10『大会前日式典』
式典の類の行事は皆に敬遠される。
それは催す側とて同じ事。
それは誰もが好きになれず、されど廃れる事はない。
もしそれが無ければどうなのだろうか。
始まる事を告げる場はなく。
終わる事を告げる場もない。
みんなで祝う心を分かち合う場もない。
人は、それに耐える事ができるだろうか。
街の中心にある大決闘場は滅多に使われる事が無い。
普段行われる行事や、ファトルエルでの普段の試合はその他に四つある決闘場を使って行われる。
その四つの決闘場は大通りによって四つに分けられた各区画に一つずつ存在する。
大決闘場から十字に伸びる四つの大通りはそれが正確に指す方角から、必要に応じて「北通り」、「南通り」と呼び分けられる。
区画も同じで、例えば北通りと東通りの間にある区画は「北東区」と呼ばれる。南通りと西通りに区切られた区画ならば「南西区」、と呼ばれるわけだ。
この日、大会前日式典が行われるのは「第一決闘場」だが、この決闘場は北東区にある決闘場で、以下時計周りに第二、第三と名付けられている。
第一決闘場は円形の大決闘場とは違い、正六角形をしたスタジアムである。
そして大、と付けられていないだけあって、大決闘場より若干小さい。
だがそれでも十分に大きかった。
都合上、闘いが行われる場所であるバトルフィールドを中心に観客席がそれを囲っているどんぶり型なのは仕方が無いが、バトルフィールドが一つの大きな砂丘であるのがなかなか面白い。
その特徴から、この第一決闘場は“砂丘の決闘場”とも呼ばれている。と言うより、むしろ分かりやすいそっちの方が主流だった。
「ふう、何とか席を見つけられたなぁ……」
リクはため息を漏らしながら椅子とは呼べない、階段状の客席に腰を掛ける。
到着した時には既に客席はほとんど埋まってしまっていた。
彼はそれを不思議に思わなかった。
ここに来る時、同じ方向に向かう何人もの人の群れを見ていたからである。
そして並ぶのが若干遅れてしまった分、こちらの方に向かうのも遅れを取ってしまったはずだった。
それで座るのは半分諦めていたが、それでも探せばあるものだ。
探さなかった者達は皆後ろの方で立っている。
水を飲んで一息付くと、周りの観客が騒ぎはじめた。
彼等の視線を追うと、そこにはカルクを先頭に、マーシア、カーエス、フィラレス、そして隣にはまだ面識のない二十代中盤あたりの若い男がいる。
「魔導研究所勢だ!」
「カルク=ジーマンだ!」
「あれが“冷炎の魔女”マーシア=ミスターシャか!」
「後ろにいるのってクリン=クランじゃないか!?」
周りの声を聞くと、大体このような内容だった。
「へえ、あいつら有名なんだな」
「え? 兄さん、魔導研究所の人たちと知り合いなんスか?」
「ああ、昨日ちょっと、な……?」
リクは答えはしたが、最後の方はある疑問が頭を掠め、疑問符が付く形となってしまった。
隣を見ると、コーダが座っていた。
目が合うと、彼はニッと彼に笑いかけた。
「本日二度目ッスね」
そんな彼に対し、リクは何かしら疑いの含まれた目を向ける。
「……偶然なのか? 故意なのか?」
「やだなぁ、兄さん。偶然に決まってるじゃないスか」と、コーダはそれをあっさりと笑い飛ばした。
「ま、いいか。それより今朝は送ってくれてありがとな」
「礼なんていいッスよ。ついでだったし」
そしてコーダは彼の鞄の中から小さな箱を二つ出し、片方をリクに差出した。
リクは自分の目の前に出されたそれに目を落とす。
「……なんだこれ?」
「弁当スよ。お昼まだでしょ? 貰いものスから、遠慮はしないで食いやんせ」
リクはなかなかその弁当には手を付けなかった。
今朝の事もあり、タダなら何でも遠慮はしない、と思われるのが嫌なのもある。
それに彼はファトルエルの物価の高さを知っている。この弁当にしたってかなり値が張るものだろう。
あまり大きな親切はかえって受け入れ難いものだ。
しかし、隣でコーダが弁当を食べはじめると、彼は急に抗い難い空腹感を覚えた。目の前に何もなかったら、ここまで感じる事もないだろうに。
しかし実際目の前にあるものは仕方がない。そして遠慮をするなと言っているのだからここで食べても何ら問題はないわけだ。
大切なのは感謝だ。
「いただきます」
弁当は質素だったが、素晴らしく美味だった。
(でもコーダって、なんで会って二日目の俺にこんなに親切なんだ?)と、疑問が彼の頭を掠めた時、周りがまたざわめき立つ。
