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魔法使い達の夢  作者: 想 詩拓
第三部:聖地への旅路
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12『ジントグラート』

 その細胞を冒す病。

 身体の言うとおりに機能せず、

 周りの細胞を自分と同じに作り変える。


 隠れ潜み、じわじわと身体を冒していく。

 そんな国の病巣、ジントグラート




 ぽっかりと天井に穴の開いたように広場になっている針葉樹林に、それでも幾本かまばらに木が残っている。すべての住居らしき建物はその上に建てられていた。その木々には上に上るための梯子がつけられ、上には家々を横断するための簡素な吊り橋が掛けられていた。

 不便なのではないかと思うが、これも弾圧に備えてのことなのだろう。不便であることは、責めにくいことと同義なのである。


「止まれ!」


 物珍しさに視線をさ迷わせながら、集落の中に踏み込んでいくと、上から声が降ってきた。その声にしたがってピタリと足を止めると、真上から人が飛び降りてきて、先頭を歩いていたファルガールの前に立ちはだかる。

 他の集落の住人らしき人々も、家の中からぞろぞろと出てきて、訪問者である彼らに視線を集め始めた。


「見ない顔だな、貴様。どうやって、ここまで入った?」


 先ほどファルガールから聞いた集落の話を考えると、彼らにとっては余所者や予定外の訪問者は即敵襲につながるとして非常に警戒すべきことなのだろう。こちらは少人数だが、腕のいい魔導士が一人いればこんな小さな集落ひとつ落とすのは訳ないことだ。むろん、集落側に対抗できる戦力がいなければ、の話であるが。


「てめェ、俺を忘れるとはいい根性してるじゃねェか、ビリー」


 名を呼ばれて、その二十代くらいの青年は動揺を見せる。


「な、何で俺の名前を……」

「まぁ、憶えてねェのもしゃあねぇか。俺がここを出て行ったのはお前がまだガキの頃だっただしなァ。俺は憶えてるぞぉ。“精樹”の上から降りられなくなって、お漏らししたこととか。炎属性魔法の訓練で尻に火をつけたこととか」


 目の前で過去の恥を並べ立てられ、目の前の青年の顔色はどんどん変わっていく。


「ふぁ、ファルガール=カーン!?」

「思い出したか」

「忘れるかッ! “精樹”から降りられなくなったのだってアンタが俺の車のおもちゃを木の上に置き去りにしたからだし、魔法の訓練の時だってアンタが余計な茶々を入れたから集中力が乱れたんだろうがッ!?」


 さらに恥を並べ立てられては、その原因がファルガールだと言い返しているビリー青年の話を、カルクたち三人はあきれたような顔で聞いている。


「……いろいろトラウマの原因になってるようですねー、ファルガール先生」

「ああいう恨みをいくつも買ってるらしいわよ?」

「アレと十年間一緒にいたリク君には素直に敬意を表したい気分だな」


 入り口が騒がしくなったのを受けて、上で見ていた面子も地上に降りてファルガールに寄ってきた。


「ファルガールだって? 懐かしいなぁ、オイ」「おい、だれかシフ様に知らせてこい!」「あのガキャ、帰ってきやがったのか!?」「俺の家をぶち壊しといてどの面下げて帰ってきたんだコラァ!」「ようし、もう逃がさんぞ! 貸してた金全部返してもらうからな!?」「よく帰ってきたな、十年以上ぶりじゃないか?」


「何か恨み言が半分以上混じってるような気がするんですけど」

「安心しろ、幻聴ではない」


 おそらく集落のほとんどの人がファルガールを取り囲む外で呆然としていた他三人に、ようやく注意が向けられた。


「あの人たちはファルガールの連れか?」

「おう、俺の信頼できる仲間だ。ちょっと、やらなきゃいけないことがあってな。今日寄ったのはシフの爺さんに聞きたいことがあったからなんだ」


「ほう……私にか?」


 あまり大きな声でなかったはずだが、それでもよく通る声だった。それは全員の耳に届いたらしく、騒ぎは一瞬にして収まり、人垣が避けてその奥から一人の初老と思われる男性が現れた。

 肉体の衰えは目に見えているが眼光は異様に鋭く、圧力のある存在感だ。人目で只者ではないと分かる。


 シフの爺さんと呼んだ男を前にしてファルガールは、なんと片膝を付いて頭を下げたものである。


「ただいま戻った……というべきか。とにかく元気そうでなによりだ、お師匠」

「そんな神妙な態度を見せられるのなら口調もきちんと正さんか馬鹿者」



   *****************************



 ここで立ち話も難だろう、とシフがファルガール達を案内したのは樹上の家のひとつだった。集落の真ん中に立っている、特に立派な樹木――おそらくこれが“精樹”なのだろう――のすぐそばにある立派なつくりの部屋だった。

