第34話 梅雨明けの青空と、七夕に結ぶ和菓子
七月に入り、ジメジメとした梅雨が嘘のように、空はどこまでも高く青く澄み渡っていた。
頬を撫でる風にはもう夏の熱が混じっていて、見上げれば入道雲の赤ちゃんみたいな白い雲がぷかぷかと浮かんでいる。
「あー、暑い! もうすっかり夏ね、伊織」
「そうだね。これだけ暑いと、店に出すお菓子も涼しげなものに変えていかないと」
「またすぐお菓子の話! あんたは本当にお菓子バカなんだから」
放課後の帰り道。隣を歩くひなたは、いつものように呆れ顔で僕をつついた。
熱を出して寝込んでいたのが嘘みたいな、太陽みたいに明るい笑顔。あの雨の日の重たくて息苦しい空気は、すっかり綺麗に晴れ渡っていた。
他愛のない会話をしながら自宅に着き、ふと郵便受けを覗き込んだ僕は、あっ、と声を上げた。
「あ、絵海里からだ!」
中に入っていたのは、青、白、赤のトリコロールで縁取られたエアメールだった。
思いがけない遠方からの便りに、僕は思わずテンションが上がる。
隣で覗き込んでいたひなたの肩が、一瞬だけピクリと揺れたのが分かった。
けれど、彼女は僕の顔を見ると、コテリと小さく首を傾げて、いつも通りの調子で聞いてきた。
「……へえ。なんて書いてあるの?」
以前なら「またすぐニヤニヤして!」と口を尖らせていたかもしれないのに、今のひなたはどこか落ち着いていて、余裕すら感じる。
僕は急いで封を切り、中から出てきた厚手の便箋に目を通した。そこには絵海里らしい、お人形のように丸くてフワフワとした可愛らしい文字が並んでいた。
「ええと……『いよいよ、帰国の飛行機が決まりました。夏休みの最初の日に日本に着きます』だって」
「夏休みのはじめ……もうすぐじゃない!」
「うん。それと……『フランスで綺麗なお菓子の作り方をたくさん学んだけれど、最近ふと、優しい味がする伊織の和菓子が無性に食べたいなぁって思い出すの。日本に帰るのが、今からとっても楽しみです』……だってさ」
手紙を読み終え、僕は思わず頬を緩めた。
向こうで本格的な洋菓子を学んで、きっとすごい技術を身につけているはずなのに、僕の和菓子が食べたいなんて。相変わらずの気遣いで、お人好しな幼馴染の言葉が、純粋に嬉しかった。
「夏休みの初日か。よーし、絵海里が驚くような、とびっきり美味しい新作を考えておかないとな!」
僕が腕まくりをして気合いを入れると、ひなたは「そっか」と短く呟き、少しの間だけ視線を落として何かを考えるように黙り込んだ。
「……ひなた?」
声をかけると、彼女はふっと顔を上げ、僕の目を真っ直ぐに見つめ返してきた。
その瞳には、かつての落ち込んだ姿なんて微塵もない。三色堂の勝ち気な看板娘としての、キラキラとした光が宿っていた。
「ねえ、伊織」
「うん」
「……私たちにしか作れないお菓子、作ってみない?」
「僕たちにしか作れないお菓子?」
鸚鵡返しに尋ねると、ひなたはコクリと頷いた。
「もうすぐ七夕でしょ? その日に、ななか先輩に振る舞うための『最高の新作』を作りましょうよ」
ひなたの言葉の意図に気づき、僕はハッとした。
僕が一人で作る和菓子じゃない。ひなたが隣で支えてくれて初めて完成する、僕たちの和菓子。
絵海里が帰ってくる前に、僕たちはその「答え」を、いつも美味しく食べてくれるななか先輩に一番に見てもらいたかったんだ。
「……ああ、そうだね。今の僕たちなら、きっと最高のものが作れる気がする」
僕が深く頷くと、ひなたは満足そうに「ふふん」と胸を張った。
「ええ、任せなさい! 私が完璧にサポートしてあげるんだから。しっかりついてきなさいよ、お菓子バカ!」
初夏の眩しい日差しの中、ひなたの弾むような声が響く。
僕たち二人の絆を形にする特別な七夕の夜が、もうすぐそこまで近づいていた。




