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魔法使い達の夢  作者: 想 詩拓
第三部:聖地への旅路
109/114

15『同郷の行商人』

 私には過去がなかった

 私以外、私の過去を知るものがいなかった

 共に思い出を語り合える人がいない

 ただそれだけのことなのに


 私は過去と再び見えた

 私以外に私の過去を知るものが現れた

 共に故郷を懐かしめる人がいる

 ただそれだけのことなのに




 完全に日が暮れる頃には行商市は撤収を終えていた。世闇にも光があふれる大都市ならともかく、街と呼べるほどには栄えているとはいえ片田舎に過ぎないイユエールでは、暗い中で雑然とした市を続けるにはあまりにも危険だった。そのかわり、店を畳んだ商人達は広場に集まり、焚き火の明かりを囲んで純粋に交流と情報交換を目的とした宴を催すのである。

 今回の集いには、商人でない者の姿があった。カーエス達である。


「金鳴る夜に!」

「金成る夜に!」


 果実酒を注いだ木製のカップを、商人達が一斉に夜空に掲げて口を付ける。


「いや、ニコラスはんのお陰でバカみたいな買いモンせんで済んだわ、ホンマおーきに」


 カーエスが頭を下げたのは、見るからにベテランぞろいの商人達の中でも、一見、知識も経験も少なそうな青年だった。名をニコラスと言い、カーエスが詐欺まがいの商売をする商人の口車に乗せられて粗悪品を高くかわされそうなところを、待ったをかけたのが彼である。

 聞けばリクと同じ二十歳と、歳も近く同じく商売に興味を持った者同士であったこともあり、すっかり二人は意気投合して今に至るという訳だ。


「君の値切りっぷりは見事だったけれどね、君はシロウトだってことを忘れちゃいけないよ。玄人ぶってる人は逆に付け込みやすいんだから」


 ニコラスの言葉が耳に痛い。確かに、あの性悪商人は「分かる人にしか分からない」「これからはこれが絶対に流行ってくる」と、言葉巧みにカーエスが持っている商売に関するプライドをくすぐる言葉で彼の心に取り入ったのである。


「まっ、損せず学べたのが一番の得だニ、兄チャン。大概、こういうお勉強には手痛い出費がついてくるけ」


 かっかっか、と赤ら顔で豪快に笑いながら、ベテラン商人の一人が苦々しい顔をするカーエスの肩を叩く。


「全く……、本当に二度と無用な買い物はしようと思わないくらいに懲りて欲しいものだな。危うく私達の旅の資金が削られるところだ」

「まあまあ。本当にヤバくなったら俺が止めてやしたって」


 確かに、商売人としての慢心もなく、情報屋としてその手のやり取りに長けているコーダなら、騙されずに買う前にカーエスを止められていただろう。


「それでも騙されて目を曇らせなきゃ、いい品物を選べるし、ちょっと経験を積めば君はいい商人になれるんじゃないかな」

「ホンマに!?」


 助けてもらって一目置いているニコラスにそう太鼓判を押されて、カーエスの顔が明るくなる。


「まあ、ニコのいう通りかもしれんな」


 と、会話に加わってきたのはニコラスの父親・ドニーだ。ニコラスと共通する人の良さそうな表情とは裏腹に、ひび割れた手などからにじみ出る苦労の跡に、不思議な貫禄のようなものを感じる。

 彼は、自分の持っている果実酒のカップを指差していった。


「この酒を選んだのはカーエス君なんだろう? ワロスクの果実酒は確かに安酒だけれど、今頃はちょうど飲み頃になっていてね。もっと高く売れていてもおかしくない。……もっとも値段が高くなるとワシらが飲めなくなって困るがね」


 冗談めかしたドニーの言葉に、一同が同感とばかりに笑い声をあげる。


「おぉ、ドニーの“御墨付き”が出たニ」


 ドニーはお人好しな性格が作用してか、あまりお世辞は言わないらしい。無責任な保証から商売を始めて身持ちを崩す、不幸な者たちをたくさん知っているからだ。逆に、こうして素直に誉められた人間は大抵、商人としてうまくやっていけているという。


