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第4話 看板娘は、焦がし醤油の匂いが気に食わない

「――ちょっと、伊織っ! また試作やってるの? 匂いが表まで漏れてるわよ!」


 引き戸が勢いよく開き、工房の静寂がにぎやかな声に塗り替えられた。

 入ってきたのは、我が家の隣――和菓子屋『三色堂』の看板娘であり、僕の幼馴染のひなただ。低い位置で結んだツインテールをぶんぶんと揺らし、彼女は不機嫌そうに腰に手を当てて僕を睨んでいる。


「あぁ、ひなたか。悪いな、ちょっと納得いかないところがあってさ」

「納得いかないって……あんた、昨日も同じこと言ってなかった? 全く、伊織がこだわりだすとキリがないんだから」


 ひなたは呆れたように肩をすくめるが、その鼻先はひくひくと動いている。隠しきれない期待が、潤んだ瞳に透けて見えていた。


「ほら、看板娘の私が毒味……じゃなくて、味見してあげるから。出しなさいよ」

「毒味って……。はい、熱いから気をつけて」


 僕は出来立てのみたらし団子を一串、彼女に差し出した。

 ひなたは「仕方ないわね」なんて口では言いながら、迷わずそれを受け取ると、ふーふーと小さく息を吹きかけてからパクりと食いつく。


「……ん! んん~っ、相変わらず、あんたの作るタレは絶妙ね」


 一口食べて、ひなたは満足そうに目を細めた。

 幸せそうなその顔を見て、僕は思わず本音が漏れる。


「だろ? これなら、ななか先輩も喜んでくれるかな……」

「…………ななか、せんぱい?」


 ひなたの手が、ピタリと止まった。


「誰よ、その……いかにもお淑やかそうな、これぞヒロイン! みたいな名前の人は」

「あぁ、この間お団子をあげた二年生の人だよ。背が高くて、モデルみたいに綺麗なんだけどさ。お団子を食べてる時は、あのシュッとしたほっぺをこう、ぷっくり膨らませてさ。それがまた、めちゃくちゃ可愛いんだよな」


 あの日見た「食いしん坊天使」を思い出し、僕がデレデレと鼻の下を伸ばすと、工房の温度が急降下した。

 ひなたの頬が、ななか先輩とは別の意味で「ぷっくり」と大きく膨らんでいる。


「……ふーん。モデルみたいで、ぷっくりで、可愛いんだ。へぇ、そうなんだぁ」

「ひなた?」

「別に! あんたが誰にお団子を振る舞おうが勝手だけどさ! 私は幼馴染として、あんたが変な女に騙されて、お店の秘伝のタレとか盗まれないか心配してるだけなんだからね!」


 ひなたは残りの団子を強引に口へ押し込むと、もぐもぐと力いっぱい咀嚼しながら、恨めしそうに僕を睨みつけた。


「伊織のバカ! お人好しも大概にしないと、そのうち自分がお菓子に加工されて食べられちゃうんだから!」


 それだけ言い残すと、ひなたは嵐のように工房を去っていった。

 バタン、と景気よく閉まった戸のあとには、なぜかいつもより少しだけ、甘酸っぱく焦げた醤油の香りが残されていた。


(……そんなに怒ること、言ったかな?)


 僕は首を傾げながら、次の試作の火加減を調整する。


 憧れのミステリアスなななか先輩と、口うるさいけど放っておけないひなた。

 どうやら僕の四月は、想像以上に賑やかで、そして少しだけ騒がしくなりそうだった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

可愛らしいななか先輩に、ページ下の★評価で応援をもらえるととてもうれしいです。

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