を張り巡らせておき、襲撃が合った場合は早期にコーダに知れるようにした。
だから、ここまで迅速に動き、今のところ犠牲者も出さずにほとんど全ての者の避難を終えられたのである。
ちなみにリク、コーダ、フィラレスの三人は、街の中に散会している。逃げ遅れた人を探すか、もしくは件の二人、ニードとシアヤを捕まえるか倒すかするためだ。これだけ大規模に展開している分、虫一匹一匹の強さはさほどではないのでやられる心配はないだろうが、やはりこの人工的な災厄の中で離れた状態でいるとどうしても安心はできない。
特に、コーダはこと“砂影”の件に関しては気負いっぱなしだ。このことが裏目に出なければよいのだが。
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「君達は何者だ!? 何故この村を襲った!?」
「意味はあるようナ、ないヨウな」
蜘蛛の巣上に張られた糸に拘束されたニコラスの質問に、どうやらこの街を襲う蟲を操っているらしいシアヤが、手の甲に蜘蛛の一匹を這わせて弄びながら、あからさまにとぼけた。
「君は、僕を“生き餌”……と言った。誘き寄せるのは誰だ?」
自分をエサとするならば、それを食うために誰かがやってくる。この、襲撃に目的があるとするならその人物。
若い行商人の類推に、シアヤが感心したように口笛を吹く。
「情けナイようで、意外と冷静ナ分析ネ。焦らなくテモそのうち分かるけド、これだけハ教えてあげル。ワタシ達が釣ろうとしてイル“魚”は三匹。アナタで釣るのハ、そのどれかヨ」
三匹の魚、それがリク達五人の中にいるのは間違いないだろう。カーエスの話に寄ると彼等がやってきたのは昨日の夜中。あまりにもタイミングが良すぎるし、リク達自身もこの襲撃に関して何か知っているようだった。
問題は、その中にリクが入っているのかどうかだ。
「リクは……その三匹の中に入っているのか?」
「リク……? あア、“白鳳”の坊やのことネ。もちロン、入ってるヨ」
「ハクホウ?」
聞き慣れない単語に眉をしかめるがシアヤはこれ以上のことは語る気はないらしい。勝手にリクについて語り始めた。
「グランクリーチャーを倒しちゃっタリ、“ラ・ガン”を一人仕留めたとは聞いていたケド、たいしたことないネ。正直すぎるヨ。頭を使えバ、ワタシでも勝てル」
「――なら、やってみろよ」
不意に背後から掛けられた声に、シアヤは振り向かずに笑った。
「リク!」
「あらラ、随分いいタイミングで出てきたネ。立ち聞きしてたでショー?」
リクの登場に、砂影の女は楽しそうに話し掛ける。対する青年魔導士はそれを完全に無視して睨み付けた。
「そこの男を放せ」
「ダーメ」
シアヤは笑顔のまま即答する。それと同時にリクは動いた。ここまでくる途中で何匹もの蟲を屠ってきた《煌》を居合いに構え、神速の一撃を繰り出そうとする。
「研ぎ澄まされよ、覚と刃。解き放たれよ、心と力。我は全てを込めん、この一太刀に! 《閃の初――何ッ!?」
何と、対するシアヤは全く防御体勢を取らず、一切の躊躇いも無しに毒を塗りこめられていると思われる針を突き付けた――ニコラスの首筋に。
そのあまりの迷いのなさに、リクは思わず攻撃を止めてしまう。
「馬鹿ネ」
いくらか嘲りを含んだえみを浮かべ、手をリクの方に伸ばす。その手の甲には、シアヤが弄んでいた蜘蛛の姿があった。気付けばピッ、という風を切る音と共に、その蜘蛛から吐き出された糸がリクの腹部に付着する。
「重みを得よ、汝の糸を手繰りて《蜘蛛飛礫》となれ」
シアヤの呪文とともに、その糸は急激に短く縮み、それに引っ張られたシアヤの手の甲の蜘蛛が弾丸のようにリクの腹部に吸い込まれていった。
「ぐっ……!?」
魔法で質量を変えていたのだろう、その蜘蛛は見た目に反して重く、その分リクにダメージを与えた。彼は思わず身体をくの字に曲げるが、膝を折って座り込んでしまうのは防ぐ。
「こういうのはどうカナー? 蜘蛛達の糸よ紡ぎ編まれよ、敵を捕らえし網となれ、《蜘蛛投網》!」
