なれそめは墓地
麗らかな春の日差しが心地よい日のこと。墓参りにきていた私は変な男と出会った。
地面にまかれた砂利のこすれる音が近くから聞こえ、墓前で合わせていた手をほどき横を向くと、金髪で長身の青年が立っていた。距離感や雰囲気からしてこちらに用があるらしいが、知らない人だ。こういう場所で会ったりすれ違ったりしたなら、その容姿からして覚えているはずだが記憶にない。
年は二十前後、私と同じくらいに見える。格好はシャツにベスト、それからネクタイが印象深さをかもし出していて、イメージだけならディーラーのようだ。でも金髪が、いかつい。どことなく優しげに見えるが、髪の色が妙な雰囲気を与えていた。総評するなら格好いいけど胡散臭い、だろうか。
私が声をかけるより早く、男は笑みを浮かべて会釈してきた。反射的に頭を下げかえすと、男はなぜか我が先祖の眠る墓の前で合掌しだす。
男の姿をぽかんと眺めていたが、もしかしたら私が知らないだけで、会ったことのない親戚か、故人にゆかりのある人なのかもしれない。
納得した瞬間、男は爽やかな声で問いかけてきた。
「こんにちは。お名前は?」
え……と、口を開きそうになり、私はあわてて真一文字に結んだ。目の前の男は、自身の用件を告げたり名乗ったりもせず、まずこちらの名前をきいてきた。会話の切り口が唐突すぎる。あやしい人だったらどうしよう。私は思わず持ち手に構えていた花バサミをしっかりと握りなおした。
「お名前、教えていただけませんか?」
にこりと笑った男は、少し丁寧な調子で再び尋ねてくる。ついでに間合いも詰めてきた。
近寄られたせいで、私の足は自然と後ずさる。そのあいだも男は返答を待っているのか、人のよさそうな笑みでにこにこしていた。
言動から考えるに、この人はまず親戚ではない気がした。では先祖と関係のあった人か。いや、それも違うように思う。かといって場所柄のため無視するわけにもいかない。私は、墓石に刻まれた「山田家之墓」を見てから男に振り向き、答えた。
「山田ですが」
「存じております、下のお名前です」
まくしたてられるように言われ、とっさに「花子」と告げた。花子じゃないけど。
そのとたん金髪男は微笑み、うっとりとつぶやいた。
「花子さん……そう、花子さんとおっしゃるんですか。ああ、なんて愛らしい。素敵なお名前ですね。花のように可憐なあなたに、ぴったりだ」
気持ち悪い返答だった。
「ご、ご用件は」
花子大絶賛の男を警戒しながら、私は下を向いて小さな声で尋ねた。顔を上げると、どうやら男は聞きとれていなかったらしく、もう一度こちらが言い直すのを待つ具合で見つめてくる。
――ある意味チャンスだ、と私は思った。いまなら「失礼します」と告げれば関わらずにすむかもしれない。話を切り上げられるなら好都合だ。早く立ち去るため、私は迅速に動いた。
きっと親戚じゃないし、縁者でもない。そう信じたい。だって何かがおかしい。あいさつのあとに人の名前をきいて、おまけにその段階ですぐに用件をはっきりさせないなんて、変である。
おかしい人を相手にしてはいけない。さりげなく軽い会釈のあと回れ右をして、チャッカマン、花バサミ、雑巾、線香、ロウソクの「自前お墓参りセット」と、手桶と柄杓をまとめて持つ。あとはここから去るだけ。
しかし背を向けた瞬間「待って」と声がかかり、あろうことか男が手桶をつかんできた。
びっくりして反射的に振り向くと、こちらを見ていた男が穏やかな声を出す。
「あなたのことが好きでした……僕とお付き合いしてくれませんか」
男の顔はいたって真剣だった。その真剣さがまた、泣きたくなるくらい気味悪かった。
初対面でこんなことをされるいわれはない。
あまりの恐ろしさと緊張感で何の反応もできないでいると、男は「あ!」と思いついたようにまた口を開け、少々はにかんだ様子で言葉を付け足した。
「結婚を前提に、お願いします」
「……は?」
ようやくしぼり出せたのはその一言だけ。
微笑む男を前に、妙な感覚が全身を駆ける。関わりあいになるなと直感が告げていた。
出会いの季節だというのに、春の陽気な季候が運んできたそれは不気味であやしいものだった。