 ファルガールが紹介するところによると、シフはファルガールの魔法の師匠というだけのことではなく、この集落をまとめるリーダー的存在なのだという。それぞれの集落は、それぞれひとつの魔法流派の一門のような存在であり、その師範が首長の座につくのだ。


「十五年も姿をくらましおって、全く……お前が里にとってどれだけ重要な存在か分かっているのか? 我々の魔法は極めるのが難しい。師範の位に就けるのは今のところワシとお前の二人しかおらんのだぞ」

「いや、三人だ」


 口を挟んだ、ファルガールの言葉に、シフは反応した。


「ん? お前さんまさか弟子を取ったのか?」

「もう卒業してここにはいないがな」


 それを聞いたシフは、ふう、とため息にも似た吐息をついた。


「何故ここに連れてこんのか、ということは置いておいて、とりあえず流派の断絶はしばらくまぬがれたようだな」


 さきほど、シフが自分たちの魔法は極めるのが難しいと言っていたが、それはおそらく魔法武具の召喚があるからだろう。ファルガールの使う《ヴァンジュニル》などの魔法武具は召喚さえ済んでしまえば、呪文無しで魔法効果を発動でき、また身体能力も強化できるため、戦闘能力に長けている。

 しかし、“召喚”という魔法の性質上、それを行使するには九十パーセント近い、並外れた魔導制御力が必要となるので、これを使えるようになるかはひとつの壁だろう。資質によってはどう修行しても使えないことすらあるにちがいない。

 習得が難しいだけに、それを使える弟子を探し出すのも、教えるのも難しく、よって相続に困難が伴うのだ。


 カルクたちが使う魔法は一般に広く出回っている魔法で、汎用性が高く、どんな魔導士でも使える魔法が多い。マスターしている人数も多く、研究も進んで理論が確立しているために、魔法を教えるということに関して苦労はなかった。


「そういえば、やたら里が物々しい雰囲気だけど、何かあったのか?」


 門番が即座に対応したり、里のあちこちに武器のようなものが垣間見えたり、確かに厳しすぎるともいえる警戒態勢だ。

 カルクはこれがジントグラードの日常かと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。


「奴らがエンペルリースとカンファータに対して宣戦布告した」


 ウォンリルグの中央部に潜入させてあるジントグラートからもたらされた情報によると、一週間前、フォートアリントンから送られてきた使者達を殺し、その死体のうち一体を操ってフォートアリントンに帰したのだという。


「それでいて、まだ本格的な攻撃は仕掛けていない。……何のためだと思う?」

「前門の狼を狩る前に、まずは後門の虎を駆逐するということ……か」


 後門の虎とは、つまりジントグラートだ。戦争になると戦力が外側に向けられるため、クーデターを狙うものにとっては絶好の機会になる。ということは本格的に侵攻を始める前に、そういった国内の膿を取り除いておくと考えるのが普通だろう。

 そういう事情ならば、今、厳戒態勢を敷いているのも理解できる話だ。


「ずっと三大国協商の元、雌伏の時を過ごしたウォンリルグがついに動く、その牙をまず向けるのは我々だ」


 この百年間、戦争という戦争も起こらず、戦争を知る世代がいなくなったところだ。カンファータやエンペルリースでは戦を忘れ、平和ボケともいえる状態だろう。いくら軍事兵器の技術力があろうとも、戦争を知らない兵士がどれだけ役に立つものだろうか。

 それでいてウォンリルグは三大国協商が結ばれた頃から、他二大国を制するために訓練を怠らず、また意図的に国内で戦争をするなど戦争を忘れない努力もしていたという。


「三大国協商からずっと……だと?」

「百年間も掛けて?」


 その話を聞いて、カルク、マーシア、クリン=クランが目を見開く。確かに、条約を結んでも、友好的とは言い難かったウォンリルグであるが、それは戦を仕掛けても、これ以上の領地を広げ、維持するのは難しいと踏んだからだと思っていた。

 だが、交流すれば大きな利益があると知りながら、異様に情報・技術の流出を嫌がり、ただ“孤高”の体制を貫いてきた理由はそれで説明がつく。ウォンリルグが攻めてくるとなると、今二大国ではこの国に関する情報を集めようとしているだろうが、ろくな情報は集まらないに違いない。


「あの戦乱の世の中では世界の統一は難しかったからな。百年も戦を休めば、平和ボケもする。そのとき牙をむけば二大国とて、あっけなく落ちるだろう、という計算だ。ここがウォンリルグの怖ェところだ。人としてではなく、国として動く」


