新約・金の斧、銀の斧
その日、ぼくは運命的なヘイヘイホーをした。
「今日はあとどのぐらい伐ろうか」
ぼくは今日も今日とてせっせと木こりをしている。
まだ陽の高い時間帯。
弁当のパンを平らげたぼくは誰に話すでもなく、黙々と木漏れ日が差す森林の中で斧を振り続けている。
「はぁ~、いつまでこんな仕事を続けているんだろうな、ぼくは」などと集中力がホツリと切れたところで事件は起こった。
――ガシンと幹の堅い部分に思い切り刃が命中したかと思えば、握っていた柄がすっぽ抜けてすぐ後ろにあった泉にチョポンとの音を立てて沈んでしまった。
「うわぁぁやっちまったぁぁ!!」
あの斧は自前ではない。
◇ようやく働く気になってくれたんだからな。 そら、仕事用に町で買ってきたぞ。
何年も引きこもっては本ばかり読んでいたぼくだったが、もう家族には迷惑は掛けられないと一念発起したことを父さんに伝えたところ、その翌日に頂いたものだ。
「不味い。昨日の今日で失くしましたなんて、とてもじゃないけど父さんには言えやしないよ……」
このままでは作業が続けられないどころではない。
(どうする?水底も窺えないほど深いが潜ってみるか……)
責任を取る覚悟を決めた――そんな時だった。
「もーう、調理中でしたのに何事ですか!……あら、人間?ざっと500年ぶりでしょうか?」
「マ゛ッ゛!?」
突然のことで内心パニックになりかけたが、簡単に状況分析をすると、泉の中から女性が飛び出してきた。
それもただの格好ではない。
黒いゴム質のようなエプロンと長靴という何処かの漁業関係者のような服装だ。ここ森だぞ?幾ら何でも場違いすぎやしないだろうか。
「あの……」
「あなたですね! さっきわたしの泉に斧を投げ込んだのは!」
「違います違います! わざとじゃないんです! 信じてください! だからその……くっそ長い包丁を一旦下ろしてください! 本当に危ないですから!」
刃渡り1mはあろうかといった何かの血が付着した包丁のような直刀のようなものをブンブン振り回している危険度MAXの女性。
なんだろう。 登場の仕方や500年ぶりとかいうワードよりもぱっと見のインパクトに気持ちが全部持っていかれている。
「コホン。 ……わざとじゃ、ないんですね?」
「だからそう言ってるじゃないですか! というかこの包丁?は何なんですかっ!」
「ああ、これ。 捌いてたんです、インドマグロ」
インド……マグロ……???とても理解が追い付かない。
「いや、何で泉の中でマグロを? ていうかここギリシャですよ?」
「知らないですよ、友達からおすそ分けしていただいただけなんですから」
どういう交友関係してたらマグロ丸々一匹貰えるまでに至るんだよ。 訳が分からない。
「中落ちなら……一切れあげなくもありませんよ?」
「要りませんよ! ――それより、ぼくの斧を返していただけませんでしょうか」
「ああ~あれ。あの流れですね。ちょっと待っててくださいね」
あの流れって、もしや500年前にも似たようなことがあったのだろうか。
……すると、間もなくして不思議な雰囲気の女は足元の泉から三本の斧を引き出した。
「はい、金の斧か銀の斧。 あとわたしのインドマグロに突き刺さったクソみたいな斧ですよ。 どれを落としたか正直にお答えなさい。 ……わたし、これでもヘルメスっていうれっきとした女神なんですからね」
やっば……何だか知らないけど、めちゃくちゃ根に持たれてるじゃないか。
「なんか、色々とご迷惑をお掛けしました。 ……ぼくの落とした普通の斧一本をお願いします」
さすがにここは正直に答えて返してもらわないとと思い、マグロの血が付着したぼくの斧を選択する。
「え~そんな簡単に選んじゃっていいんですかぁ~? 今ならクリスタルバージョンも選べますよ? 〇ギアと〇ウオウが両方ともゲットできるんですよ?」
そういって手にとって見せてきた斧は〇イクンのシールがデカデカと貼られたテッカテカのクリスタル製だった。
「クリスタルバージョン!? なんなんだよそれぇ! つーか金の斧と銀の斧よく見たらちゃんとソフトのシールまで貼ってあるし、色々と時代錯誤にもほどがあんだろうが!!」
すると、緑髪をたなびかせている無駄に神々しいヘルメスが右手でキツネのポーズを取ってみせた。
「神様には時間なんて、関係ないんだぜっ」
「やかましいわ! そんなことより、ぼくの斧を返せ!」
不満げな表情をしてみせたヘルメスだったが、「しょうがないですねぇ~」と普通に返却してくれた。
……ぼくはもうこの辺りには近づかないようにしようと決心した。
その場を立ち去ろうとしたところ、背後からシュンとしたような呟き声が聞こえた気がした。
「見た感じ、やっぱり世代的にはダイヤモンドかパールの方がウケがよかったでしょうか……? 普段ぼっちだから、通信相手居ないんですよね……」
は、はぁ……。
あれから泉の女神を哀れに思ったぼくだったが、今日も今日とてせっせと木こりをしている。
また斧を背後の泉に落としてしまわないか、きっとぼくは心のどこかで期待しているのかもしれない。
了
ドーモ、原作者=ユッキング加賀です。
改変された童話の世界「金の斧、銀の斧」はいかがだったでしょうか。
またこうして軽率に短編を投稿するかもしれませんが、現在連載中の作品「アルジキミヒト」ともどもお楽しみいただけましたら幸いです。
それでは次作もよろしくお願いします。




