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魔法使い達の夢  作者: 想 詩拓
第三部:聖地への旅路
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06『打ち明け』

 言わなければならない真実がある。

 言う必要のない事実がある。


 真実を口にしなければ裏切りになる。

 事実はいつの間にか真実に変わる。

 時期を外せばやはり裏切りになる。


 秘密は打ち明けられる。

 それは信頼の証であり、

 それは友情の契である。




 フォートアリントンでは、地区によって建築様式が違い、街並の景観ががらりとかわる。文化的な歴史の浅いこの街では移住してきた者たちが自国の文化様式をそのまま持ち込んで自分たちの住居を建設したためだ。

 しかし中央に近づくにつれて、青を基調とするシンプルな様式の建物が目立ち始める。フォートアリントンの公共施設である。基本的に外に行けばいくほどその青は薄く、そして中央にある中枢『フォートアリントン国際会議所』に使われている青は“この世で最も深い青”と賞賛され、誰でも一度は目を奪われてしまう。


「フォートアリントン保安局長補佐官・クーター=カート。カンファータ国王陛下の要請により、客人五人をお連れしました」


 例に漏れず、国際会議所の青に見とれてしまっているリク達五人をよそに、クーターが国際会議所の守衛室に陣取っている職員に声をかけ、件の要請書と自分の身分証明書を提示する。


「少々お待ち下さい」


 警備員はそう言って、通信機を手に取り、その向こうに何事かを告げる。恐らくそのような要請が本当に出ているのかを確認しているのだろう。各国の要人が集まる国際会議所、多少の利便性が失われてもこのくらいの警備体勢が敷かれていて当然だろう。


