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魔法使い達の夢  作者: 想 詩拓
第三部:聖地への旅路
101/114

07『百年の終焉』

 時代が変わるなんて考えられない。

 そう思っていた。


 現在いまがずっと続いて行く。

 そう信じていた。


 そんなわけはないのに。

 時があれば変化は免れられないはずなのに。


 それでも、変わって欲しくない現在がある。

 続いて欲しい時代がある。


 だが、その願いは叶えられることはない。




「こんなに面白そうなお客様なのにどうしてわたくしを呼んで下さらなかったの?」


 ただ一言「いけず」とでも言いそうな表情で、何故か含み笑いを浮かべたカンファータ宰相が開けた扉の向こうから姿を現わしたフェルヴァーナ・エンペルリース三十一世は言った。豪奢ごうしゃな衣装や装飾品に身を固めながらも品のよさを失われないのはその不適な表情のせいかもしれない。


「い、いや、それはそちらが忙しそうだったと言う事もあってだね……」

「そんな心配なさらなくてもよろしかったですのに。どのみちエンペルファータ視察は中止になったので、準備もいらなくなったのだから一度本国に帰ろうかと思っていたくらいですわよ」


 確かに初めは山のように積もっていた仕事も、エンペルファータ視察が中止となった事でその半分くらいは無視してもいい。そしてエンペルファータ視察に使う日数を考えれば一度本国の国民の元に戻るくらいのことはしても良さそうだった。


「しかし……私的な面会であるし、大した用事もなかった」

「ウソはいけませんわよ、ハルイラさん? そこにいる肌の黒い彼……、明らかに今度の列車襲撃犯と姿格好が似ているじゃありませんか。話を聞くと、犯人ではなさそうですが、明らかに無関係ではございませんわね? その辺の事を聞く為に呼び寄せたのではなくて?」


 あまりに図星ど真ん中を指され、うっ、と言葉を詰まらせるハルイラ。完敗である。

 精神的に白旗を揚げたと見たフェルヴァーナは、恰幅の良い身体を反らせて一息つく。その口元に浮かんだ笑みは満足そうだ。絶対にハルイラが自分を苦手としているのを分かってやっている。

 そして、その視線はリク達に向いた。


「しかし面白い面々ですことね。魔導研究所のホープ・カーエス=ルジュリス。エンペルファータの事件では魔導研究所随一と言われていたディオスカス=シクトを倒したそうね。それから、そこのお嬢さんは“滅びの魔力”のフィラレス=ルクマ-ス。それからどうしてそこにいらっしゃるのかしら、カンファータのジェシカ王女」

「……御無沙汰しております、皇帝陛下」


 できれば気付いてもらいたくなかったという様子でジェシカが、深々と頭を下げて挨拶をする。


「質問の答えになってないのですが、まあよろしくてよ。誰しも“家出”の理由なんて言いたくないものでしょうから」

「なっ……!?」


 言い返そうとするが、結局言葉が出て来ない。確かに傍目から見れば自分の行動はただの家出だ。ふと、父王の顔を盗み見ると、自分と同じく女帝にしてやられた娘の姿を見て苦笑していた。


「それとあなた」と、今度の相手はコーダらしい。「わたくしの情報が正しければ、サソリの召喚獣を使って暴走する列車を停めたのはあなただそうね? 名前を教えていただけないかしら?」

「便利屋をやってるコーダ=ユージルフといいやス。どうも昔の同族が御迷惑を掛けているようで」


 コーダに先手を打たれ、フェルヴァーナの表情から最初から今まで失われなかった不敵さが消えた。流石に情報を取扱うプロである便利屋のコーダ、話術も心得ている。


「言っておきやスけど、俺を叩こうが逆さに振ろうがなにも出てきやせんよ? 俺があの一族を抜けたのは随分昔の話でやスから」

「“砂影”は抜けられないのではなくて?」


 やはり下調べはついているらしく“砂影”の存在については知っているらしい。


「俺は抜けて生き残ってる唯一の例外スよ」


 飽く迄もあっけらかんと受け答えするコーダに、フェルヴァーナはコーダの目をしばらく覗き込むと、やがて納得したように頷き、視線を他所に移した。

 その先にいたのはリクである。再び不敵さを取り戻し、ニマリと笑った顔で言う。


「それから、あなたがリク=エールですわね? ファトルエルの決闘大会で優勝し、人類初めて大災厄に打ち勝った魔導士。エンペルファータでは“ラ・ガン”を圧倒したって聞きましたわよ? 確かに“ヴィリード”である資格は十分。でもまさかこんなに可愛い顔をした少年だとは思いませんでしたわ?」

