妹の身代わりで呪われ辺境伯へ嫁いで死んだ私、二周目も喜んで嫁ぎます
「お姉様、お願い。私の代わりに、呪われ辺境伯へ嫁いで!」
「ええ、喜んで」
妹の涙が、ぴたりと止まった。
向かいでは、父が口を開けたまま私とロザリーを見比べている。さっきまで泣き声で埋まっていた応接室に、壁時計の針の音だけが残った。
(そんなに驚かなくても)
私は膝の上の帳簿を閉じた。
「クラリス、正気か」
「はい。いたって正気です」
母が死んでから、帳簿も請求書も私の仕事だ。金庫の鍵には触らせないくせに、削れる出費を探すのも、支払いを待ってくれと商人へ頭を下げるのも私の役目だった。
そうして工面した金を、父は一晩の賭け事で溶かした。その穴を埋めるため、ロザリーは北のヴィクター・グレイヴ辺境伯へ嫁ぐことになったのである。
「本当にいいの? あの、気味の悪い痣がある方よ。妻を迎えたら、その妻は一年で死ぬって言われているのよ?」
ロザリーが椅子の背まで体を引く。
ヴィクターは二年前、国境の戦いで左の鎖骨から首筋にかけて深い傷を負った。命は助かったものの、傷がふさがるにつれて、その周囲に黒い痣が広がっていったという。
それから一年ほどたったころ、王都で奇妙な噂が流れ始めた。あの痣は呪いの印であり、彼の妻となった女性は一年以内に命を落とす――と。半年前には、社交界で知らぬ者はいないほど広まっていた。
「少しも怖くないの?」
「ええ。その代わり、出立の手土産に、王都の蜂蜜菓子を一箱ください」
「いやよ! あれは私のために取り寄せたの。次のお茶会で皆に見せるって決めていたのに!」
「では、やはりロザリーが嫁ぎますか?」
妹は黙り込んだ。
「ヴィクター様は甘いものがお好きですから」
「なぜ知っている」
「北部の商人から聞きました。支払いを待っていただく際に」
父が気まずそうに目をそらす。
――本当は、商人から聞いたのではない。
私は一度、ヴィクターの妻だった。そして婚礼から一年後、彼の腕の中で息を引き取った。
目を覚ますと、妹が身代わりを頼みに来る朝へ戻っていたのである。
「あとは、お母様の冬のドレスと厚手の靴下をいただきますね」
「勝手にしろ。新しいものは買わんぞ」
「初めから、あてにしておりません」
回帰前の冬、赤く腫れた私の足に気づいたヴィクターは、柔らかい羊毛で靴下を何足も作らせた。自分が命じたとは、一度も言わなかった。
(待っていてください。今度こそ、あなたを一人にはしません)
◆
二週間後、馬車は雪をかぶったグレイヴ城の玄関前に着いた。
出迎えに並んでいたのは、たった五人だった。執事のモリス、家令のラッセル、侍女が一人、従僕が二人。呪われた辺境伯を恐れて次々に暇を取り、この広い城はもう最低限の人数で回っている。
その五人が、花嫁ではなく棺でも迎えるような顔で並んでいた。ただ一人、ラッセルだけが人のよさそうな笑みを浮かべている。
私はその笑顔を見ないふりをして、正面のモリスへ目を向けた。
「ようこそお越しくださいました、クラリス・リンド伯爵令嬢。執事のモリスでございます」
白髪の執事が深く頭を下げる。体を起こす途中、その手が腰へ伸びた。
「そこまで頭を下げては、腰に障ります。どうか無理をなさらないで」
モリスの動きが止まる。
「……私の腰が悪いことを、どちらでお聞きに?」
「馬車の窓から、かばって歩く姿が見えました」
「左様でございますか。お気遣い、痛み入ります」
今度は腰を曲げず、首だけで礼をする。その変わり身の早さまで懐かしくて、私は笑ってしまった。
城に入ると、磨かれた床から蜜蝋の匂いがした。玄関広間の柱の傷も、冷気が入り込む東の窓も、記憶のままだ。
「あちらの窓は、雪が降る前に留め金を替えたほうがよろしいですよ」
「なぜ、ご存じなのですか?」