そうして差し出されるようにリクに向けられたシアヤの手には二、三匹の蜘蛛が張っており、魔法が発動すると一斉に糸が吐き出された。空中でそれらはみるみる重なって太くなり、さらに網状になってリクを覆うようにその手を広げた。
だが、それを黙って受けるリクではない。体勢は崩れていたものの、必死でギリギリ投網が届かない位置までなんとか下がる。
「あはハ、結構反射神経いいんだネー? でも惜しかっタ!」
シアヤは、伸ばしたままの手でぱちんと指を鳴らす。打ち鳴らした指はまるで火打石のように、小さな火花を生み出した。その先にあるのは、見るからに可燃性の蜘蛛の糸だ。
「……ッ!」
リクは思わず息を飲み、とっさにさらに後ろに飛び退いた。
「リク、ダメだ! そっちには――」
しかし、旧友の叫びは間に合わなかった。
いつの間にか、彼の後ろには蜘蛛の巣が張られていたのだ。触れたと思った直後には、とりもちのように粘り気のある蜘蛛糸にがんじがらめに捕らえられていた。
「ネ? アナタ、強いケド、ココが少し足りナイのヨ」
つんつん、と自分のこめかみをつついて、シアヤは笑うがリクはそれに怒りを覚えることはなかった。それよりも今の手並みに対する感心の方が大きい。
おどけて隠れてはいるが、シアヤの魔導士としての能力には目を見張るものがある。村中を覆う蟲の半分を召喚、あるいは操作しているのは彼女だろう。それをしながら、今、リクを捕らえたように冷静に、かつ適格に魔法を行使してみせている。
それに、彼女が先程から強調しているように、頭の回転もとても早い。リクが人質の命を最優先することを見抜き、《煌》で攻撃を仕掛けた際には一切迷わずニコラスを殺しにいった。もし、あそこでリクがニコラスの命を顧みず、強攻策をとっていたら、彼女は生きてはいなかっただろう。その可能性は全くない、と踏んだ上で、その判断に全てをゆだねて行動したのである。
結果、主導権を得たシアヤは矢継ぎ早に魔法を繰り出し、さらにその間に背後に蜘蛛の巣をはって、そこにリクを追い込んでいったのだ。
流石は“砂影”、幼い頃から死と隣り合わせの修練を乗り越えてきただけはある。
だが、戦術面を無視して、純粋に数値的で戦闘力を計れば、魔力、体力などリクのほうが上だろう。捕らえられていはいるが、実は独力で脱出する手がないわけではない。ましてやシアヤはこの場以外のために大規模な魔法まで行使している最中なのだ。
その穴を埋め、さらに盛り土までしてシアヤの立場を有利にしているのは人質の存在である。リクの性格上、人質を見殺しにはできない、それに、命を危うくするような賭けにもでられないことを知って、それを利用している。
こうして、何の関係のない村を襲撃する時点で、その容赦のなさは見て取れるし、それに普通は人質を殺せば立場を危うくするのは人質をとっている本人であるが、シアヤたち“砂影”の場合は逃げに徹すれば人質を失っても逃げ切ることはできるだろう。
以上の理由から、リクが下手な動きをすれば、シアヤは即ニコラスの首筋に毒針を突き立てることは間違いない。
長々と現状を述べたが、つまるところ今現在、状況は絶望的なのである。となると、残された手は逆転可能な状況になるまで時間を稼ぐだけだ。
「俺を捕まえてどうする気だ?」
「さっき、ソコのおニイさんにはチョット話したんだケド、ワタシ達、アナタを捕まえるようニ頼まれテルのヨ」
「なッ、……に?」
その目的は初耳だった。てっきり“砂影”を抜けたコーダを追ってやってきたのだと思っていたのだ。もっともそれだけではないとは思ってはいたが。
「アナタと、もう一人」
「コーダか?」
何か違和感を感じながらも先回りして尋ねるが、シアヤは首を横に振って否定した。
「違うヨ。コーダは抹殺対象。捕まエルように頼まレタのはアノ“滅びの魔力”のオンナのコ」
フィラレスだ。あの強大な魔力に魅力を覚えるのは分かるが毎度毎度懲りずに狙ってくるものである。
「で、俺は何で狙われてる?」
「大体想像ついテルんじゃナイ? アナタの飼っテル白い鳥に興味がアルのヨ」
「《アトラ》に……?」
“白鳳”《アトラ》は、十年前にこの街を襲った大災厄の中でリクが出会った神獣だ。リクを大災厄から助け、魔導士としての能力を与えた《アトラ》はその後姿を表わすことはなかったが、つい最近になって、リクは彼を二度ほど召喚している。