「確認が終わりました」


 しばらくして、警備員はそう言って手元の装置を操作して自動扉を開ける。


「それでは私はここで」と、クーターが軽く頭を下げつつ踵を返す。

「あれ? クーターはんは一緒に行けへんの?」

「いえ、自分も職務がありますので。ここから先はそちらにいる方が御案内する手はずになっております」


 そう言ってクーターが示した先には小柄で落ち着いた雰囲気を持つ男が待っていた。その姿を見て反応したのはジェシカである。


「バスタ……」

「お久し振りでございますな。さあ、こちらへ。陛下がお待ちかねです」と、緑髪の宰相はうやうやしくお辞儀をしつつ通路の奥を示した。




「知り合いか?」


 バスタを先頭に廊下を歩く途中でリクはジェシカに聞いた。


「ええ、カンファータの宰相で、名実共に国王陛下の右腕と呼ばれる人です」

「バスタ=カノールと申します、以後お見知りおきを」と、ジェシカの紹介に応じて名乗ると、バスタは肩ごしに軽くお辞儀をした。


「しかし道中は災難でしたな」

「全くやなぁ。ファトルエルにエンペルファータ、今度は魔導列車。ここくらいは無事で通り抜けたいですわ」


 バスタの言葉にカーエスが深く同意する。


「まあ、退屈しなくていいんじゃないスか」

「確かにいろいろ学ぶ事はあったが……そう言えるとは中々大物だな」と、呑気に言うコーダにジェシカが顔をしかめた。

「御一行が遭われた騒動については聞き及んでおります。その御活躍振りはそれぞれヴィリードにも勝るとも劣りません」

「いや、俺達の場合、事件の方がデカ過ぎたからなぁ」


 他に力がある人間がいてもその力を発揮する機会がないだけだろう、とリクは思う。それはそれで平和で結構なことだ。




「陛下、バスタでございます。客人をお連れしました」


 バスタがノックをした後、静かに室内に入り、その奥の執務机で書類と格闘しているカンファータ国王・ハルイラ=カンファータ十八世に声を掛ける。


「うむ、こちらへ」と、ハルイラは書類から目を放し、ペンをインク壷に突っ込むと、顔上げて一行を迎えた。


「わざわざ出向いてもらってすまない」


 そう言って立ち上がり、一列に並ぶ一行の前へと歩み寄ってきた。


「久しいな、リク=エール君」

「王サマこそ、一応は元気そうで何よりだ」


 リクは、一応ハルイラとは面識があった。ファトルエルの大会でジェシカと対戦した直後、彼女が師を失ったショックから立ち直るきっかけとなった事を感謝されたのである。


 ハルイラは、一行を見渡して一人一人と視線を交わした後、頼もしそうな笑みをこぼして言った。


「なるほど、ファトルエルを救い、エンペルファータを守った英雄五人とはどのようなものかと思っていたが、中々個性があって面白い人物がそろっているようだな」

「うん、誰一人欠けてもここまでは来られなかった」


 リクが自慢げに笑みを返す。


 最後に、ジェシカの前に立った。


「無事に再会できて嬉しい限りだ、ジェシカ。唐突に手紙を残して去ってから、その身を案じて気が気でなかったぞ」

「その点、まことに申し訳なく思っております、……“父上”」


『えっ?』


 コーダ一人を除き、その場にいた誰もが驚きに声を上げた。


「正式に魔導騎士団を辞めて来たんじゃなかったのか!?」

「違うッ! そこやないッ!」と、驚きの声に続いたリクの言葉をカーエスが退ける。


「父上って、カンファータ国王が? ……ということは」

「ジェシカさんはカンファータ王国第一王女でやスよ。本名はジェシカ=カンファータ。ランスリアはお母さんの名字ッス」


 カーエスの言葉に引き継ぐようにして、コーダが答えた。どうやら彼“も”知っていて黙っていたらしい。

 よく考えれば彼は便利屋だ。カンファータの第一王女の容姿と名前くらいは知っているだろう。ましてや、内密ながら魔導騎士団に入り、実力で副団長の地位まで上り詰めてしまった変わりに変わった王女である。


「リク様も知っておられたのですか?」

「そうじゃねぇのかとは思ってた」


 ジェシカとの闘いの後、ハルイラと会った時。その話振りはまるで娘の事を心配している父親のようだった。ただ、コーダのように確信はなく、本当にハルイラがジェシカを娘のように思っているだけだという可能性も捨て切れなかったが。


「な、何でそんな大事なコト今まで黙っとってん!? リクもコーダも知っとったなら教えてくれてもええやん」


 動揺のままにカーエスが叫ぶように詰問した。


「大事な事スかね?」

「別に言っても何も変わらんかっただろ」と、カーエスの混乱振りを意外に思い、リクとコーダが顔をあわせる。


「いや、でも……!」

「確かに黙っていたのは悪かったが、『私は実はお姫さまだ』なんて仮に言っても馬鹿の妄想だったろう? 『だから何だ?』って聞き返されても返す言葉がないしな」

「うっ……」


 カーエスが言葉に詰まる。確かに、何の脈絡もなく自分が一つの国の第一王位継承者だと名乗ってもデタラメな妄言にしか聞こえないだろう。


「ところで、王サマ、俺達に何か用があって呼んだんじゃないのか?」

「うむ、それだ」


 ジェシカの秘密を明かしに呼んだのではない。元はと言えば、魔導列車での襲撃騒動に付いて特にコーダに聞きたい事があって呼んだのだ、とハルイラは言う。


「便利屋・コーダ=ユージルフ君。気を悪くしないでくれると嬉しいのだが、それでも君と犯人像には余りにも共通点がある。最近、世界的に情勢が不安定になってきてな。答えてくれると早期解決に繋がるのだが」



 全員の視線が集まる中、コーダは言葉を探しているのか、少し俯いたまま沈黙し、やがて意を決したように顔を上げて話し始めた。


「“砂影”は御存じスね?」


 コーダの言葉に全員が頷く。

 それは世界一有名な都市伝説の一つだ。人外の能力を持つ者達で構成された一族で、砂塵とともにやってくる。そしてその砂塵が去った後、一人の人間がいつの間にか命を落としているという、半ば伝説的な暗殺者一族である。

 昔は平時戦時問わずに暗躍していたらしいが、三大国協商が確立され、世界情勢が極めて安定した状態になってからここ百年は“砂影”が世界に関わったという話は聞かなくなった。そのため今でこそ都市伝説扱いだが、昔は現実に存在する一つの脅威だったのだ。