「……一応成人してるんだが。ていうかどこまで知ってんだアンタ」


 “少年”と言われた事で、リクは恐れ多いエンペルリースの女帝に不機嫌丸出しで対応した。

 が、フェルヴァーナは対して気にした風もなく返答する。


「便利屋さんが知ることができることは全て知ってますわよ。情報は力。それを得る為にはお金に糸目はつけなくてよ」

「その力とやらを人をからかうために使うのもどうかと思うが……」

「何か言いまして? ハルイラさん」


 カンファータの国王がぼそりと漏らした言葉に、フェルヴァーナは敏感に反応したが、彼はそっぽを向いてすっとぼけた。見事なヒット&アウェイである。もっともダメージは皆無に等しいが。


「そうそう、一応同じ“ヴィリード”として顔合わせしておいた方がいいかもしれませんわね。クルフェ、いらっしゃい」


 ぽんぽん、とフェルヴァーナが手を叩くと、「はい。失礼致します」と、開けっ放しの扉の前で待機していたらしい、おそらく三十には満たない若い男が部屋に入ってきた。

 その歩き方は生まれつきかわざわざ訓練したのか、舞台の上にいるような派手で優雅な歩き方で、服装や容姿もそれに見合ったものだ。首からは、リクのものと同じ造りをしているが、違う古代文字が入ったペンダントをこれ見よがしに下げていた。


「お招きに預かり、大変光栄に思いますカンファータ国王陛下」

「そっちから勝手に来たんと違うかったっけ?」


 舞台挨拶よろしく仰々しくハルイラに向かって頭を下げるその男に、聞こえるかどうか、という微妙な声でカーエスがツッコミを入れる。


「……相変わらずのようだね。クルフェ君」いろいろな意味で。と、心の中で付け足しているのはカンファータ国王の苦笑から見て取れる。

「クルフェ、噂の新米“ヴィリード”リク=エール殿ですわよ。先輩として自己紹介なさい」


 「はっ、御意に」と、やはり大仰にお辞儀をすると、リク達に向かって自己紹介する。


「エンペルリース筆頭宮廷魔導士・クルフェ=フォーネイトスコルネリア、主に皇帝陛下の護衛を勤めている。噂を聞いてずっと会いたいと思っていたのだよ? 何しろあの大災厄を退けた“英雄”殿だ」


 ふふん、と鼻を鳴らし、リクに笑いかける。しかしそれは決して友好的なものではなく、嫌味もあからさまな嘲りの笑みだった。


「んな大したモンじゃ――」

「――ない、と。周りにいた皆の功績だと言いたいのだね? そう思いたいのならその“シルオグスタ”を国王に返却することだ。それが嫌ならそれ相応の誇りを持ちたまえ。もっとも、ただの虚勢では到底“ヴィリード”の名は背負い切れないだろうがね」


 いつものように、リクが英雄という言葉を否定しようとするのを遮り、言葉を返すクルフェ。


「それとこれとは話が別だ。俺は自分が英雄だとは思っちゃいねぇし“ヴィリード”なんて地位に興味もわかねぇが、この“シルオグスタ”は、俺の強さの証明だ。外す気はさらさらねぇよ」


 一般にはファトルエルでの優勝者が手に入れるものであり、“ヴィリード”の一人としての証なのであろうが、リクにとっては違う。師・ファルガール=カーンの15年前に追い付いた証明であり、免許皆伝の印。ファルガールがやっと一人前だと認めてくれた、リクの自分の強さに対する自信の象徴なのである。