「なるほど……。先程から聞いていて思っていたのですが、ドニー殿は随分発言力があるようですね」

「そりゃそうだニ。ここらの商人にしてみちゃ、一つの街を商売で甦らせたドニーは生きた伝説扱いだけ」


 ジェシカの質問に答える商人の話を聞いたカーエスは、目を丸くする。


「え、ほなこの街甦らした行商人て、ドニーはんやったん!?」

「そうだニ。ドニーは誰もが捨てろって言ったニ、この行商市を企画して、地の利やら品揃えやら、その良さを説いてまわって、遂に実現させたき。それで、ここまで大きくしたんだけ、大した男だニ」


 照れくさいのか、ドニーが止めようとするも訛り言葉の商人は半ばからかい混じりに話した。

 そこに、誇らしげな表情を覗かせていたニコラスも口を挟む。


「かえって前より大きくなっちゃって、昔のエールを知っている人が見たらすぐには分からないだろうな」

「エール? ここはイユエールというのでは?」


 そのジェシカの疑問にはコーダが応えた。


「ここは、もともと『エール』って名前の村だったんスよ。イユエールの“イユ”は古代語で“新しい”って意味があるんス。多分、生まれ変わらせようって意気込みをまず名前を変えて表わそうとしたんでやしょう」


 コーダの解説に、ニコラスも頷いて付け加える。


「村の名前を変えてしまうことには、父さんも抵抗を感じたらしいけどね。でも、一度滅びた街を立て直すより、新しい街を作る方が気力は保てるからってことで変えたんだよ。でも、前の村の名前は僕達の姓にして残してあるんだ。父さんはドニー=エール、僕はニコラス=エールってね」


 その話に、カーエスとジェシカは顔を見合わた。


 十年前という時期の符号といい、大災厄に滅ぼされたという事実といい、そしてイユ“エール”という名前といい、彼等のこころには引っ掛かるものがあったのであるが、それが決定的になった。


「どうかしたの?」と、先程までドニーに誉められ、浮かれ気味だったカーエスの雰囲気が一変したのを見てとったニコラスが問いかけたとき、



「お、いたいた」



 リクとフィラレスがやってきた。

 昼に行商市ではぐれたままだったので、広場で商人達と会っている旨を伝言を宿に残してきたのである。それを聞いて探し当てたのだろう。

 ちら、とカーエスはリクとフィラレスを見比べたあと、疑いたっぷりに尋ねた。


「ずいぶん遅かったやないか。まさかフィリーに変なことしてへんやろな?」

「……してねぇよバカ」


 答えるまでに数瞬の動揺まじりの間が空いたことをカーエスは見逃さなかった。見ればフィラレスもいつも以上に顔を赤くしてはにかみの表情を見せている。


「……まあ、これ以上ツッコまんといたろか」


 何かがあったことは確実だが。少なくとも悪い方向に、では無さそうだ。フィラレスが幸せならそれでいい。


「君達の旅仲間かな?」


 新しい面子とカーエスの会話にようやく割り入るスキを見つけたドニーが尋ねた。


「え、はい。えと」


 ここがリクの故郷であることは間違いない。

 ということは、ドニーとニコラスは10年前までは同じ村の中に住んでいた住民同士の間柄だったことになる。今は外見も変わってしまい、お互い分からないようだが、狭い村の中で一緒に暮らしていたのだから、面識がないということはあるまい。

