第25話 甘い匂いの訪問者と、勝利の「ぷっくり」
結衣の分の試作も無事に完成し、調理台の上には抹茶の粉を纏った綺麗な緑色の大福が並んでいた。
「よし、それじゃあ味見してみるか」
僕が試食用の小皿を用意した、まさにその時だった。
ガラリ、と家庭科室の後ろのドアが、ゆっくりと引き開けられた。
「……ん?」
そこに立っていたのは、ふんわりとした空気を纏った、見慣れた亜麻色の髪の美少女だった。
ななか先輩は、くんくんと小動物のように鼻をひくつかせながら、ふらふらと僕たちの調理台へ吸い寄せられてくる。
「……伊織くんの、……お菓子の、におい」
「警察犬かーーーい!!」
ひなたのツッコミが、放課後の家庭科室にこだました。
「ちょ、先輩!? 今日は別に連絡とかしてないよね!? なんで家庭科室にいることまでピンポイントでわかるの!?」
「……図書室、行く途中。……廊下から、あまい匂い、したから」
先輩はひなたの激しい抗議をふんわりと受け流し、その視線は完全に皿の上の生チョコ大福にロックオンされている。
相変わらずのブレなさに、僕は思わず吹き出してしまった。
「あはは。ちょうどよかったです、先輩。これ、結衣ちゃんが好きな人に渡すお菓子の試作品なんですけど、味見役、お願いできますか?」
「……やる。絶対、やる」
コクコクと激しく頷く先輩に、結衣は目をパチクリとさせている。
「あの、学校一の美少女って噂の、ななか先輩……だよね? 伊織くんたち、先輩とも仲良いんだ……」
「仲が良いっていうか、うちの店の常連なんだよ。はい、先輩、どうぞ」
僕が爪楊枝を添えて差し出すと、先輩は「……いただきます」と両手で大切そうに受け取った。
そして、小さな桜色の唇が、パクリと緑色の大福を迎え入れる。
「……んんっ!!」
次の瞬間。
先輩のミステリアスなフェイスラインが、限界突破で「ぷくぅぅっ」と膨れ上がった。
もっちりとした求肥の食感。鼻に抜ける上質な抹茶のほろ苦さ。そして、中からとろけ出す濃厚で甘い生チョコレート。
絶妙な和洋折衷のハーモニーに、先輩はとろんと目を細め、幸せそうに咀嚼を繰り返す。
「……おいひぃ……。まっちゃ、とろとろ……しあわせ……」
その嘘偽りのない、神々しいまでの「特大ぷっくり」を見た結衣は、ハッと息を呑んだ。
「すごい……。お菓子一つで、人がこんなに幸せそうな顔になるなんて……!」
結衣の顔に、パァッと明るい自信の色が広がる。
「これなら、絶対に喜んでもらえるよね! 私、本番も頑張って作る!」
「ああ、間違いないよ」
僕も和菓子職人としての勝利を確信して、力強く頷いた。
「……おかわり、ある?」
感動的な空気を切り裂くように、先輩が空っぽのお皿をスッと差し出してくる。
「もうっ、先輩は相変わらず食い意地張ってるんだから! はい、結衣ちゃんが作った分を一つだけよ!」
「……ひなたちゃん、女神」
ひなたが呆れながらも追加の大福を渡すと、先輩はポワッと微笑み、あっという間にそれも平らげてしまった。
「……ごちそうさま。……すごく、おいしかった。……おんなのこからの手作り、ぜったい、うれしい。がんばってね」
最後に結衣へふわっとエールを残し、食いしん坊天使は嵐のように(いや、春風のように)家庭科室から去っていった。
残された僕たちは顔を見合わせ、なんだかおかしくて、三人で声を上げて笑い合ったのだった。




