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第35話 短冊に込めた願い事と、青いグラデーションの秘密

 七月七日の七夕に向けて、僕たちはさっそく『最高の新作』の構想を練り始めた。


「星空を切り取ったような、水羊羹なんてどうかな」

「星空の……水羊羹?」


 僕の提案に、作業台を挟んで向かいに座るひなたが目を瞬かせた。


「そう。透明感のある寒天を使って、クチナシの青い色素で夜空みたいなグラデーションを作るんだ。そこに、星に見立てた金箔や、小さな星型の練り切りを散りばめる。……七夕の夜に食べるなら、目でも涼しさを感じられるものがいいと思ってさ」


 僕がスケッチブックに描いた拙い完成予想図を見せると、ひなたは真剣な顔でそれを覗き込んだ。


「……すっごく、綺麗。なんだか食べるのがもったいなくなりそう」

「だろ? ななか先輩も、絵海里も、絶対に驚くと思うんだ」

「ふふっ。お菓子バカの伊織のくせに、随分とロマンチックなこと考えるじゃない」

「一言多いぞ、看板娘」


 軽口を叩き合いながら、僕たちは顔を見合わせて笑った。

 週末。僕たちはその『星空の水羊羹』の材料を買い揃えるため、連れ立って駅前の商店街へと出かけた。


「わあ、すっかり七夕一色ね!」


 ひなたがパッと顔を輝かせる。

 初夏の眩しい日差しが降り注ぐアーケードには、大きな笹飾りと色鮮やかな吹き流しがサラサラと涼しげな音を立てて揺れていた。

 二人で並んで歩きながら、和菓子用の寒天、天然の青い色素、そして奮発して少し上質な金箔などを買い集めていく。


「あ、伊織! 見て見て、あそこに短冊書くところがあるわよ!」


 買い出しの帰り道、商店街の広場に設置された大きな七夕飾りの前で、ひなたが足を止めた。

 長机には色とりどりの短冊とペンが用意されていて、誰でも自由に願い事を書いて笹に吊るせるようになっている。


「せっかくだし、私たちも書いていきましょうよ!」

「え? ああ、うん。そうだね」


 ひなたはノリノリでピンク色の短冊を手に取ると、ペンを握って真剣な顔でサラサラと文字を書き始めた。

 普段の勝ち気な顔とは違う、どこか女の子らしい横顔。あの雨の日を経てから、ひなたがふと見せるそういう表情に、どうしてか前よりもずっと目がいくようになってしまった。


「なんて書いてるんだ?」


 ひなたの肩越しにひょいと覗き込もうとした、その瞬間。


「あっ!? ちょっ、バカ伊織! 見ないでよっ!」


 ひなたは弾かれたように振り返ると、真っ赤な顔で短冊を後ろ手に隠した。


「い、いいじゃないか減るもんじゃなし。どうせ『美味しいものがたくさん食べられますように』とかだろ?」

「ななか先輩と一緒にしないで! 違うわよ、もっと……その、大事なことなんだから!」

「大事なこと?」

「ね、願い事は! 人に見られたら叶わなくなるの! ほら、伊織も早く書きなさいよ!」


 ポカポカと肩を叩かれ、僕は苦笑いしながら水色の短冊を手にした。


「じゃあ僕は……『最高の星空の水羊羹が作れますように』、っと」

「あんたは本当にそればっかりね。ブレないわねぇ」


 僕の短冊を見たひなたは、呆れたように肩をすくめて吹き出した。


「いいじゃないか。僕たちの最高のお菓子なんだからさ」

「……うん、そうだね。絶対に成功させようね」


 二人の願い事を書いた短冊を、一番目立つ笹の葉に並べて結びつける。

 初夏の風に揺れるピンクと水色の短冊を見上げながら、僕は隣に立つひなたの横顔をそっと盗み見た。


 僕たち二人の距離は、以前よりもずっと近く、自然なものになっている気がする。

 ひなたが本当はどんな願い事を書いたのかは分からない。

 でも、僕の隣で笑うこの大切な相棒が、これからもずっとこの場所で笑っていてほしいと。僕もこっそり、夜空の星に願わずにはいられなかった。


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