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第9話 初対面、天使と看板娘の火花(?)散る縁側

「あ、あの……お邪魔、します」


 門をくぐり、恐る恐る縁側へと歩み寄ってくるななか先輩。

 学校でのミステリアスな威圧感はどこへやら、今の彼女は「憧れの聖地」に足を踏み入れた巡礼者のような、神聖な面持ちをしていた。


「ななか先輩、いらっしゃい。こっちが幼馴染のひなたです。お茶の準備をして待っててくれたんですよ」

「……柏田、ひなたです。三色堂の娘よ。よろしく」


 ひなたはピシッと背筋を伸ばし、まるで敵情視察に訪れたエリート騎士のような顔で先輩を見据えた。

 対するななか先輩は、ひなたの「正妻オーラ」に気圧されることもなく、ただ一点を見つめている。


 そう、僕の目の前にある、琥珀色に輝く三兄弟――出来立てのみたらし団子を。


「……あ。……おいしそう。……昨日より、タレが、……濃い?」

「えぇ、今日は少し配合を変えてみたんです。さあ、どうぞ」

「……いただきます。……感謝」


 先輩は、すらりと長い指を伸ばし、愛おしそうに串を手に取った。

 その横で、ひなたが「ふんっ、そんな簡単に絆されないわよ」と言わんばかりに、厳しい鑑定士のような目で先輩の横顔を凝視している。


 そして――先輩が、最初の一粒をパクりと口に含んだ。


「……んっ、んんぅ……!」


 刹那。

 ななか先輩の頬が、内側から弾けるように「ぷくぅぅっ」と膨らんだ。

 シュッとしたモデルのようなフェイスラインが、一瞬でリスの頬袋へと変貌を遂げる。

 その、あまりに無防備で、あまりに破壊的な可愛らしさ。


「……ふわぁ。……あま、……じょっぱ。……しあわせ……」


 先輩は目を細め、とろんとした表情でお団子をもぐもぐと咀嚼し始めた。

 亜麻色の長い髪を揺らし、幸せの余韻に浸りながら「ふにゃ〜」と笑う姿は、もはや後光が差しているかのようだ。


「…………ッ!?」


 隣にいたひなたの体が、目に見えてビクンと震えた。

 さっきまでの険しい顔はどこへやら、彼女の瞳がみるみるうちに潤み、頬が朱に染まっていく。


「な、……なによこれ。……反則じゃない。……可愛すぎでしょ……!!」


 ひなたの鉄の意志は、先輩の「ぷっくり」を前にしてわずか三秒で粉々に砕け散った。


「ちょ、伊織! なんで早く言わないのよ! この先輩、放っておいたら窒息するまで詰め込みそうな危うさがあるじゃない! ほら、先輩、お茶! お茶飲みなさい、私の淹れた特製よ!」

「……あ、……ありがと。……おいしい」

「美味しいならよかったわよ! もう、そんなリスみたいに食べて……。ほら、口の横に蜜ついてる! じっとして!」


 ひなたは鼻息荒く身を乗り出すと、まるで世話焼きの姉か、あるいは中庭の女子生徒たちのように、甲斐甲斐しく先輩を世話し始めた。


(……すごいな。ひなたまで一瞬で懐柔しちゃった)


 僕はその光景を、美術品でも眺めるような清々しい気持ちで見守っていた。


 ななか先輩は、僕が理想とする笑顔を体現する、いわば和菓子職人としての究極の女神だ。彼女が笑ってくれるだけで、僕の努力はすべて報われる。……そんな「憧れ」に近い感情が、僕を突き動かしていた。


「……もぐ。……ひなたちゃんも、……食べる?」

「えっ、あ、……いいわよ、私は。……って、あーんってしないで! 伊織が見てるでしょ! ……ん、……んんっ、美味しい……悔しいけど、伊織のこれ、最高……」


 結局、二人で仲良くお団子を頬張り始めた。

 ひなたは時折、先輩の無防備すぎる食べっぷりに溜息をつきながら、先輩には聞こえないような小声でボソッと呟いた。


「(……信じられない。この先輩、頭の中がお団子で埋まってるわ……。こんなにチョロ……いえ、純粋な人なら、伊織を色香でたぶらかすなんて心配、一ミリもいらないわね)」

「ひなた、何か言ったか?」

「何でもないわよ! ほら、伊織! 先輩のお茶がなくなったわよ、さっさと淹れ直して!」

「はいはい、ただいま」


 夕暮れの縁側。

 高身長の美少女がリスのように頬を膨らませ、それを小柄な幼馴染が必死にお世話している。

 その、あまりに平和で「ぷっくり」した光景を眺めながら、僕は、この場所を守れる和菓子屋の息子に生まれてよかったと、心から思うのだった。


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