第7話 隣の視線と、シャッターの向こうの記憶
放課後の昇降口。僕は浮き立つ心をどうにか抑えながら、靴を履き替えていた。
頭の中は、先ほどななか先輩と交わした約束のことでいっぱいだ。今日のお団子は、昨日よりもさらに休ませた生地を使い、コシと滑らかさを両立させるつもりだ。
「……ちょっと、伊織。顔がニヤけてるわよ」
背後から、釘を刺すような鋭い声が飛んできた。
振り返ると、そこには腰に手を当ててジト目を向けるひなたが立っていた。
「なんだ、ひなた。今日はもう店の手伝いか?」
「当たり前でしょ。私は看板娘なんだから、あんたみたいに放課後フラフラしてる暇はないの! ……って言いたいところだけど、あんた、お昼休みに中庭で何してたのよ。二年の森園先輩と『密談』してたって、女子の間で噂になってるわよ?」
ひなたのジト目が僕を射抜く。
「密談って……。ただ、放課後にお団子を作る約束をしただけだよ」
「それを世間では密談って言うの! 全く、あんたってお人好しを通り越して無自覚なんだから……」
ひなたは呆れたように大きな溜息をつくと、僕の隣を歩き出した。
「……まぁ、いいわ。どうせあんたのことだから、また工房で無駄にこだわって作業するんでしょ。店の手伝いの前に、私が横で見ててあげないと、また火をつけっぱなしにしそうだし」
結局、いつものように二人で帰路につく。
自宅へ向かう道すがら、ふと僕の視線はある一軒の店舗で止まった。
そこは僕たちの家から少し離れた場所にある、古びた空き店舗。
かつては甘いバターとバニラの香りが漂っていた、洋菓子店『パティスリー・タカナシ』だ。
(……絵海里。フランスで元気にしてるかな)
数年前まで、そこには僕やひなたと同じように、お菓子作りを愛する「もう一人の幼馴染」がいた。
僕の和菓子を「古臭い」と笑い、自分のケーキを「最新の芸術」だと豪語していた、お人形のように可愛い、けれどお菓子に関しては誰より情熱的だった女の子。
「……伊織? どうしたの、そんな顔して」
「あぁ、いや。……ここ、早く新しい店が入るといいなって思ってさ」
「ふーん。私は、あの頃みたいに甘い匂いがする場所に戻ってくれたら嬉しいけどね」
ひなたも少しだけ寂しげにシャッターを見つめる。
けれど、彼女はすぐに僕の腕を軽く叩いて、いつもの快活な笑顔に戻った。
「ほら、立ち止まらない! 先輩が来る前に、キッチンをピカピカにして、最高のお団子準備するわよ!」
「……ひなたも手伝ってくれるのか?」
「勘違いしないでよね! お隣さんとして、変なものを食べさせて『甘野庵』の評判を落とされたら困るからよ!」
そう言って、ひなたは僕を追い越して駆け出していく。
先を急ぐその後ろ姿が、僕の隣を誰にも譲りたくないと主張しているように見えたのは、きっと僕の気のせいだろう。
家の工房に戻れば、きっとまた騒がしい時間が始まる。
ななか先輩の「ぷっくり」と、それをプロデューサー面で支えるひなた。
僕はシャッターの向こうの記憶を一度心の奥に仕舞い、最高の一串を作るために気を引き締めたのだった。