 リクの言葉に、クルフェはふふん、ともう一度笑うと、前髪をかきあげながら言う。


「口だけではどうにも信用できないね」

「何なら、確かめてみるか?」


 売り言葉に買い言葉。本来、余計な闘いは避ける性分のリクでもクルフェのあからさまな嘲りにむっと来たのか、挑発的ににらんでやった。


「はっ、知らないって言うのも困りものだね。僕の二つ名を知らないのかい?」

「二つ名?」


 説明を求めてリクはコーダに目を向ける。最近知らないことがでてきたときのクセだ。

 コーダは、ごく自然に説明してやった。


「“千手せんじゅ”のクルフェっていうんス。魔導があまりにも早く、相手が魔法を唱える隙も与えずに次々に魔法が放たれるところからきた名前らしいスよ」

「ふうん。……しかし手の内がバレてたら闘いにくいんじゃないか?」


 昔、あまりにも有名になりすぎ、手の内が敵に漏れて倒されてしまった魔導士がいた。だからあまりハッキリとした手の内は持たない、もしくは極力手の内を見せないように闘うというのが、少し名の売れ始めた魔導士のセオリーである。

 しかし、ヴィリード級の魔導士なら有名で当然、自分の事を知られた上で闘い続ける宿命なのかもしれない。

 そんな考えを呼んでいたかのようにクルフェは言った。


「君はきっとこう考えている。『矢継ぎ早に繰り出される魔法を何とか耐えて、一撃必殺を叩き込めば勝機はある』」

「なるほど、それが分かっているからにはそちらにもそれ相応の対応があるってことか?」

「そういうことだね」


 得意げな笑みと共にぱちんとウインクする。コイツの性格は「高慢」で「気障きざ」、その二つの言葉で尽きる、とリクはあっさりと断定した。

 そして考える。もし、彼が評判通りこちらが魔法を使う暇も与えず魔法を連発してきたら、こちらも魔法で応戦するのは避けたいところだ。

 できれば白兵戦で先手必勝を狙い、それが外れたらできるだけ魔法を避け、どうしても避けられないものを《瞬く鎧》で防いで隙を伺いながら《イール・オー・サーク》を張れればあとは有利に闘いを運べる。


 そこまで考えてリクは苦笑した。


(結局、俺も闘いの事ばっか考えてるなぁ……)


 魔法はもちろん闘いのためだけに存在する訳ではない。旱魃が起これば水を作り、急ぎの荷物があれば魔法陣で送れる。それだけではなく、ありとあらゆる生活を便利にする為に今となっては至る所に魔法が、魔導技術が使われている。

 それでも、実際に魔導士が必要とされるのは主に軍事――つまり、戦の場においてである。魔法は大きな武力になる。それを悪用するものに対応できるのは、同じく魔導士だ。だから魔導士イコール戦士。戦争に魔導士が投入されるようになって以降、その認識が決定的に強くなった。


『魔導士の存在意義について論述せよ』


 かつてエンペルファータで受けた上級魔導士試験問題でこういう問いがあった。


『この世のあらゆる難を取り除くため』


 リクはその問題でそう答えた。魔法はそれがない状態で困難が起きる状況を打破するためにある。だが、それは世間一般からみた場合の話であってリク個人では少し話が違う。リクにとって魔法とは―――



「失礼します」


 開いたままのドアから、蒼い制服に身を包んだ、フォートアリントン国際会議場の職員らしき女性が顔を出した。


「随分客の多い日だな……。まあいい、入りたまえ」


 ハルイラが、職員を招き入れると彼女は、そこにフェルヴァーナ達エンペルリース代表がいるのを見て言った。


「ここにおられたのですか、今別の職員が連絡に向かったのですが」

「心配なさらないで。別の者がおりますし、ここに来ることはきちんと伝えていてよ」

「失礼しました。助かります」


 職員は一礼して改めて部屋にいる面々を見渡すと、手に持っていた書類を主にハルイラに見せて言った。


「先の定例国際会議でウォンリルグが無断欠席した件で、ウォンリルグに送っていた使者が帰って参りました。報告を全員で聞く為に一度中央会議室の方にお集り頂くように、とルナイト市長からの伝言です」