今度の注目は二つに別れていた。
それは両方とも決闘場の向こう側に見える席で、左手の一方は多少粗野な感じで、見るからに強そうな四人の男。
右手のもう一方はきちんとした格好で、胸当てや、篭手などで軽装している三人の騎士風の男達だった。
先程の魔導研究所といい、その二つの男達といい、この混雑の中でどの団体も一瞬でどこにいるか分かってしまうほど圧倒的な存在感を持っていた。
「三大勢力が出揃いやしたね」
「三大勢力?」
リクが聞き返すと、コーダは頷いて、今噛んでいる食べ物を飲み込んだ。
「そこにいる魔導研究所勢、左手にいるのがファトルエル勢、それから、右側にいる三人が、カンファータの魔導騎士団の三つの勢力の事ッス
それぞれの勢力には優勝候補といわれる人間が必ず一人、二人いやス。他の連中も毎回この大会の上位に食い込む実力者ぞろいなんスよ」
「今年の優勝候補はどいつだ?」
リクが尋ねると、コーダは、ふむ、と考えながら弁当を一口食べ、一つずつ、匙で指して話した。
「魔導研究所からは“双龍”のクリン=クラン。一番後ろにいた人ッス。あまり知られてないんスけど何か特殊な魔法が使えるって話ス。
ファトルエル勢はデュラス=アーサー、右から二番目の一番人相の悪い奴スね。アイツはこのファトルエルのリーグの中でもダントツに強いやつで、“クリーチャー”って渾名されてやス。朝やってた賭けのオッズは一番低いス。いわゆる本命ッスね。
それからカンファータの魔導騎士団、“真の豪傑”シノン=タークス! 真ん中にいる奴スけど、五年前のファトルエルの大会の優勝者なんスよん」
「へえ…」
「いつも優勝者はどれかの団体の優勝候補が勝ちやス。それ以外の奴はみんな大穴なんス。でも、たま~に三大勢力以外、全く無名の奴が勝つ事があるんスよ。一番最近なのが、十五年前。あそこにいる、当時ガチガチの本命だった、“完壁”のカルク=ジーマンを破って優勝したのが……かのファルガール=カーンなんスよ!」
次第に熱が入り、最後には効果を狙った間まで入れて語りきったコーダに、リクはすっかり感心した目で彼を見た。
「よく知ってるなぁ……」
「俺なんてまだまだッスよ」と、コーダは照れくさそうに笑って言った。
突然会場の中にシンバルの音が鳴り響いた。
同時に観客席の周りにスタンバイしていたブラスバンドがシンバルのリズムに会わせて演奏を始める。
そして決闘場に入る為の対峙する二つの大きな扉の内、一つが重々しく開いた。
そこから出て来たのはきれいに二列縦隊に並んだ兵士達だった。
先程見た魔導騎士団とは違って、全身鎧を着込んで完全武装している。
入って来た兵士達は外側の壁に沿うように歩き、自分の配置に付くと、中心である砂丘の頂に向けて剣を構える。
それがだんだんと内側に向かって進行し、扉から砂丘に頂上に向かう道を残して全てが剣を掲げる兵士達に埋め尽くされた。
今度出て来たのは、黒いローブに身を包む魔導士達の集団だった。
その後ろからまた鎧兜に身を包んだ兵士達が現れ、最終的に、砂丘の中心を残し、一番内側には魔導士達、その外側全てを兵士達が囲むという格好になった。
そして、今まで演奏されていた行進曲がキリのいいところまでいって終わり、次に荘厳な音楽が演奏された。
それに合わせるように、砂丘の魔導士達がぶつぶつと呪文を唱え、祈りはじめる。
すると、砂丘の頂に丸い魔法陣のようなものが浮かび上がり、光が走って、砂丘に豪華な舞台を形作って行く。
観客全員がそれに刮目し、息を飲む。
最後に円形の台が出来ると、まばゆい光が舞台を包み込んだ。
あまりの眩しさに一瞬目を瞑り、かろうじて再び目を開くと、そこには立派な衣装に身を包んだ、王に似つかわしくないがっしりとした体格の男がそこにいた。
カンファータ国王、ハルイラ=カンファータ十八世である。
一連の魔導ショーに観客達は沸き上がった。
しばらく間が開いた後、シンバルの音が鳴り響き、観客達は再び口を閉じた。
その静寂を待って、カンファータ国王は話しはじめた。
「屈強なる戦士達よ! そして闘いを見守らんとする者達よ! このような砂漠の真ん中までよく来てくれた!」
そしてその右腕を高々と掲げた。その手には一つのペンダントがぶら下げられていた。何やら意味の有りそうな紋章を象ったものだ。
それを見たリクは確信した。
(やっぱりあの時のペンダントだ……!)
