第26話 甘いお菓子が結んだ恋と、真っ赤な幼馴染に降り注ぐ五月の冷やかし
家庭科室での特別お菓子教室から数日が経った、ある朝。
まだ授業前の少し騒がしい教室に、結衣が勢いよく駆け込んできた。
いつもはおしとやかに図書室へ向かう彼女にしては珍しく、その足取りは弾んでいて、頬は林檎のように赤く染まっている。
「伊織くん! ひなたちゃん!」
「おっ、結衣ちゃん。どうした?」
僕が本から顔を上げると、結衣は僕とひなたの席の間に立ち止まり、両手を胸の前でぎゅっと握りしめた。
「あのね……! 昨日、お誕生日プレゼントで、あのお菓子を渡したの……!」
その嬉しそうな表情を見た瞬間、僕はすべてを察した。
「そっか。渡せたんだな。で、どうだった?」
「すっごく、すっごく美味しいって言ってくれた! それでね、なんと今度の日曜日、一緒に映画に行くことになったの!」
「本当!? やったじゃない結衣ちゃん!」
ひなたは自分のことのように立ち上がり、結衣と両手を取り合ってぴょんぴょんと跳ねて喜んでいる。
「うん! 私、お菓子作りなんて初めてだったのに、伊織くんとひなたちゃんが丁寧に教えてくれたおかげだよ!」
「いや、結衣ちゃんが一生懸命作ったからだよ。喜んでもらえて、俺も和菓子屋の息子として鼻が高いよ」
自分の持っている和菓子の知識が、誰かの背中を押し、笑顔を作った。
その事実が、僕の職人魂をじんわりと温かく満たしてくれた。
「それに、あのななか先輩があんなに幸せそうな顔をして食べてくれたから、すごく自信になったの」
結衣はそう言ってクスクスと笑い、そして、ふと真面目な顔をして僕たちを見た。
「本当に、二人のおかげだよ。ありがとう」
「どういたしまして。映画、楽しんできなよ」
「気を付けてね! もし変なことされたら、私が成敗してあげるから!」
ひなたが頼もしく胸を張ると、結衣は「ふふっ」と微笑み、そのまま踵を返して自分の席へ戻ろうとした。
そして、去り際に振り返り、満面の笑みで、教室中に響き渡るような特大の爆弾を落としていったのだ。
「私もね! いつか伊織くんとひなたちゃんみたいに、息がピッタリで誰も間に入れないような……幸せな夫婦になれるように頑張るね!」
「――――っ!?」
ピタッ、と。
教室中の喧騒が一瞬で止まり、全員の視線が僕たち二人に集中した。
「ひゅーーーっ!」
「やっぱり夫婦じゃーん!!」
「朝からごちそうさまです、若旦那と女将さん!」
「熱いねぇ、1年2組のベストカップル!」
一斉に巻き起こる、生温かい歓声と冷やかしの嵐。
「ち、ちが……っ! そうじゃなくて結衣ちゃん! 夫婦とかカップルとか、そういうのじゃないから!!」
ひなたは頭からポンッと湯気が出そうなほど真っ赤になり、慌てて両手をブンブンと振り回している。
しかし、その必死な弁解はクラスメイトたちの爆笑にかき消され、誰の耳にも届いていない。
「……伊織! あんたもボーッとしてないで、一緒に否定しなさいよ!」
「えっ、あ、いや……」
僕も顔が熱くなっているのが分かった。
いつもなら「バカ言え、幼馴染だぞ」と笑って流せるはずなのに。
なぜか、あの夕暮れの川沿いで見たひなたの無防備な笑顔が脳裏をよぎり、言葉が上手く出てこなかった。
「な、なによその中途半端な反応! 減点! 一万点減点!!」
僕の背中に、ひなたの容赦ない両手ポカポカ攻撃が炸裂する。
「いっ、痛い痛い! 痛いってばひなた!」
「うるさーい! バカ伊織のせいだからね!」
クラス中から向けられる温かい視線と笑い声の中、僕は真っ赤になった幼馴染の照れ隠しを一身に受け止めていた。
五月の朝の教室。
甘くて騒がしい日常は、これからもずっと続いていく。