「了解した。ところでバシルとクルラスは今国に帰っているのだが、代わりに二人この中から連れて行ってもいいだろうか?」

「構いませんが、中央会議場に入る権限をもつ人間は限られております」


 流石に三大国による国際会議専用の会議室とあって、各国の代表になれる権利をもつ人間にはその人格をある程度証明する為にそれなりの地位が必要だ。

 ハルイラはもちろん、といった風にうなずくと、リクとジェシカをそれぞれ一瞥して言った。


「ウチの娘と“ヴィリード”なら構わないであろう?」

「えっ?」


 まさか自分が指名されると思っていなかったリクが声をあげる。


「お、俺はいいよ。政治の世界に関わる気はねぇし」

「……私は君はそのうち全世界に影響を及ぼしかねない力を持つ魔導士になるのではないかと思っている」


 買い被りだ。否定するために口を開きかけたリクだったが、目の前のカンファータ王の眼差しは異様な迫力を帯びており、彼が本心からの言葉を語っていると感じさせる。人に話を聞かせる力、これが王達に備わったカリスマというものなのだろうか。


「だから、その力を振るう判断をするのに、今世界がどのような状況にあるのかを知っておく必要が君にはあるのだよ」


 そして、リクからもはや反論が出ないことを肯定と取り、ハルイラは残るカーエス、フィラレス、コーダに向かって言った。


「君達には申し訳ないが、先に宿に行って待っていて欲しい。そのかわり、この街に滞在する間の宿泊料は全てこちらで持とう」


 そして、職員に自分達の案内よりも、カーエス達に宿の手配と案内を頼み、皆を先導するように歩き出した。



   *****************************



 いきなり行っても訳が分からないだけだろう、と全体的に透明感のある青で統一され、水の中にいるような錯覚を覚えそうな廊下を歩く短い道中でハルイラは先ほど職員が言及していた「先の定例国際会議でウォンリルグが無断欠席した件」についてかいつまんで説明した。


「知っているかもしれないが、三大国は定期的にこのフォートアリントンに集まって国際会議を行うことになっている」


 これは各国が行っている事業の報告や、その事業を国境を超えた展開にするための提案、あるいは各国が共通して持つ問題の解決に関して話し合う会議、ということだが、一番の目的は実際に三大国の各国家元首らが顔を実際にあわせることにより友好的な関係を確認しあい、対立を避けることである。

 全く会わず顔も合わさない相手だと憎み、戦争も仕掛けやすいが、知り合いになり、実際に顔を合わせて言葉をかわすことで、人間関係を築き、お互いに物事を平和的に解決できるというということだ。

 つまり、この定例国際会議に参加することが三大国協商の継続の意思表示である、と認識されるのである。


「ところが前回の定例国際会議の時、ウォンリルグ代表であるマータ・ツァルアリータは来なかった」


 ウォンリルグの国家元首は全ての国民の母親という意味で「マータ」と呼ばれる。そのウォンリルグの現在のマータであるツァルアリータ=ウォンリルグ五十二世はウォンリルグという国の二つ名である“孤高”そのままの性格を持ち、施さず、頼らない。

 会議に顔を出してもほとんど喋らず、会議の為に滞在する間の食べ物や、飲み物の世話でさえ自国から連れてきた者以外の手を借りなかった。

 そのように、態度は非友好的であったツァルアリータだったが、それでも一緒に何かをするということがないだけで、逆にカンファータ、エンペルリース両国に警戒心や敵対心を抱いた様子を見せたことはない。何より、動けば他の二大国を敵に回すことになる。


 だから、ハルイラはこれからもずっと三大国体制が崩れることはないと思っていた。軍隊が国同士の戦争に用いられることもないと思っていたが、そんな“願い”もあっけなく崩れた。

 連絡があろうとなかろうと、定例国際会議は絶対に出席しなければならない。親の死に目であろうが、移動用魔法陣で一瞬にして移動できるのであるから、実際に顔を出して事情を説明することだけはしなくてはならないのである。ところが、ツァルアリータは来なかった――事実上、三大国協商体制の否定である。


