第40話 ……ただいま、大好きな場所。かざした手の隙間に、はじまりの夏
七月も中旬を過ぎ、いよいよ、待ちに待った夏休みが始まった。
空はどこまでも高く青く澄み渡り、ジリジリと照りつける太陽の下、商店街には賑やかなセミの声が響き渡っている。
そんな真夏のアーケードを、キャリーケースを引いて歩く一人の少女がいた。
栗色の髪を上品なハーフアップにまとめ、ふわっとした白いサマードレスに身を包んだ姿は、道行く人が思わず振り返るほど目を惹く。お人形のようにフワフワとした、柔らかくて可愛らしい佇まい。彼女は道を譲られるたび、ふわりと花が咲くような笑顔でお辞儀を返した。
少女が立ち止まったのは、シャッターの降りた空き店舗――『パティスリー・タカナシ』の前だ。
彼女はそっと目を閉じ、懐かしい街の匂いを吸い込む。
「……お日様みたいに、温かい匂いがする」
少女――小鳥遊絵海里は、愛おしそうに目を細めた。
フランスで両親の手伝いをしながら、本場の技術に触れてきた彼女は、今や誰もが息を呑むほど洗練された洋菓子を作ることができる。何よりも純粋な『お菓子作りが大好き』という熱意が、彼女の腕を支えていた。
「……ただいま、伊織。ひなたちゃん」
ポツリとこぼした声は、夏の熱気の中に優しく溶けていく。
絵海里は懐かしい記憶に柔らかく微笑むと、眩しそうに空を仰ぎ見た。
眩しい夏空にかざした手の隙間、溢れる光の先に温かい答えを探して。
彼らだけの特別な夏休みが、今――幕を開ける。
【第一部・完】