「俺は、その“砂影の一族”として育ちやした」


 元々“砂影”は一族と称しても血の繋がった関係はむしろ稀な方である。大抵は物心付くか付かないか微妙な年頃で、身体的魔力的に資質のある子供をさらって教育する。


 攫って来た子供に対して先ず行うのが、魔力の性質の矯正処理である。“砂影”は“暗獣”とも呼ばれる魔法による召喚獣を使う事でも有名であるが、それを実現する為には魔力の性質をある程度条件に合わせたものに変えなければならない。

 理論的にそれは不可能だと言われているが、実際は魔力成長期に入る前ならば成長の方向を限定する事でそれをクリアする事が可能なのだ。


「この処理のお陰で俺達はみんな肌が褐色になるんス」


 彼らの最大の特徴とも言える肌の色は、遺伝によるものではなかったのだ。


 子供を攫ってからの教育方針は今から振り返ると“巧妙”と称するしかない。まず外からの情報は全て遮断され、“教育”という名の地獄に等しい訓練は常に人しれぬ厳しい自然、例えば砂漠の真ん中だとか密林の奥地だとかで行われた。

 こうすることで逃げたら絶対に生き延びる事は不可能であることが子供にも明らかにして心から集落に縛り付けたのである。


 父母がなく、毎日が生きるか死ぬか。食べ物は最低限で、常に極限状態、安らぎという言葉は概念からして知らなかった。

 自我もない物心付く前からの教育であるから、皆それが当たり前の人生なのだと信じていた。

 だからこそ、あの地獄でも耐えきれる者が出てくるのかもしれない。何しろ手を伸ばすべき天国の存在を知らなかったのだから。


「あの“世界”では自我は持つようになるものじゃない、作られるものなんスよ」


 遠い目をしてコーダは語る。


「そうして、外に出ても動じないくらいに作られた自我が完成した頃――」


 そう言って彼は上半身を覆っていた衣を素早く緩め、はらりと上半身をさらけ出すと、その背中を一同に見せた。

『あっ』と、今度こそ一同が同じ事に対して揃えて声をあげる。


 その背中にはサソリを模した刺青が施されていたのである。


「――“暗獣”と、外に出て任務をこなす資格が与えられる」

「“烙印魔法”……!?」


 カーエスが漏らした言葉にコーダはこくりと頷いた。


「これが、現実には有り得ない能力を持った召喚獣の秘密ス。この刺青の力を借りてたんスよ」


 全員が固唾を飲む中、コーダは衣を着直し、全員にもう一度向き直る。


「恥ずかしながら、俺も数年間、“砂影”として先ほどの襲撃者と同じように暗殺をこなしたり、破壊工作をしていたりしてやした。……詳しくは飛ばしやスが、あることがキッカケで“砂影”の異常さに気が付きやしてね、抜けたんス」


「抜けようと思ったのはコーダが初めてで一人だけなのか?」


 ジェシカが質問をすると、コーダは軽く首を振った。


「珍しくはありやスが、全くいなくはないスよ。ただ、“砂影”を抜けて俺くらい長く生き延びているやつはいやせんがね」

「みんな捕まって“処分”されちまったのか?」

「ま、そういう事ッス」


 コーダの場合、先ず逃げた場所が砂漠の中であったこと。便利屋として裏に働き、決して表舞台では定住しなかったこと、などの数々の選択が功を奏したようで今までなかなか場所の特定が出来ていなかったようだ。