「何かの間違いだ、とは願いたかったがね。だが、今回は彼女が来なかったことに留まらなかった」


 移動用魔法陣。フォートアリントンとそこから各国に結ばれた、極めて実用的な象徴であり三大国間の絆。それが繋がらなくなったのである。

 これが使えなくなったからツァルアリータも来れなかったのではないか、という見方もできるが、込められた魔法同士が複雑な構成をもち、それらがきちんと噛み合っていないと機能しない魔導具と、座標の指定という問題さえクリアされていれば、一つの魔法しか使っていない移動用魔法陣とは違う。魔導士によって毎日確認さえしていれば突然使えなくなることもない。――故意に破壊しなければ。

 そこで、とりあえずはどういうつもりか問いただす為に使者を送り、その使者が今日帰ってきたというわけだ。


「戦争を仕掛けるかもしれない国によく人を送ったな。どう考えても危ねぇだろ」


 それを聞いたリクが、眉をしかめて言った。いわばその使者とやらは敵地の中に少人数で向かったのである。


「その通りだ。めてはいけないとはいえ、希望観測的行動にすぎたきらいはある」


 つまり、彼等が使者を送ったのは魔導研究所のクーデター前だった。その首謀者であるディオスカスが狙っていたのはウォンリルグ。そして、クーデターの最後に出てきたのは、ウォンリルグの最強の戦士“ラ・ガン”の一人であるグレン=ヴァンタ-=ウォンリルグだった。

 それに“砂影”による列車襲撃事件。あの事件の狙いはフォートアリントンに甚大な被害と共に混乱を与えるものだった。

 ひょっとしたらここにカンファータの国王とエンペルリースの皇帝がいることを知っていてやったのかもしれない。だとすると、“砂影”がやったとはいえ、エンペルファータの時のように裏でウォンリルグが糸を引いている確率は高い。


「戦争はもう、始まっているのかもしれない。ただ、表に出るか出ないかで。放っておけば奪われてゆく。それを防ぐには戦って守るしかない。それが、戦争の定義であるとしたら」


 隣を歩くカンファータ王の声と表情は沈みきっている。それは、こういう事態になるのを止められなかった不甲斐なさか、戦争という過酷な状況への絶望感か。



「お待ちしておりました」


 会議室の前には長身の男がいた。背の割には線が細く、優男という雰囲気が拭えないが、蒼い外套をまとったその姿は若いながら気品にあふれており、かなりの地位にある男だと分かる。


「リク君、フォートアリントンの市長のルナイト=シェンクランド君だ。ルナイト君、例の新しい“ヴィリード”リク=エール君だ」と、ハルイラは初対面であるリクとルナイト双方に紹介しあい、ハルイラは続いて彼がリクを連れてきた経緯を説明した。


「シノンを失ったばかり、しかも跡を継ぐはずの人間が旅に出てしまったので、ウチの魔導騎士団もいろいろ大変な時期で今私の傍にちゃんとした護衛もいない。そういう意味でも彼にいてもらった方がいいだろう」


 言葉の前半に心当たりのあり過ぎるジェシカが息を詰まらせる。あきらかにささやかな当てつけだ。

 ちなみに護衛云々は、定住所を持たない、つまり国籍のないリクがカンファータ側にいることに対して、せめてもの理由づけとして付け加えたのだろう。


「分かりました。こちらとしても少しでも腕のいい護衛にカンファータ王を守っていただくことは望んでやまないことです。是非よろしくお願いします、リク=エール君」


 優雅ではあるが、クルフェなどとは違い、少しも気取った様子のない仕種で手を差し出され、リクは促されるまま黙ってその手を握り返す。


「で、ルナイト殿? 例の帰ってきた使者は?」

「会議室の中で待ってもらっています。どうぞ」


 クルフェの問いかけに、リクとの対面で若干緩めた顔を再び緊張に引き締めたルナイトは、会議室の扉を差して答える。その手でそのまま扉の取っ手を掴み、一行を中に招き入れる。



 会議室はやはり青かった。ここまで統一されていると正直どうかと思うが、これが微妙に色の深さや質が分けられており、不思議とうんざりはしない。吹き抜けになった天井は圧倒的に高い。そのまま天窓になっており、本物の青空が切り取られているが、その青でさえ会議室の青と一体感がある。その切り取られた小さな空の下で全ての空の下の事を決めるというのだから、また妙な話だ。