「……風が入りそうな形をしていましたので」
(落ち着いて、私)
気を抜くと、一年分の記憶が口からこぼれ落ちる。
旅装を解くと、そのまま昼食の席へ通された。給仕の侍女が深皿の蓋を取る。鶏肉と根菜の煮込みから、セロリの香りが立った。
「これは、ヴィクター様にも同じものを?」
「はい。旦那様は何でも召し上がりますので」
「では、次からはセロリを入れないでください。残しはなさいませんが、お好きではありませんから」
「なぜ知っている」
背後から低い声がした。
食堂の入り口に、ヴィクターが立っている。黒い髪に濃い灰色の瞳。詰め襟から左の首筋へ、黒い痣がのぞいていた。
生きている。
「ヴィクター様」
駆け寄りかけて、一歩で踏みとどまる。
(今日が初対面。今日が、初対面)
「……お会いしたかったです」
「私は、君に会った覚えがない」
「そうですよね」
「君は妹の身代わりとして送られてきたのか」
「はい」
あっさり認めると、彼の眉間のしわが増えた。
「なぜ、そんなに嬉しそうなんだ」
「あなたにお会いできましたので」
「それがおかしいと言っている」
私が笑うと、ヴィクターはますます険しい顔になった。
「食事が済んだら、書斎へ来てくれ。婚姻について話がある」
◆
「この婚姻は中止する」
書斎へ入るなり、ヴィクターは両家で交わした婚姻の書面を机へ置いた。
回帰前と同じ言葉だ。あのときの私は顔も上げられなかった。実家へ戻されたあとの仕打ちが怖くて、「自分から望んで参りました」と嘘をついた。
婚礼のあとも、この人は私に何も求めなかった。声を荒らげないだけで、きっとこの人も父と変わらないのだと、最初は思っていた。
考えが変わったのは、厨房の仕入れ帳を直したときだ。間違いが気になっただけなのに、ヴィクターは翌日から、領地の収支を私に相談しに来るようになった。
『君はどう思う』
私の考えを聞きたい人が、この世にいる。父が私の働きに気づくのは、失敗したときだけだったのに。
雪で道が閉ざされた日は二人で備蓄を数え、夜が更ければ蜂蜜入りの紅茶を二人で飲んだ。
春には、視察から帰る彼の足音を待つようになっていた。
夏の初め、私は階段の途中で倒れた。
寒さのせいだと言われた。けれど、いくら休んでも体は動かなくなっていく。ヴィクターは国中から医師を呼んだが、原因は最後まで見つからなかった。
眠れない夜、彼は寝台の横で領地の報告書を読んでくれた。こんなときまで報告書だなんてと周りは言っていたけれど、私はそれが嬉しかった。
一つ読み終えるたび、顔を上げて聞く。
『君ならどうする』
その言葉が大好きだった。
不器用だけれど誠実で実直な、彼の言動一つ一つが愛おしかった。
好きにならずにいられるはずがなかった。
そして、最初の結婚記念日の朝。
私は指一本動かせず、声も出なくなっていた。
その朝まで、誰もが呪いで死ぬのだと思っていた。私も例外ではなかった。
それでも、この一年は、それまでの人生で一番幸せだった。ヴィクターと食卓を囲み、領地について話し、ともに笑い合った。死ぬのは怖かったけれど、彼の妻になったことを後悔した日は一日もない。
けれど、違ったのだ。
私を殺したのは、呪いではなかった。
城下で火が出たとの知らせが入り、ヴィクターは「すぐ戻る」とだけ言って私の手を離した。残ったのは、脈を取る侍医のドノヴァンと、水差しを替える家令のラッセル。
扉が閉まった途端、二人の声が弾んだ。
『今夜までは持ちませんね』
『ちょうど一年だ。呪いの噂を本物にするには、これ以上ない日取りだな』
指一本動かせず、助けも呼べない。それを知っているから、二人は声を潜めもしない。
『毎晩、毒の量を変えるのは骨が折れましたよ。半年までは元気に見せて、そこから今日に合わせて弱らせる。旦那様がよその医師を呼ぶたび、薬をすり替えるのもね』
