第3話 放課後の工房、隠し味は先輩への妄想
僕の家は、この街で三代続く和菓子屋『甘野庵』だ。
といっても、いま僕が立っているのは商店街にある店舗の方ではない。そこから少し離れた場所にある自宅の台所だ。
すぐ隣には幼馴染のひなたが住む『三色堂』が並んでいるけれど、昼間のこの時間は両親も店に出っ放し。しんと静まり返った我が家の台所は、放課後、僕だけの「秘密の工房」へと姿を変える。
今日の課題は、もちろん「串団子」だ。
あの日の放課後、脳裏に焼き付いて離れない、ななか先輩の至福の表情。あれをもう一度、いや、もっと最高の形で引き出すためには、市販品レベルじゃ納得できない。僕の全てを懸けた、究極の傑作を仕上げるんだ。
「よし、いくぞ」
気合を入れ、真っ白な作業台に向かう。
まずは生地作り。上新粉と白玉粉を、これまでの研究で導き出した絶妙なバランスで配合し、ゆっくりと水を加えていく。
(……先輩のあのほっぺ、本当に柔らかそうだったな)
粉のさらさらとした感触が、なぜか先輩の白い肌を連想させて、無意識に口元が緩む。いけない、集中だ。
耳たぶくらいの硬さになるまで、丁寧に、けれど情熱を込めて練り上げていく。これはただの団子じゃない。先輩を笑顔にするための、魔法の玉なんだから。
蒸し上がった生地からは、甘いお米の香りが立ち上る。熱いうちに臼でつくこの工程が、食感の決め手だ。
『美味しい顔にな~れ、美味しい顔にな~れ……』
心の中で呪文を唱えながら杵を振るう。つけばつくほど、生地は艶やかに、滑らかに。まるで、先輩のきめ細かい素肌のような質感に育っていく。
次は成形。一口サイズにちぎり、手のひらで転がして綺麗な真ん丸にする。
これを串に刺していく作業は、職人らしいリズム感が大事だ。トン、トン、トン。三兄弟が仲良く並んだ。
そして、最大の難関――「焼き」と「タレ」の工程へ。
焼き網の上に乗せると、じゅわっ、と微かな音が響いた。
香ばしい匂いが工房いっぱいに広がる。焦げすぎないよう、一瞬の隙も逃さず裏返す。うっすらとついたキツネ色の焼き目は、美味しさの勲章だ。
(先輩、熱いのは大丈夫かな。ふーふーして食べる姿も、きっと可愛いんだろうな……)
妄想が暴走しそうになるのを必死に抑え、隣のコンロでタレに取り掛かる。
醤油、砂糖、みりん、片栗粉。門外不出の黄金比率で混ぜ合わせた鍋を火にかけた。
ヘラを休めることなくかき混ぜる。とろみがつく瞬間を、絶対に見逃してはいけない。
透明だった液体が、熱を帯びることで徐々に琥珀色に変わり、艶やかな粘り気を帯びてくる。
(このタレが、先輩の唇についたら……それをまた、ペロって……)
ドクン、と心臓が跳ねた。
危ない、手が止まるところだった。煩悩を振り払え、僕。
仕上げだ。焼き上がった団子を、熱々のタレの海にダイブさせる。
たっぷりと琥珀色の衣を纏わせれば、夕日のように美しく輝く、極上のみたらし団子の完成だ。
「……できた」
工房の熱気の中で、僕は額の汗を拭った。
見た目は完璧。匂いも最高。
あとは、あのミステリアスな食いしん坊天使が、これを食べてどんな「ぷっくり」を見せてくれるか、だ。
想像しただけで、僕の頬まで緩んでしまうのだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
可愛らしいななか先輩に、ページ下の★評価で応援をもらえるととてもうれしいです。