「しかし今度のことで“砂影”側に俺の居場所がバレてしまいやしたからね、これからちょくちょく嫌がらせにくるかもしれやせん」

「今回の遭遇は全くの偶然だったのか?」


 ジェシカが口を挟むと、コーダは軽く首を振って答えた。


「いや、エンペルファータで俺を見かけたと言ってやしたからね」


 もしかしたら乗っているかもしれないということくらいは考えていたかも知れない。だからこそ、わざわざ回りくどいことをしてコーダを誘い出したのだと考えることもできる。


 その答えに反応をしたのはカンファータ王だ。


「エンペルファータで? やはりあのクーデターで彼らは一枚噛んでいたのか?」


 ハルイラの言葉にコーダは、今度は深くゆっくりと頷いて、あの騒動の中フィラレスが攫われ、コーダが助けに向かった時のコトを話して聞かせた。


『相手が召喚獣をけしかけてきた!?』


 余りにも“砂影”の関与を明白にする事実に、全員が驚きを露にする。何しろあの国際的にも大問題となってくる、あの反乱の影にかつて歴史を揺るがした暗殺者一族が関わっていたのである。


「エンペルファータからの“一族”の行動は、ちょっと俺の理解を超えていやス」


 先ず、エンペルファータで、全くの素人に“暗獣”を与えた点。先ほども述べたように、魔力の性質の矯正処理を行わなければ、“暗獣”を取り扱うのは難しく、その刺青を彫ると拒否反応を起こしてしまう可能性すらある危険な行為なのである。

 それに行動するにしてもここまで派手な破壊工作は決してして来なかった。“砂影”は飽くまで影なのだ。


「何にしろ、俺がいた頃と、今の“砂影”は別物と考えた方がよさそうスよ」

「戦力の方はどうだ? 知っている限りで構わん。例えば今回襲ってきた者達とか」

「蜂を使ってきた方はよく知ってやス」


 訓練はグループに分けて行われ、彼――ニードはそのグループの先輩に当たる人間である。なにしろ、グループの中でも各世代に独り生き残れるかどうかという訓練の生存率であったから、グループとは言っても本当に少なく、コーダとニードは兄弟同然の付き合いだった。


「あの《ジェングスタフ》は、飛行能力に加えて、分身を造り出す《囮蜂おとりばち》、その他いろいろな能力を持っていやスから手強いスよ」

「私が闘った女はどうだ? あっちは何の召喚獣も仕掛けて来なかったが」


 ジェシカが口を挟んで尋ねると、コーダは頭を振って答えた。


「いや、外に出る“砂影”は例外なく召喚獣を持ってやスよ」


 今の“砂影”はどうか知りやせんがね、とコーダは付け加えて続ける。


「その女、ひょっとして少し訛ってやせんでしたか?」


 “砂影”にはたくさんの地方から子供が集められてくるため、物心付く前からの口調がそのまま抜けない者が時々いるのだ。


「ああ、特に語尾に特徴のある話し方だったな」

「それなら、俺の知ってる女スよ。シアヤっていう名前で蜘蛛の召喚獣を使いやス。能力はあまり見た事が無いんスけど、よくニードと組んで仕事をしてやしたから」


 話し方から間抜けのような印象を受けがちだが、その実、物事を進める為に手段は選ばず、どんな残忍な事でも躊躇はしないという。


「とにかく、“砂影の一族”は魔導士としては兄さんやカーエス君みたいに際立った力はありやせんが、手段が狡猾で、統率が取れてやス。俺の知る限りで、俺が“一族”を抜けた時以外、作戦を外したことはありやせん」


 全てを語り終えたのか、コーダは大きく吐息をついて、黙り込んだ。そして、目を伏せたまま付け足すように言った。


「こんな事になって、皆さんには申し訳ないス」

「謝るなよ、水くせぇな」


 即答で、リクがコーダの方を叩く。


「取り敢えず、来るヤツは返り打ちにしたったらええ」と、カーエスも同意し、フィラレスもこくこく頷いた。

「何なら、私達で“砂影”とやらを滅ぼしてしまえばいい」


 頼もしいジェシカの言葉に、コーダの表情がほぐれ、苦笑に変わった時だった。

 控えめだが妙に室内に響くノックの音と共に、扉の向こうから女性のものと思われる声が聞こえてくる。


「ハルイラさん、いらっしゃるんでしょ? 居留守はナシですよ?」


 その声に聞き覚えがあるのか、呼ばれたカンファータ国王の顔がにわかに引きつった。

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