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いろいろと、ずれている

「あたしなら食ってますぜ、お嬢さん」

 芝居がかった口調で言うと、(ねえ)さんはワインを飲んだ。

 私はいま、橋本聡の話をしながら自宅で姉さんと飲んでいた。真向かいに座るのは四十も近い「姉さん」。といっても実の姉ではなく、愛称のようなものだ。祖母がいたときからよく家にきていた姉さんは、祖母の友達だった。年齢差のある友人関係だったがなぜか仲がよく、私も姉さんに懐いていた。

 祖母の死後、姉さんは祖母の遺言に従って、私の未成年後見人になってくれている。高校生だった私に代わり法律上の手続きや相続税やら何やらといった金銭関係、それから生活面でも支えてくれた。私が成人した現在は、姉さんとの関係も友人という枠に落ち着いている。

 姉さんは昔からの付き合いのせいか、言い方に遠慮がない。今夜も、アルコールが手伝っているのか口ぶりが雑になりだした。

「住所は教える、家にいれる、酒を飲んで酔いつぶれるわ、挙げ句ベッドに一人で寝ていた。……馬鹿じゃないの、あんた。それからその男」

 姉さんは、ワインボトルのコルクをテーブルの上で転がして遊んでいた。

 近づいては離れるコルクを指で戻す姉さんに、私は唸りながら言った。

「いや、住所とかは不可抗力というか」

 姉さんがため息を吐く。「送り狼ってのあるだろ。何にもなかったって何だそれ、清い交際か? あんたがよほど萎えるようなことしたか、あっちに問題あるかしかねぇな!」

「交際って……付き合ってないよ」

 首を振って否定すると、姉さんは鼻で笑ってコルクから指を離す。

「ところで見かけはよかったのか」

「うーん……うん」

 首をかしげてみせたが、たしかにあの見た目は、かっこいい部類に入ると思った。所作ともども、外から見える範囲はまあ悪くはない。不気味な突進スタイルのコミュニケーションさえなければ、だが。あれがすべてを台無しにする案件なのだ。

「あーあ、ついに雅お嬢ちゃまも王子様を見つけたってか。しかも墓地かよ。墓場の王子様だ」

 茶化した物言いの姉さんはさらに続ける。

「何を悠長に構えていらっしゃるのか存じませんけどねー、もうさっさと片づけちまえ」

 言葉を継げない私を尻目に、姉さんはグラスの中の液体を飲み干した。再びボトルの中身をグラスに注いだ姉さんは私を見て言った。

「割り切る付き合いならどうぞご勝手に、だけど。まあ変人は、変質者として突き放すか恋人にして観察するか、どっちかに限ると思うんだけどなぁ。あんたはどうなの? お友達でいたいとか言うなよ」

「そういうわけじゃ」

 それは即座に否定した。その速さに自分でも驚く。

 姉さんはテーブルの上で頬杖をついて、グラスの中の深い赤色の液体を眺めていた。

「ポジションがねぇ……。切るなら切る。昇格するなら、まずはオカズの位を返上か……」姉さんはぶつぶつと言っている。

 お説教なのか下品な話なのか、さっぱりわからない展開だ。

「で? どこまでいってんの」姉さんが、ちらりとこっちを見て言う。

「何も」

 正直かつ簡潔に言うと、姉さんは素っ頓狂な声で騒ぎだした。

「ちょっと待て。キスは? 接吻は? 言うのを恥ずかしがるなよ、いまどき幼稚園児でもやってるさ、好き好きチュッチューってな……」

 好き好きの部分を気持ち悪いくらい可愛い声で言って身を乗り出してくる姉さんが、ふと下を向いた。姉さんの胸元が丸見えだった。

「あ、(ちち)バンドが」

 そう言ってズレを直す。この人に恥じらいというものは無い。ある意味、変態橋本に通じるところがある。だからか、と納得した。そういう分類の人に対しては、姉さんのおかげで抗体ができているのかもしれない。

「姉さん。前から思ってたんだけど、ブラジャーつける意味あるの?」

 私が言った途端、姉さんは顔を上げた。恐ろしい表情だった。

「あんた今、パッドを愛する世界中の女性を敵に回したな!」

「そういう意味じゃなくて」

 私の言葉を遮って、姉さんの形相がいっそうひどくなる。

「黙れ小娘! 貴様の胸なんかさっさと重力の言いなりになってしまえ!」

 姉さんは呪いの言葉を吐き捨てて立ち上がり、出て行った。リビングのドアを隔てた先で盛大な物音が聞こえたので、たぶん帰るのかもしれない。見送りに私も立とうとした瞬間、どういうわけか姉さんがドアを開けて戻ってきた。いちいち行動する際の物音が大きい。

 姉さんは口を開いた。「ちょっと! 風呂沸いてないわよ!」

 風呂に入る気だったのか。いや、それよりも。

「泊まるの?」

 椅子から腰が中途半端に浮いた状態で尋ねれば、当然という顔つきを見せる姉さん。

「検分してやるから。そのお墓の坊ちゃんとやらを明日ここに連れてきな」

 こちらの返事もきかぬまま、姉さんは踵を返し風呂場に消えた。

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