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第37話 星空の水羊羹と、笹の葉揺れる縁側

 七月七日、七夕の夜。

 冷蔵庫から取り出した四角いバットをひっくり返し、まな板の上に慎重に中身を取り出す。

 包丁を少し温めてから、スッと刃を入れた。


「うわぁ……!」


 切り分けた断面を見たひなたが、感嘆の声を漏らした。

 透き通るような深い青から、少しずつ淡い色へと変化していく夜空のグラデーション。その中には、細かく散らした金箔が天の川のように煌めき、ぽつりぽつりと浮かぶ黄色い練り切りの星が可愛らしいアクセントになっている。


「大成功だね、伊織! 食べるのが本当にもったいないくらい綺麗!」

「ああ。ひなたが完璧なタイミングで手伝ってくれたおかげだよ」


 僕は壁掛け時計をちらりと確認した。


「そろそろ、ななか先輩が来る時間だよね」

「うん、さっき『……今から向かう』ってメッセージが来てたわ。先輩に一番に食べてもらう前に、まずは私たちで試食して、味がバッチリか確かめておきましょう」

「そうだね。さあ、縁側で食べよう」


 冷たい麦茶を淹れて、僕たちは二人で縁側に並んで腰を下ろした。

 庭には、昨日商店街でもらってきた小さな笹飾りが立てかけられていて、ピンクと水色の短冊が夜風に揺れている。


「それじゃあ……いただきます」


 ひなたが黒文字(和菓子用の楊枝)で小さく切り分け、口に運ぶ。

 僕もそれに倣った。

 つるんとした、冷たくて滑らかな舌触り。寒天のさっぱりとした口当たりの中に、星に見立てた練り切りの上品な甘さが絶妙なバランスで溶け合っていく。


「……美味しい! 伊織、これ、すっごく美味しいよ!」


 ひなたがパッと顔を輝かせ、満面の笑みを向けてくれた。

 その「美味しい」は、昔からずっと僕を支えてくれた魔法の言葉だ。


「よかった。これなら、ななか先輩も絶対に喜んでくれるし……絵海里がどんなお菓子を作ってきても、胸を張って『僕たちのお菓子だ』って出せる気がするよ」

「うん、絶対大丈夫! 天才パティシエも、きっと腰を抜かすわよ」


 ひなたは誇らしげに胸を張り、もう一口水羊羹を頬張った。

 夏の夜のぬるい風が、風鈴をチリンと鳴らして通り抜けていく。

 ジージーと鳴く虫の声と、笹の葉がサラサラと擦れ合う音だけが、静かな縁側に響いていた。


「なんだか、昔を思い出すね」


 水羊羹のお皿を膝に乗せたまま、ひなたがぽつりと呟いた。


「昔?」

「うん。小学生の頃、三人で浴衣着て、近所の七夕祭りに行ったじゃない? あの時、伊織が綿飴落として泣きそうになってたの、覚えてる?」

「うっ……覚えてるよ。あの時、ひなたが自分の綿飴を半分こしてくれたんだよな」

「そうそう! 絵海里ちゃんはリンゴ飴に夢中で全然気づいてなくてさ。伊織ってば、あの頃から本当におっちょこちょいなんだから」


 クスクスと笑うひなたの横顔は、夜空の月明かりに照らされて、どこか大人びて見えた。

 絵海里の話題が出ても、もうひなたの顔に暗い影はない。ただ懐かしく、大切な思い出として振り返ることができている。


「昔から、ずっとひなたには助けられてばっかりだ」

「ふふん、今頃気づいたの? 私がいないと、あんたは綿飴ひとつ満足に食べられないんだからね」


 冗談めかして笑うひなたの瞳の奥に、ふと、真剣な光が揺れた。

 虫の声が、急に遠くなったような気がした。


「……ねえ、伊織」

「ん?」


 ひなたは手元の水羊羹を見つめたまま、夜風に溶けるような、小さな声で口を開いた。


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