「闘う者達よ! これは最強の者である証だ! 明日より始まる闘いは、これを巡って行われる! 残り二人まで勝ち残り、決勝戦を勝ち抜いた時! その者は最強であると認められ、このペンダントは授与される事となる!」
観客も大会参加者もそのペンダントに視線を集中させていた。
しかし、やはり参加者はその目つきが全く違う。
「最強を決める闘いなのだ! 私を含め、観客達全てが世界最高峰の闘いを望んでいる!
例え、誰か予想もせぬ者がこれを取る事になろうとも、見る者にとってだけではなく、闘うそなた達自身にとって、良き闘いとなる事を祈る!」
カンファータ王がこう締めくくると、決闘場はわっ、と他の声の存在を許さぬ程の歓声に包まれた。
「なかなか名演説だったなぁ、コーダ」
リクも拍手をしながら隣のコーダに話し掛けると返事が返ってこない。
この歓声の中なので聞こえないのかと隣を見ると、そこにはもう誰も座っていなかった。
「……コーダ?」
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この決闘場の歓声の中で、三人だけまるで別世界にいるように無反応でいる者達がいた。
ジルヴァルト、イナス、ハークーンの三人である。
「“双龍”、“クリーチャー”、“真の豪傑”、世界最高峰の闘いね」と、ハークーンはその口元にニヒルな笑みを浮かべた。
そして自分とイナスに挟まれて真ん中に座っているジルヴァルトをちらりと見る。
「良き闘いになるといいな」
それに対し、ジルヴァルトはやはり、無反応だった。それどころか、全く無視してイナスに尋ねる。
「……“滅びの魔力”の持ち主とやらは見つかったのか?」
尋ねられたイナスは、ため息をつきながら右目に付けていたモノクルの形をした“魔導眼鏡”を外した。
「ふむぅ、やはり表の魔力を見るだけじゃ分からんな。……まあ、それでわかるなら街の外からでも見つけてやるんだが」
「じゃ、どうするんだ?」と、ハークーンはジルヴァルトに無視された為か、やや不機嫌そうな声で聞いた。
「表の魔力を見て分からんという事は、何かで魔力を押さえているという事だ。魔封用の道具を身に付けているか、身体にそういう魔法陣を彫ってあるのかどちらかだな」
「まさか一人一人捕まえて調べるつもりじゃないだろうな?」
眉を潜めて尋ねるジルヴァルトに、イナスは小さく溜め息をつく。
「余りにも不効率だが、そのつもりで望むしかない。だが、あっちもただの魔力じゃない。この大会中ずっと抑えていられる可能性は高くはないと思う」
「漏れ出す、という事か?」
ジルヴァルトの問いに、イナスは頷いて答えた。
「そうなればこちらのもの。この街のどこにいようと必ず見つけだしてやる。それにちょっとした策も練ってあるんだ」
「果たして上手く行くかね」
茶々を入れるハークーンをイナスが睨み付け、その鼻先に人さし指を突き付ける。
「お前の方はどうなんだ? まだろくに情報も集まってないんだろう?」
ハークーンの狙うのは“ラスファクト”だったが、ジルヴァルトとイナスが狙う“滅びの魔力”と同じく、ファトルエルにあるのは分かっているが、それ以外の事は何も分かっていない状況だった。
しかも、“滅びの魔力”はその特徴なども大分分かっているので、イナスが口にしたような目算も立てられるが、“ラスファクト”の場合、その形状も性質も、そもそも存在さえ不確かだ。
それからすると状況からいえばハークーンの方が進行状況は良くないと言える。
しかしハークーンは、素直にそうだと認めなかった。
「心配はいらん。情報は確かにまだ掴めていないが、情報源は確保出来てる」
「ほう?」
イナスが白髪の混じった片眉を上げて興味を示すと、ハークーンは得意そうに説明した。
「このファトルエルにはいろいろ謎が多い。確かに少々環境は厳しいが、それでも謎を解きたい奴等は山ほどいる」
遠回しな言い方だったが、イナスはハークーンの言わんとしていることを悟って応じる。
「なるほど、それでファトルエルに住んでいる学者を当たってみるわけだな」
「ああそうだ。もう学者は見つかってる。それでダメでも横のつながりで学者は芋蔓式に見つかる」
「見つけても教えてくれるとは限らないだろう?」
「その点に関しては大丈夫だ。確実に知っている事全てを教えてもらう」
そのジルヴァルトの問いに答えたハークーンの顔は狂暴性に満ちた笑みが浮かんでいた。