そのたった二度の情報を耳聡く聞き付けたのだろう。それにしても、フィラレスの“滅びの魔力”ならともかく、《アトラ》を欲しがるとはどういった理由なのだろうか。唯一かの神獣を召喚できるリクもその理由に心当たりがない。
「何故、《アトラ》を狙うんだ?」
「知らナイ。ワタシはただ、アナタを捕らえることを頼まれテルだけ」
事も無げにそう答える。知らないのはおそらく真実だ。“砂影”には触れた相手の記憶を読み取る魔法がある。コーダがそれを使えることを知っている以上、必要以上の情報は与えられていまい。
「俺を捕まえてどこに運ぶ気だ?」
「それは教えられナイ。極力教えるナって言われてるヨ」
先ほどから質問には歯切れ良く答えるので、知っていることなら何でも答えるのかと思っていたがそうではないらしい。教えてはいけない情報をしっているのなら、誘導尋問に引っ掛からないためにも極力質問の類いには答えないのが常識だが、少なくともシアヤの場合は与えられる情報と与えられない情報はしっかり判断できるらしい。
しかし、一応好意的に質問に答えてくれる体勢ではあるのはありがたい。
できるだけ多くの情報を引きだせればと思ったリクが、質問の内容を練っていると、シアヤから話し掛けた。
「アナタ、とても聞き上手。女の子にモテるでショ?」
「いや、あんまり女には縁がないね」
「謙遜ネ! アナタと話すのとても楽シイ。ついつい“時間が経つのを忘れちゃいそう”だったヨ」
自分の作戦が読まれていたことを知り、リクは渋面を作る。
「そろそろアナタには眠ってもらうヨ? こうシテ捕まえてるダケじゃ不安だからネ」
そう言って、シアヤは針を構えた。彼女の言葉からして、そこに塗られているのは致死性の毒ではないだろうが、それをくらえば戦闘不能状態に陥るのは間違い無さそうだ。
自分が眠ってしまったらどうなるだろうか。人質のニコラスは用済みということになるが、目撃者である彼をシアヤが無事に開放するとは思えない。
いや、それよりも――
(守りたい)
せっかく見つけることのできた故郷を自分の手で守りたかった。
成す術がなかった十年前。己の無力さを嘆き、大災厄をなくしたいと強く願ったのが《アトラ》との出会いに繋がった。
原点ともいえる、大切なものを守りたいという気持ち。それを示してやりたい。
ならば、ここでひとつ賭けに出てみるしかない。
なるべく、素早く安全に、かつ効果的な策を取りたいものだが、聡い女暗殺者を相手に、針が命中するまでの短い間にそんな策が思い付くはずもない。
だが、思い付くよりも先に“見えた”。
同時に、脳裏に描かれたシナリオをなぞるべく、即座に動き出す。
「我が刃、いかに戒めしも止めらるるを能わず。我が手に刀がある限り!」
「友達を捨てるカ? アナタ思っタより薄情な男ネ」
シアヤはリクに毒針を投げ終えると素早く新しい毒針を取り出し、ニコラスに向ける。
その時、彼女の目の前を覆い尽くしたのは、夜を眩く照らす膨大な魔力の光だった。
はじめ、シアヤに向かって伸びていったその魔力は、途中で方向を変え、竜巻きのように小さくいくつもの円を描きながら蜘蛛糸に縛られたニコラスを覆っていく。
そして、その強大な魔力の主であり、ニコラスを庇うようにシアヤの前に立ちはだかったのはフィラレスだった。
「ナッ!?」
今まで余裕の態度を取り続けてきた“砂影”もさすがに驚きを隠せなかった。が、ゆっくり驚く暇もなく、シアヤの背後でリクの魔法が完成する。
「無から繰り出す不諦の刃《無間の太刀》!」
普通ならば腕が動かせない時点で出せない斬撃が、魔法の刀《煌》を媒介に繰り出され、リクを戒める蜘蛛糸を断ち切った。
「フィリー、ニコの事、頼んでいいか?」
自らを中心にニコラスをも取り込んで渦巻く“滅びの魔力”の中で、フィラレスはうなずいた。リクも心からの信頼をこめてうなずき返す。
旧友の心配は無くなったところで、リクは改めて“砂影”シアヤに向き合った。
「さて、やっとマトモに闘えるなぁ……“砂影”」