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小話「お一人様のプレイボール」

「おい雅、ドッジボールしようぜ、ドッジボール!」

 いつものごとく、姉さんが不思議な提案を引っさげて現れた。こうして我が家へ押しかけるのも毎度のことだから、慣れっこになったものだ。

 昔から巻き込まれてきたが、姉さんの変てこな発想力は未だ衰えをみせない。むしろ磨きがかかって徐々に威力を増しているのではなかろうか。いらぬところで日進月歩である。

 こちらは洋服にストールを合わせるか帽子にしようか選ぶので忙しい。しかし姉さんはお構いなしでボールを持ってうろちょろしていた。

「ドッジボールって、二人じゃ無理でしょ」

 仕方なく相手をすると、自信満々な答えが返ってくる。

「坊ちゃんがいるじゃないか」

 私はかぶっていた帽子を取った。すると、姉さんがボルドー色のストールを肩にかけてくれる。ストールがメインになり、思いのほか満足な組み合わせだ。私は鏡から視線をはずし、姉さんへ振り返った。

「最低でも四人いるんじゃない?」

 そう提案しつつも四人でどうやったら足りるのかと考えを一蹴する。二対二のチームで外野と内野を一人ずつ配置しても不満足だ。数秒で決着がつきかねない。

 ボールを床に置いた姉さんは帽子を手に取ると、指を入れてくるくる回しはじめた。

「知るか! こんな馬鹿げたこと無報酬かつ積極的に関わってくれる奴はあたしを含めて三人しかおらんぞ!」

 ならば姉さんを抜いた二人というのは明白だ。しかし結局、一人足りないのでは話にならない。

「私をいれないでよ」

 さて、ストールが決まればお次は靴だ。姉さんを放っておいて玄関まで移動した。しかし向こうも大概あきらめが悪い。後ろからついてきている。

「さあやるぞ、よしやるぞ、雅やるぞ!」

 玄関に到着しても離れないので、仕方なく、変なかけ声ではやしたてる姉さんに条件を出すことにした。

「いいよ。その代わり、私と聡さん対、姉さんね。二対一、姉さんが一人のほう」

「おう」

 急に乗り気になったこちら側の反応に、姉さんは短く返事をしただけで、続きを言うのを待ってくれている。

「私が外野。彼は内野ね。で、姉さんを狙い撃ちしてもらって、外に転がったら私がボールを内野に返してあげるの」

 外野に転がったボールはたとえ姉さんの陣地だとしても、こちらのものになる特別ルールを用意しておこう。その代わり外野に出たボールを追いかける役目は全て私になるので、日頃の運動不足がたたる身としては少しばかり辛い。が、仕方ない。

 ルールを頭のなかで練っていると、姉さんが鼻で笑い、言い返してきた。

「待て待て、雅ちゃんよ。あたしがボールを奪取して坊ちゃんを返り討ちにする頭はないのか」

 得意げな顔をする姉さんに、私も言い返してみた。

「負けるのやだ! と、顔を覆って泣いちゃうお芝居を外野でするから何とかなるよ。というか何とかするよ、聡さんが。すごい潜在能力ありそうだし」

 過去において、まったく華々しくない恐るべきストーキング戦歴を打ち立てた男である。あらゆる意味で「待ち」の一点にかけては、人より抜きんでたものがあると思う。あの執念深さでは、きっと勝つまで負けないだろう。

「ほう」姉さんはまたもや鼻で笑った。「なら、雅の前をうろうろしてやろう。万が一あたしがボールを取り損ね、外野にボールが出たとき、あたしの後ろにいる誰かに当たるのを恐れて坊ちゃんは手も足も出ないぞ!」

 自信満々に告げる姉さんが高笑いした。

 その様子がすごく面白くない。非常に面白くない。なので話を切り上げることにした。放置だ、放置。

「じゃ、いい。やらない」ひらひらと姉さんに手を振って、さっさと靴を選ぶ。「私これからデートだから、姉さん出るときは鍵しめてね」

 ぴたっと止まった笑い声の主を振り返ることなく靴を履いて外へ出た。


「今日は夕方から仕事でしょう? 一度、家に帰る?」

 喫茶店でパフェをほうばっていると、前に座っている聡さんが尋ねてきた。

「ううん。そのまま行きます」

 そのほうが少しでも一緒にいられる。

「そう、嬉しいね」彼が笑った。「ケーキ、どう?」

 彼の注文したケーキを一口もらう。交換で私のパフェをあげた。

「そう言えば……」聡さんはアイスクリームをのせたフォーク片手に話し出した。「このまえお姉さんがさ、新しい遊びはないかって僕に提案するよう言ってきましたけど」

 思わず彼を見てしまう。被害はここまで拡大していたのかと胸のうちだけで思った。けれどもう問題はない。

 私は洋酒の香りがするケーキを食べてから答えた。

「それなら大丈夫。ついさっき解決しました」

「解決?」

「今ごろ一人で遊んでます……ボッチボールで」

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