 一辺に四人ずつ十二人座れるように、正三角形に並べられた会議用机に囲まれる形で置かれた椅子に、一人の男性職員が座らされていた。この雰囲気の中で、やや畏縮したように身体を縮ませて座る彼の気持ちがリクには良く分かった。しかもこれから二大国のトップに囲まれることになるのだ。ここまでいくと一般人にとっては重圧というよりもはや拷問に等しい。


「使者は五名送りましたが、帰ってきたのは彼だけです」

「あとの四名はお亡くなりに?」


 フェルヴァーナの質問に、ルナイトは首を振って答えた。


「まだ何の質問もしていません。皆一緒に聞いた方が手間も省けると思いまして」


 どうぞ、と促されて次々と席に座る。ただし、一応護衛であるという理由でリクとクルフェは椅子を断って立った。それならば、と魔導騎士であるジェシカも立とうとしたが、彼女は今回カンファータ王女という肩書きでここにいるためリクを含め周りがそれを許さなかった。


「それでは、始めましょうか。彼の名前はフィント=オーエン君。先日の定例国際会議でのウォンリルグ代表の無断欠席の件で、他四名と共にウォンリルグまで理由を聞きに行っていただいていました。まずは、ウォンリルグがどういう状況で、ウォンリルグ側からどういう答えが帰って来たのかを報告してもらいたいと思います。フィント君、どうぞ」


 フィント、と紹介された男がゆらりと立ち上がった時、彼の雰囲気が明らかに変わった。彼の視線に寒気を感じ、リクは思わず身構える。ちらりと横に目をやると、やはり同じく危険を感じたらしい、相変わらず気障ったらしい表情に少し陰りが見えている。


「……この者の命はすでに無い。――貴公らが奪ったのだ」


 にやりと唇をゆがめた出された声は明らかに男のものではない。雰囲気も普通の人間とはまるで違い、まったく生気というものが感じられず、一同を見据える両目が紅く光を放っている。


「その声は……」

「マータ・ツァルアリータね。人騒がせな方だこと」


 ハルイラは目を見開いて、フェルヴァーナはあくまで驚愕を押し殺した様子で対応する。


「その分だと、他の四人も生きてはいませんね?」

「本来なら答える義務は無いのだが……百年仲良くしてやった縁で教えてやろう。その通りだ、皆殺してやった。伝言を頼むのにうってつけであったから一人はこうして体を利用させてもらったがな」


 命ないものを操る魔法は良く知られているが、その魔法で死体を操るのは人道に反するとして“全世界による魔法についての使用制限条約”で禁止されている。それを、こんな公の場で使っている。そのことが何を意味するのか、一国の国家元首ともあろう者が気付かない訳がない。


「貴公らがこの使者に持たせてきた質問にも答えてやろう。定例国際会議の欠席は故意だ。フォートアリントンへの移動用魔法陣もこちらから破壊した。そして、最後に私がこの使者に託したメッセージだ」


 あっさりと認めたあと、続けてツァルアリータに身体を操られたフィントは大袈裟に手を広げて声を張り上げた。


「この場を借りて宣言しよう! ウォンリルグは三大国協商から抜け、エンペルリース、カンファータ両国に対する全ての国交を停止、これより戦争状態に移行する! これは、挨拶がわりだ、とっておくがいい!」


 声高らかに、一切の淀みもなく言い放たれた戦線布告の直後、フィントの身体が光を発した。自爆の気配を察したリクとクルフェは咄嗟とっさに魔法で障壁を作り、爆圧と熱をいなす。「挨拶がわり」と称しただけあって、それほど気合いの入った魔法ではなく、即席の障壁でも十分に威力を殺すことは出来た。

 しん、と静かになったあと爆発の光に焼かれた目をうっすらと開いてみると、そこに残っていたは破壊された椅子の残骸、そして、その熱で付けられたと見られる焦げ目で書かれた言葉だった。



 ――我々はもはや敵同士だ。



 それは、百年もの間維持されてきた平和の終焉だった。

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