表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/37

第6話 愛でられ天使は、お腹を空かせて僕を待つ

「……やっぱり、昨日の今日で声をかけるなんて無理だよな」


 お昼休みの中庭。

 僕は購買で買ったパンを片手に、遠巻きに「それ」を眺めていた。


 中庭の中央、大きなハナミズキの木の下。そこには、春の柔らかな日差しを一身に浴びて、まるで一枚の宗教画のように美しい一団がいる。

 その中心に座っているのは、もちろん、僕の脳裏を片時も離れない「食いしん坊天使」――森園ななか先輩だった。


 校内での先輩は、まさに「みんなのマスコット」だ。

 ミステリアスな美貌とすらりとしたスタイル。本来なら高嶺の花すぎて誰も近寄れないはずなのに、そのどこか「放っておけない」独特のオーラが、女子生徒たちの母性本能を激しく刺激しているらしい。


「ほら、ななか。今日のおかず、卵焼き多めに作ってきたから。あーん」

「…………あーん」


 ……見ている。僕は今、歴史的瞬間を見ている。

 先輩の友達らしき女子たちが、まるで雛鳥を育てる親鳥のような手つきで、先輩の口に次々とおかずを運んでいるのだ。

 ななか先輩は、されるがままに小さな口を開け、もぐもぐと咀嚼している。

 そのたびに、あの、僕が大好きな「ぷっくりほっぺ」が幸せそうに膨らむ。


「ななか、お口の横にマヨネーズついてるよ。もう、可愛いんだから」

「……んぅ……ありがと」


 友達にハンカチで口元を拭われ、先輩は心底心地良さそうに目を細めていた。

 その姿は、完全に「みんなに愛でられる可愛らしいハムスター」だ。


(……出る幕、ないよな)


 僕は一人、ベンチの端っこでメロンパンをかじる。

 昨日の夕暮れの縁側。二人きりでお団子を食べて、「伊織くん、天才かも」と笑ってくれたあの時間は、もしかしたら僕の壮大な白昼夢だったんじゃないか。そんな不安がよぎる。


 あんなにキラキラした輪の中に、ただの一年生でお人好しなだけの僕が入っていけるはずもない。

 僕は溜息をつき、飲み干した牛乳パックを捨てようと立ち上がった。


 その時だった。


「……っ」


 一団の中心にいたはずのななか先輩が、不自然なほどピクリと背筋を伸ばしたのだ。

 長い亜麻色の髪をなびかせ、彼女の鋭い視線が、正確に僕の姿を捉える。


(えっ?)


 目が合った。

 先輩の瞳が、一瞬だけ期待に満ちたように揺れる。

 友達に囁くと、彼女はいそいそとこちらへ歩み寄ってきた。


「……伊織くん」


 熱を帯びて潤んだ瞳に見つめられ、鈴を転がしたような声が鼓膜を震わせる。思わず心臓が跳ねた。


「あ、ななか先輩。……お昼休み、賑やかで楽しそうですね」


 僕が少し気後れしながら言うと、先輩はどこか申し訳なさそうに、ふにゃりと眉を下げた。


「……みんな、とっても優しくて。一生懸命作ってくれたから、全部美味しくいただいたの。……でも」


 先輩は周囲を警戒するようにキョロキョロと見渡すと、僕との距離をグッと詰めた。モデルのような美貌が、僕の視界いっぱいに広がる。

 そして、彼女は僕にしか聞こえないような小さな声で、切なげに呟いた。


「……お団子、……ないの?」

「え?」

「……朝から、ずっと考えてた。……昨日のみたらし。……あ、……もう、ない?」


 すがるような視線に射抜かれ、僕は心臓が口から飛び出しそうになる。

 さっきまで友達にランチを振る舞われていたはずなのに、先輩の「お団子欲」は全く満たされていなかったらしい。


「今日は……その、持ってきてないです。放課後、また工房で作る予定ですけど……」

「…………そっか」


 先輩は目に見えてガックリと肩を落とした。

 その姿があまりに可哀想で、僕は思わず口を走らせる。


「あ、でも!  放課後、もし時間があれば……また、うちの縁側に寄っていきませんか?  昨日よりもっと美味しいのを準備しておきますから」

「……っ!」


 先輩の顔が、一瞬でパァッと明るくなった。

無表情なはずなのに、背景に大輪の花が咲いたのが見える。


「……行く。……絶対。……楽しみ」


 先輩はそう言い残すと、満足げに「ぷふっ」と鼻歌でも歌いそうな足取りで、友達の輪へと戻っていった。


 遠くで「ななか、今の子だれ?」「ななかが自分から話しかけるなんて珍しい!」と女子たちが騒いでいるのが聞こえる。


 僕は、手の中に残った空の牛乳パックを握りしめたまま、しばらく立ち尽くしていた。

 どうやら僕は、自分が思っている以上に、この「食いしん坊天使」の胃袋をがっちり掴んでしまったらしい。


(よし……気合入れて作らないとな)


 僕の午後からの授業は、どの科目よりも「美味しいお団子のレシピ」で頭がいっぱいになることが確定したのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