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たまには霊園以外で

「何してるんですか」

 今月もお墓に行けば、男はいた。先月同様、祥月命日をさけたというのに私の努力は無駄だった。もうここまでくれば、頭のおかしい人にたぶんナンパみないなことされたという考え方は通用しない。そういうことだったらどんなによかったか。ネタで終わるだけだったのに。

「あ、雅さん。おはようございます。いい天気ですね、今日もお可愛らしいですね」男は笑顔を浮かべていた。

 私はお墓の横に花などの荷物を置いた。そして男を見た。彼は、さきほどまで我が家の墓を磨いていた。手には布巾、足もとにはバケツとブラシがある。

 何を問わずとも、男は答えをくれた。

「掃除をしておりました」

「……掃除」

 それしか返せずにいると、男が苦笑いとともに話をした。

「普段は霊園周辺やそれぞれのお墓の周りのゴミをとったり、線香立てを掃除したりしています。お墓参りの際に自らされる方、それに無関係な人間が自分の家のお墓に関知するのを好まれない方もいらっしゃいますからね、目立つゴミの掃除だけして回っています」

「それは、ご苦労様です」

 どう言うべきか迷い、無難な返答で済ます。

「山田家のお墓に関しては、思い入れというか特別あつかいというか、つい掃除にも熱がこもりまして。あ、今まで勝手にやってきたとか、それはないですからご安心ください。ここまでしたのは今日が初めてです。ご希望でしたら今後も継続しますが」

「必要ありません。私がしますので。どうぞ周囲の掃除を優先なさってください」

 そしてこれっきり視界から消えてくだされば、なおのことよしである。

 個人的には先月言えなかったことを言えてちょっとだけすかっとしたが、それで立ち去るような男ではないと思う。案の定、男は意に介さず、ふふと笑っただけだった。

「もう終えました。早起きは三文の徳ですね」

 あまりのさわやかな言動に、反応する気もわかない。それにこういうところで反応するから、男が接点をもつ仕掛けをつくってしまっているのではなかろうか。本意ではないのに、会話の継続が男を手助けしている感がある。

「何事も心がけですね。よいように運ぶものです」

 男は満面の笑みで納得していた。

 私が花挿しに入れた花を整えていると、さらに男は続けた。

「いつあなたに会えるかわからないので、最近はほぼ毎日のように霊園に足を運んでいました」

 ひまじんご苦労様である。が、考えなくとも薄ら寒い言葉を聞かされてしまった。不快なことこのうえない。

 ロウソクに火をつけて線香を上げ、男の存在を無視してしゃがむ。いつもより雑念の多い状態で墓前に手を合わせた。

 隣の不愉快な人間を気にすることなく念じたいものだが、男もかがんだ気配がしたので、ちらりと視線を横にやった。いっしょになって手を合わせていた。

 思わず自身の手を()きすぐに立ち上がる。帰り支度をはじめた私に、同じく立った男は声をかけてきた。

「ところで雅さん。僕とデートしてくれるというお話はどうなりましたか」

「何の話か存じません」

 いつものように片付けて山田家の墓を後にすると、男も後ろからついてくる。

「お墓でこうして逢瀬を重ねてきましたが、どうでしょう? 僕達、もうそろそろ一歩前進しませんか」

「前進ですか」

 男の言葉を確認しつつも、自分だけ進んでろ、と心の中で悪態を吐く。

「はい、前進です」後ろから元気な返事が飛んできた。

 こうやって反応するから男も話しかけてくるのだ。その点は自覚し、かえりみなければならない。これでは男の思うつぼだ。でも口に出したい不満は、ある。

 私は男へと振り向いた。

「今日はお掃除ありがとうございました。でも金輪際そういったことは、やめてくれませんか。待ちかまえられるのも迷惑です」

 もう来るな。その意味が通じているとは思うが、男がどう受けとめて行動するかは別である。しかし言ってやりたいことを言えた。これで来月も会おうと思う馬鹿はそうそうおるまい。

 晴れやかな気持ちで、男に背を向けて歩く。やはり男は追いかけてこなかった。動物の縄張りのようだ。

「雅さん、また今度……」男が後ろで小さくつぶやいている。

 その寂しげな声が、なぜか心に引っかかった。


 何を気にするのか。何が気になるのか。わからない。さっぱりわからない。

 アルバイト中も、ふとあの男の姿が脳裏によぎる。

 おかしい。おかしすぎる。どうして自分はこんなにも、あの男のことを考えているのか。ただの変質者ごときに悪感情以外のものを持てそうな自分に参ってしまう。

 ちょっと言いすぎたのではないか。いや、そんなわけあるか。あれはむしろ言い足りないはずである。

 そうやって何度も考え、けれど剥き身の耳障りな言葉を発した自分に言い訳までしたくなってくる。言ってやったと晴れ晴れするつもりが、なぜか悩んでいた。

 そんな夜、コンビニのアルバイトを終えた帰宅途中で、とつぜん電話がかかってきた。

 表示されているのは知らない番号。無視して歩いていると、携帯は静かになった。しかし再び電話がかかってくる。同じ番号だ。私はもう一度、無視した。が、また電話が切れたと思ったらかかってきた。仕方なく着信ボタンを押して、耳に携帯電話をあてる。

「はい」

「あ、雅さん? こんばんは。橋本です、橋本聡ですけど」

 聞こえてきた声に、電源ボタンを押した。通話終了。ついでに電源を落としておくことにした。

 道端で立ち止まった私はゆっくりと深呼吸をし、心を落ち着ける。

 電話を切る瞬間、なぜ番号を知っているのかと驚愕したが、そこではたと気がついた。いつかの苦情で連絡した際、電話口で伝えた名前の折に連絡先も教えていたのは自分だ。

「恐ろしい……」思わずつぶやく。

 また電話がかかってくるかもしれないというのと、着実に私的空間へと踏み込んできているあの男に対して、恐ろしいと感じた。

 しかし不思議なことに、それは不愉快や恐怖一色ではなかった。鈍麻しているのか、何にせよその自身の心境がまた恐ろしかったのだ。

 家に帰ったあと、就寝前に私は携帯電話の電源をつけた。この時間帯に親しくもない人間が電話をかけてきたら非常識だから、心配せずともあの男はかけてこないだろう。いや、しかしああいう人間のすることはわからない。もしや……と、眠りにつく直前まで気にしていたが、携帯はうんともすんとも言わなかった。

 それから数日たっても、あの男から連絡はなかった。そうすると、あの電話は夢か何かだったのだろうと思い始める。そう考えるほうがじつに心が穏やかだ。

 が、平穏な日常はそれからすぐに崩れた。あの男がやって来たのだ。私のアルバイト先であるコンビニへ。

 客もまばらな店内。レジにいた私を見つけた男は、目の前に立つと言った。

「雅さんをください」

 常識の欠如した男に、恥と気遣いという概念は無縁なのだろう。

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