『だが、誰も灰鈴草には気づかなかった』
『戦傷に塗った薬もよく効きました。傷が治るほど黒くなる。誰もが呪いだと信じた』
『リンド伯爵からも、王都で訴える支度は整ったと知らせが来た。愛娘を呪いで殺された父親が泣けば、あの方は国境守備の任を失う』
『任が空けば、北部商路の管理権も手に入ります。伯爵への取り分も、どうかお忘れなく』
『ああ。証拠は焼けばなくなる』
こん、こん、と硬い木を二度たたく音がした。
何の音なのか、そのときの私にはわからなかった。
城へ着いた夜から、私は侍医に勧められた滋養薬を毎晩飲んでいた。寒さに体を慣らすためだと言われ、疑いもしなかった。
あれが、少しずつ私を殺す毒だったのだ。
そして父は、初めから知っていた。私が身代わりに立つ可能性まで承知のうえで、この縁談を進めたのである。
呼び鈴へ手を伸ばそうとした。指は動かず、喉からは空気しか出なかった。
足音が近づくと、二人は寝台を離れた。入れ替わりに、ヴィクターが戻ってくる。
私は必死に唇を動かした。毒。ラッセル。父。
一つも声にならなかった。
ヴィクターは私の手を握り、「ここにいる」と繰り返した。私は何一つ伝えられないまま、その腕の中で息を引き取った。
あの人は、最後まで真実を知らなかった。きっと、自分の痣が妻を殺したのだと思っただろう。
私が最期に伝えたかったのは、父への恨みでも犯人の名前でもない。
あなたのせいではない。その一言だ。
「聞いているのか」
ヴィクターの声で、今いる場所へ思考が引き戻された。
「聞いております。ただ、その書面は、明日の朝までお待ちいただけませんか」
「なぜだ」
一度死んで朝へ戻った――そんな話を、今日会ったばかりの人が信じられるはずがない。だったら、言葉より先に証拠を見せればいい。
「今夜、私の部屋で確かめていただきたいことがあります」
「何を」
「夕食のあと、侍医のドノヴァンが、頼んでもいない滋養薬を持ってきます。その一時間後に、家令のラッセルが空の器を取りに来ます」
書面を押さえていたヴィクターの指が止まった。
「君は今日、この城へ来たばかりだ」
「わかっています」
「では、なぜ二人の動きを知っている」
「今お話ししても、信じてはいただけません。ですから、衝立の後ろからご自分の目で見てください」
「理由も話さず、家の者を疑えと?」
「疑うのは、そのあとで構いません。何も起きなければ、私は婚姻の中止を受け入れます」
ヴィクターは答えず、机越しに私を見ている。暖炉の薪が崩れ、火の粉が一つ上がった。
「その薬には、何が入っている」
「飲み続ければ手足が動かなくなって、最後には声も出なくなる毒です」
「それを飲むつもりか」
「一度では症状は出ません。半年以上かけて弱らせる毒ですから」
ヴィクターの顔から、わずかに残っていた迷いが消えた。
「一滴も飲むな」
まだ私の話を信じてもいないのに、そこだけは言い切った。
私は膝の上で手を握り直した。
ヴィクターは呼び鈴を鳴らす。
「城の外から薬師を呼ぶ。ドノヴァンが退出したあとで薬を調べさせ、毒なら中身を証拠として封じる。ラッセルには、空の器だけを渡せばいい」
それなら、私が毒を飲む必要はない。ラッセルが確かめるのは、器が空かどうかだけだ。
「わかりました」
「一つでも話と違えば、そこで終わりだ」
「はい」
信じてもらえたわけではない。私ごと疑ったうえで、この人は確かめる機会をくれた。
◆
その夜、ドノヴァンは琥珀色の小瓶と長方形の薬箱を持って、私の部屋へ来た。
脇机へ置いた拍子に、箱の蓋が浮いたらしい。ドノヴァンは手の甲でそこを二度たたいて閉めた。
こん、こん。
死ぬ間際に聞いたのと、同じ音だった。
(見つけた。証拠は、その箱の中)
「長旅でお疲れでしょう。北部の寒さに慣れるまで、毎晩こちらをお飲みください」