 リクとドニー達、両方にどう説明したものか、カーエスが言葉を探しあぐねているところに口を開いたのはリクだった。


「ドニーおじさん……だよな?」


 まだ紹介もされていないのに、名前を、しかも「おじさん」付きの懐かしい呼称で呼ばれたことにドニーが驚きに目を丸くする。


「つーことは、そこにいるのがニコだろ?」


 正確にカーエスの隣にいた青年を差して、またもや知らぬはずの名を呼ぶリクに、ニコラスも父親とほぼ同じ反応をする。


「君は……?」

「忘れちまったか? ま、俺もここがエールなんだって気付かなきゃドニーおじさんも分からなかったかもしれないし、おあいこだな」


 答えを焦らすように、いまだに名乗らないリクを、ドニーがまじまじと見つめ、やがて答えた。


「まさかリクか? イスカのところの」

「……思い出してくれたか。嬉しいね」


 父親らしき名前を出されたからか、心底懐かしそうにリクの表情の笑みが深くなる。




「信じられん、まさか村で生き残っていた人がいたとは……。他にも助かった人はいるのか?」

「……いや、あの時村にいた中で生き残ったのは俺だけだ」


 お互いのことが判明したあと、リク達も宴の輪の中に混じり、この十年間のことを話していた。


 ドニーとニコラスの場合、当時は行商で村の外にいたために助かったのだ。彼等の他に、村の外に出た人間はいないのでエールの生き残りは正真正銘、彼等三人のみとなる。

 二人だけとも言えるが、たった一人だと思っていたところに、思いがけず十年前以前の知り合いと出会えたことは、リクにとってとても大きなことにちがいない。


「よく考えたら、あんとき行商に出てたドニーおじさん達は生きてるに決まってるんだよな」

「まあ考えられなくても仕方がないね。僕たちも村が無くなった時はしばらく何も考えられなくなったし」


 そろそろ酒に酔ってきたか、赤くなった顔でニコラスが言う。


「そういえば、おじさんが行商市を開いてこのイユエールができたいきさつは聞いたけど、どうしてそんなことを思い付いたんだ? どっか他の街に行って商売してもよかったんじゃないのか?」


 リクがドニーに尋ねると、彼はうむ、と頷いて答えた。


「大災厄の前から、エールはティオ街道でも真ん中にあるし東西と南の交流にはぴったりな土地だから、こういう行商市ができるんじゃないか、という考えはあったんだ」


 けれども、それは実行に移せなかった。条件的にも問題がたくさんあったし、いろいろな人間を動かさなければならないので、説得に走らなければならない。それらを乗り越えていく行動力はドニーにはなかったし、それを持ち合わせていてもその苦労が報われる保証がない。

 今でこそいろんなところで褒めそやされて、いい顔ができているが、ドミーは十年前まではただのいち行商人だったのである。


「大災厄にってから、まず他の街に拠点を移すつもりでいたんだが、全部なくなったのに、村から離れたくないってニコラスがずっと泣きおってな」

「と、父さん」


 恥ずかしい過去をばらされた照れか、苦笑いで口を挟むニコラスに、ドニーは視線をちらりと向けて言った。


「正直、情けないと怒りを感じたんだ。でもすぐにそれは自分も同じだと思ったよ。行商市を考えておきながら実行する勇気を持てなかった自分。何もかも無くなってしまった故郷にあっさりと背を向ける自分。ワシは、いつもどこかで自分自身が情けないと感じていたんだ。

 それで、泣いているニコラスに大災厄にも挫けない心を教えてやりたくなった」


 いつ全てを失うか分からないこの世界で、どんなに辛い痛みにも、どんなに大きな喪失にも正面から立ち向かっていける強さを。

 だから、ドミーは大災厄によって失われた街を甦らせることにした。かつて勇気を震えず実行せずじまいだった行商市を開くことで。



「で、リクは今どこに向かっとるんだ?」


 リクはドニー達、今の旅の目的を話していなかった。話したのは大災厄のあと、ある魔導士に拾われ、そのまま育てられた。その人に魔法を教わり、今は独立して魔導士としての仕事をこなしている、ということだけだ。

 リクが大災厄を滅ぼす、という旅の目的を明らかにしないのは、秘密にしなければ成らない事情があったわけではない。ただ、一般人には信じ難いだろうと判断したためだ。


「とりあえず、西の港町、だな」

「西の港って……ストルへイズ!? あそこはガラが悪くて有名なんだよ!?」


 罪はびこる港・ストルへイズは罪を犯し、なお逃げおおせた悪人が最後に辿り着く場所だ。山賊、海賊、盗賊、賊と名のつくもので、ストルへイズにいないものはない、と言われている。


「知ってる。まあ、こっちは魔法も使えるし、何とかなるだろ。どうしても西の海に確かめたいものがあるんだ」

「海だって? おいおいまさか知らんのか。あそこには――」


 リクの返答に、ドニーが更に眉をしかめた時、広場の外の方がにわかに騒がしくなる。それも酒に酔って盛り上がっているのではない。叫びや悲鳴といった、痛みと恐怖が渦巻く混乱だ。


「みんな、大変だ! すぐにでも逃げた方がいい!」

「何だ、どうした!?」


 転がり込むようにして広場に駆け込んできた男は、息が切れているのにも構わず、村の入口の方を指して言った。


「蜘蛛と蜂だ! でっけえ蜘蛛と蜂が群れて街の中に入ってきたんだ!」


 蜘蛛と蜂。

 心当たりのありすぎる組み合わせに、リク達は思わず顔を見合わせた。

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