 ファルガールが、苦々しく笑って説明する。

 国家元首たるもの、自分の手で偉業を成し遂げたいものだ。しかしその欲望よりも、自分は忍びに徹し、後裔がより効率的に国が繁栄する道を選んだのである。


「そんな純粋な軍事国家を相手にするのだ。ジントグラートが総力で当たっても先ず勝ち目はないだろうな。……だが、そう簡単にはやらせはせんよ」


 言葉面こそ意気込んでいるものの、シフの表情は悲壮感が漂っている。


「ところで、ワシに聞きたいというのは何だ?」

「ああ……俺達、実は人探しをしててな。このウォンリルグにいると思うんだが―――」


 そして、ファルガールは捜し求める男、グランベルク=ジャガントラのことについてかいつまんでシフに話した。

 禁断の烙印魔法に手を出していること、フィラレスの“滅びの魔力”や“ラスファクト”を狙っていたこと。名称は分からないが、組織だった比較的大きな動きを見せていながら便利屋もその男の情報は一切持っていなかったことから、ウォンリルグにいるのではないかと推察できる男。


「で、こっちの情報ならアンタに聞けばいい、と思ってここまできたわけだ」


 そこで答えを促すような視線を送るが、シフはじっとファルガールを見つめ返したまま口を開こうとしない。だが、知らない、もしくは話す気がなくて口に出さないのではなく、ただ、どう言おうか言葉を探しているといった風だ。

 しばらくの沈黙の後、シフはようやく口を開いた。


「知っているといえば、よく知りすぎている。教えてやってもいいが、知ってもすぐにはどうこうできる相手ではないぞ」

「そりゃ、小さくねェ相手だと分かっちゃいるが……すぐにはどうこうできない、とはどういう意味だ?」


 ファルガールが聞き返すと、シフはふう、と息をつく。


「グランベルク=ジャガントラという名の男は、ワシの知る限りたった一人しかいない。それは――“ファータ”の名だ」


 ウォンリルグの国家元首は母親を意味する“マータ”であることはよく知られている。だが、その裏に父親を意味する“ファータ”という存在があることはあまり知られていない。

 そして、ウォンリルグの国民さえ、そのことを知るものはごくわずかだ。そしてその正体を知るのはその一握りの中の一つまみといったところである。


 男性と比べて圧倒的に攻撃性の少ない女性を国家元首に就けるのは、もともと争いを防ぐために始まった慣習である。だが、それゆえに、いざ戦争が始まってしまえば、軍事行動の導き手として、一般的に女性はふさわしいものではない。


 先ほど述べたとおり、三大国協商下においても虎視眈々と、世界制覇を果たさんと準備を続けてきた純粋な軍事国家だ。つまり、元から戦争を始めるつもりであるため、マータが最高責任者ではいざ戦に乗り出したとき、多少の弊害が生じることが考えられる。

 そこで、マータのほかに設けられたのがファータだった。マータが内政を主につかさどるとすれば、ファータは外政、特に軍事的な行動で実権を握っている存在なのである。

 エンペルファータでクーデターが起こった際、リクと闘って敗れ、そのまま命を絶ったグレン=ヴァンター=ウォンリルグが名乗った、マータ直属精鋭部隊“ラ・ガン”。これも実質的にはファータが指揮しているという。

 戦争を起こさないように女性を国家元首に立てている手前、自分たちの雌伏の計画が漏れないように攻撃的な性格を持つファータは表立った存在にはできなかった。


 つまるところ、ファルガールたちが探していたグランベルク=ジャガントラはウォンリルグの中枢部のさらに中心にいる超大物の人物であり、ファトルエルで動いていた組織はウォンリルグという国家そのものだったのだ。

 シフのいう「知ってもすぐにどうこうできない」というのは、正体が知れたとしても相手にしようとすると国一つを相手にすることになるということだ。


「さて、どうする?」


 問われて、ファルガールは後ろに並ぶ仲間たちを振り返る。そして、不敵な笑みを浮かべて尋ねた。


「どうすると思う?」


「答えたくない」と、憮然ぶぜんとした様子で答えるカルク。


「ここで退くのはファルガール先生じゃないです」と、苦笑するクリン=クラン。


「もともと大災厄を相手にするつもりで十年間過ごしてきたんですもの。相手が国に変わっても無謀は変わらないわよね」と、マーシアは笑みを返す。


 仲間たちの言葉を聞いたファルガールは師匠に視線を戻し、満足そうに言った。


「……だ、そうだ」


 こうして、ウォンリルグという国を舞台に、ファルガールはその仲間たちとともに新たなる戦いを始めたのである。

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