回帰前と、一言も違わない。
「苦いお薬ですか?」
「蜂蜜を混ぜてありますので、飲みやすいはずです」
衝立の向こうでは、ヴィクターとモリスが息を潜めている。隣室には城下から呼んだ薬師が、廊下には護衛が控えていた。
「寝る前にすべてお飲みください。一時間ほどしましたら、ラッセルが器を下げに参ります」
ドノヴァンが薬箱を抱えて退出すると、衝立の後ろからヴィクターと薬師が出てきた。薬師が薬を試薬へ落とすと、白い粉が紫色に変わる。
「灰鈴草です。毎日飲めば、手足も喉も動かなくなります」
薬を証拠の小瓶へ移し、空の器だけを脇机へ戻した。
一時間後、ラッセルが器を取りに来た。中身が残っていないか灯りへかざしたところで、ヴィクターが衝立から出る。
「ずいぶん熱心な務めだな」
器が絨毯へ落ちた。
護衛がラッセルを捕らえ、別室で取り押さえていたドノヴァンも薬箱ごと連れてきた。箱の底板から、灰鈴草と毒の量を記した帳面が出てくる。
翌朝には、ラッセルの金庫から、父の署名と封蝋がついた手紙も三通見つかった。
その一通には、こうあった。
『娘が婚礼から一年を越えぬように』
間違いなく、父の字だった。
◆
ヴィクターは翌朝、法務官を呼んだ。父が結んだ婚姻書面には大きく「無効」の印が押され、毒薬や手紙とともに証拠として封じられた。
「この紙がある限り、君は父親に売られた娘のままだ。帰りたいなら、行き先も暮らしも私が用意する」
法務官から渡された控えには、私が自分で書いた署名がある。
これでもう、私は帰れる。誰にも命じられていない。
「望むものがあるなら言え」
私はヴィクターの正面へ進んだ。
「私、クラリス・リンドは、あなたを夫に望みます。どうか私と結婚してください」
「……話を聞いていたのか」
「よく聞いておりました」
「君には、帰る自由がある」
「はい。その自由を使って、ここに残ります」
私は彼の右手を両手で包んだ。
「私は、かつてあなたと過ごした一年を覚えています。今すぐ信じなくて構いません。あなたのそばにいたいのです」
ヴィクターは私の手を握り返した。
「君の求婚を受ける。だが、今はまだ、君と同じ気持ちだとは言えない」
取り繕いもしない。この人らしい答えだった。
「それでも君を知りたい。その時間を、私にくれるか」
「喜んで」
◆
父の手紙と毒薬は王都へ送った。実家へは、婚姻契約を無効にし、借金の肩代わりを取りやめたことだけを知らせた。
返事を待つあいだ、私は厨房の仕入れ帳で二重払いを見つけた。翌朝、ヴィクターは領地の収支帳を抱えて書斎へ来る。
「雪解け後に倉庫を建てたい。君はどう思う」
私は建築より先に街道を直すべきだと答えた。彼は理由を三つ尋ね、最後まで聞いてから、私の案を計画書へ書き足した。
朝には痣へ薬を塗ったか確かめ、昼には同じ机で帳簿を開く。そうしてひと月が過ぎたころ、父はロザリーを連れて城へ乗り込んできた。
「娘を嫁がせたのに、借金を払わないとはどういうことだ!」
「あなたが結んだ契約は無効だ。私が望んでいるのはクラリス本人との婚姻であって、あなたの借金とは関係ない」
ヴィクターが呼び鈴を鳴らすと、王都の調査官と、護衛に挟まれたラッセルとドノヴァンが入ってきた。
2人はすでにボロボロだ。
「な、なぜお前たちが……」
「お知り合いでしたか」
私が尋ねると、父は両手で口を押さえた。もう遅い。
「私はあの話に乗っただけだ!」
「私が毒で死ぬと知りながら、ですか?」
「家のために必要だった!」
調査官の隣で、書記のペンが動き始める。
「では今度は、お父様がご自分の始末をつけてください」
父は王都行きの護送馬車へ乗せられた。残されたロザリーは、薄くなったヴィクターの痣を見つめる。
