お墓は死後のマイホーム
ロウソクに火を点け、線香のあと、合掌する。
律儀なのか知らないが、男も墓前に手を合わせていた。私がお墓参りセットを片付けていると、横から絶望感に溢れた声が聞こえてくる。
「そんな……。自分で言うのもなんですが、女性には優しいし、顔もそこそこいいし、金もそこそこ持っているし、土地もありますからマイホームの心配だっていらないんですよ。それに、死んでからもお墓の心配がいりません! 永代管理料もなしです。ここ、一族の会社が運営している霊園ですから」
男の馬鹿っぷりと妄想にも程があるが……この霊園と土地の所有については、聞きたくもない情報だった。
男が言う。「何か不満な点があったら、おっしゃってください」
不満どころか不安いっぱいだ。が、それは置いておくとして思ったことを挙げるなら、供えた花が枯れていたら花挿しから抜き取るくらいの管理はしてほしい、というのはある。永代管理料を毎年払っているのだから、きっちりしていただきたい。
だが酷い脱力感のせいで、構う気も起きなかった。バッグを肩にかけて、袋に入れたお墓参りセットと、柄杓つきの手桶をそれぞれ両手に持つ。
「失礼します」一応、会釈をして男の横を通り過ぎた。
だが、男はついてきた。そしてなぜか手桶を持ってくれた。まるで一緒にお墓参りしたみたいな格好になっている。
「一緒に墓参りもします」男が食い下がる。「ちゃんと花子さんをお世話します。もちろん一生。だから、お願い……いいでしょう?」
母親に犬を飼ってもいいかきくような台詞だ。にしても、点火を一緒にしてから言動がつけあがってはいまいか。
「花子さん、素敵な家庭を築きましょうよ、そして素敵な死後を築きましょう? ……あ、ハート型の墓石っていいなぁ。相合傘を彫って、そこに花子・聡って入れるのもいいなぁ」男が目を細めた。
その様子が気持ち悪かった。こんなに何かがひどい人、見たことがなかった。いよいよ警察か。
私は、未だ夢の世界を語っている男に対し、苛立ちを隠さず言ってみた。
「お会いしてたったの二度で大事な決断はできません。そもそも、不躾にも程があると思いませんか」
するとどうしてか、男は感激しだした。
「僕との結婚を、あなたの人生において大事なことだとおっしゃってくださるのですか」
語弊がある。大いにある。
「あのですね、言っている意味が……」
否定しようとした矢先、男は言葉を被せてきた。人の話を聞いちゃいない。
「そうですね、僕にとっては違いますが、あなたからみれば二度しか僕をご覧になっていないことになります」男は一人でうなずいている。「確かにそうだ。おっしゃる通り、二度では少ない。軽率でした」
自身だけで話を進めだしたので放って帰るのが適切だと思い、私は重たくなった肩を感じてため息を吐いた。
「こういうこと、やめてください。迷惑です」
警察に相談でも取り合ってもらえないだろう。なんせ、現行犯的な実害がない。やはりまずは霊園の管理事務所か何かに苦情の電話をするべきだ。
帰ったらそうしよう……と決意すると、男が私の前に身を乗り出してきた。
立ち止まらざるをえないところに、男が提案をする。
「花子さん、お互いをよく知るためにデートしましょう」
突拍子も無いことを言い出した。だが驚かない。この男のすべてはきっと、唐突と無遠慮と不可解で構成されている。
私は、名案だと言わんばかりの満足げな笑顔に、はっきりと吐き捨てた。
「けっこうです」