「呪いがないなら、私がヴィクター様と結婚してさしあげるわ。お姉様は私の代わりだったんだもの」
「両家の約束が消えたあとで、私から求婚したの。私は自分でこの方を選んだのよ」
「だったら今から替わってよ! 昔から、何でも私に譲ってくれたでしょう?」
「命まで譲るのは、一度で十分よ」
ロザリーの手から扇が落ちた。
ヴィクターは私たちの話が終わるまで口を挟まず、最後にモリスへ告げる。
「ロザリー嬢を叔母君の屋敷までお送りしろ」
「馬車は玄関前にございます。お荷物は一つも下ろしておりません」
(モリスも、なかなか意地が悪い)
◆
馬車を見送ったあと、私はヴィクターを書斎へ引っ張った。
「お話しする前に、襟を開けてください。今朝も薬を忘れましたね」
「父君たちを迎える支度があった」
「毎日急ぎの用事があるなら、毎日私が塗ります」
「それもいいかもしれないな」
痣へ薬を伸ばしながら、私たちは話した。
「私は一度、あなたの妻でした。婚礼から一年後に死に、ロザリーが身代わりを頼む朝へ戻ったのです」
ヴィクターは口を挟まず、私の話を聞いている。
「最後の朝、声の出ない私の手を、あなたは、私が息を引き取るまで握っていてくださいました」
「私を恨んではいないのか」
「あなたのせいではありませんもの」
ヴィクターは、私が痣へ薬を伸ばすあいだ、何も言わなかった。
「回帰前の私は、君を幸せにできたのか」
「はい。あなたの妻になったことを後悔した日は、一日もありません」
「では、今度はもっと幸せにする」
思いもよらない言葉に、指先が痣の上で止まった。
「ひと月前、私は君と同じ気持ちはないと言った。あれは嘘ではない。だが今は違う」
彼の指が、私の指に重なる。
「君が好きだ。今の私を、もう一度選んでくれるか」
答えなど、一つに決まっている。涙でにじむ視界を晴らすように、私は何度も瞬きをした。今の言葉を告げた彼の顔を、きちんと見ておきたかった。
「私はもう、とっくにあなたを選んでいますよ」
ヴィクターは私の手を痣から下ろし、指を絡めた。
「君に口づけたい」
「喜んで」
二週間後、私たちは辺境伯家の礼拝堂で婚礼を挙げた。今度の婚姻書面にあるのは、私とヴィクターが自分で書いた二人の名前だった。
後日、叔母から届いた手紙によると、ロザリーは「出迎えが少ない」と癇癪を起こし、馬車馬の脇腹を蹴りつけたらしい。
驚いた馬に蹴り飛ばされて片脚と肋骨を折り、半年は社交界どころか寝台からも出られず、叔母から「そのあいだに、人にも馬にも当たり散らさない作法を覚えなさい」と、寝台の上で令嬢教育を一からやり直させられているそうだ。
◆
婚礼から一年後の朝。
「クラリス」
目を開けると、ヴィクターが寝台の横にいた。膝には、昨夜と同じページを開いた報告書がある。
「おはようございます」
声をかけると、彼の肩から力が抜けた。襟元に黒い痣はなく、戦で負った傷だけが残っている。
「一年を越えたな」
「はい」
「気分は?」
「お腹がすきました」
モリスが運んできた盆には、紅茶と王都の蜂蜜菓子が載っていた。
「君が城へ来た日に持ってきたものと同じ店だ。目が覚めたら、二人で食べると決めていた」
私は一つを半分に割り、片方をヴィクターの皿へ置いた。その横には、雪解け後に建てる倉庫の計画書がある。
「結婚記念日の朝から、お仕事ですか」
「今日はやめるか」
「いいえ。まずは食べて、そのあと一緒に考えましょう」
ヴィクターは計画書を開き、いつものように尋ねた。
「君はどう思う?」
読んでくださりありがとうございます!!
短編にチャレンジ中です。
いつも15000文字以上になってしまうので‥短くするの難しい。
評価やリアクションしていただけますと今後の励みになります!
完結済みの作品や読み切りも増えてきましたのでそちらも読んでくれたら嬉しいです。




