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第23話 初夏の教室に舞い込む恋の相談と、否定するほど息が合ってしまう幼馴染のジレンマ

 ゴールデンウィークの甘く騒がしい余韻もすっかり抜け落ち、五月も中旬。

 僕たち1年2組の教室は、真新しい制服の硬さも取れ、すっかり馴染んだ空気に包まれていた。


「伊織ー、次の数学のノート見せてくれ! 昨日の夜、寝落ちしちゃってさ」

「お前、それ今週三回目だぞ。字汚いから読めなかったら聞けよ」

「サンキュー! 伊織マジ神! 今度購買のパンおごるわ!」


 休み時間、男子生徒にノートを貸してやると、彼は拝むように両手を合わせて自分の席へ戻っていった。


 僕は別に、クラスの中心で目立つようなタイプじゃない。

 だけど、実家が商売をやっているせいか、昔から「来る者拒まず」のお人好しな性格が染み付いているらしく、気づけば男女問わずこうして気さくに声をかけられる立ち位置に収まっていた。


「……あんたって、本当に都合のいい男よね」


 呆れたような声と一緒に、前の席からドンッとジュースの缶が置かれた。

 おさげ髪を揺らして振り返ったのは、もちろん僕の幼馴染だ。


「なんだよひなた。頼られるのは悪い気しないだろ。困った時はお互い様だし」

「はいはい、立派なことで。でも、あんまりお人好し発揮してると、そのうち面倒なことに巻き込まれるわよ?」

「面倒なことって……」


 僕が苦笑いした、その時だった。


「……あの、伊織くん、ひなたちゃん。ちょっといいかな?」


 遠慮がちな声に振り返ると、同じクラスの佐藤結衣(さとうゆい)が、もじもじと指先を絡ませながら立っていた。

 結衣は大人しくて、いつも図書室で本を読んでいるようなタイプの女の子だ。クラスに佐藤さん二人いるので、みんなからは結衣ちゃんと愛称で呼ばれている。


「結衣ちゃん、どうしたの?」


 ひなたが声のトーンを一段階上げて、優しく微笑みかける。さすが看板娘、スイッチの切り替えが早い。


「えっと、その……。実は、隣のクラスに、ちょっと気になってる男の子がいて……」

「なるほど、恋バナか」

「い、伊織! あんたはデリカシーってもんがないの!?」


 僕が不用意に口を挟むと、ひなたにすかさずすねを蹴り飛ばされた。痛い。

 結衣は顔を真っ赤にしながらも、こくりと頷いた。


「うん……。それでね、今度その子のお誕生日だから、手作りのお菓子をプレゼントして、アピールしたいなって思って……。でも私、お菓子作りとか全然やったことなくて」


 そこで結衣は、縋るような目で僕とひなたを交互に見つめた。


「伊織くん、和菓子屋さんの跡取りだし、ひなたちゃんもお手伝いしてるでしょ? だから、その……失敗しなくて、男の子が喜ぶようなお菓子作り、教えてもらえないかなって」

「なるほどな。そういうことなら、お安い御用だぞ」

「ほんと!? ありがとう!」


 僕が二つ返事で引き受けると、結衣はパァッと顔を輝かせた。


「よかったぁ……。伊織くんとひなたちゃんって、いつも二人でいて『熟年夫婦』みたいに息ピッタリだから、絶対頼りになると思ってたんだ!」

「「……は?」」


 僕とひなたの声が、見事にハモった。

「じゅ、熟年夫婦って……! ちょっと結衣ちゃん、誰がこんなお人好しバカと夫婦よ! ただの腐れ縁、腐・れ・え・ん! 幼馴染なだけだから!」

「だよな。俺とひなたが夫婦とか、あり得ないし」


 結衣の爆弾発言を全力で否定するひなたに、僕も深く頷いて同調した。

 ……はずだったのに。


「…………は?」


 隣から、地を這うような低い声が聞こえた。

 見ると、そこには『この世の終わり』を顔面だけで表現しているひなたがいた。


「え、なに?」

「……あんた、それどういう意味よ。私と夫婦になるのが、そんなに嫌だって言うわけ!?」

「ええっ!? いや、ひなたが最初に全力で否定したから合わせただけで……!」

「乙女心がわかってない! 減点! あんたみたいなデリカシー皆無男、こっちから願い下げなんだから!!」


 真っ赤な顔で怒り出すひなたと、理不尽なツッコミに慌てふためく僕。

 その息の合ったコントのようなやり取りに、気づけば周囲のクラスメイトたちが集まってきていた。


「はいはい、ごちそうさまー」

「お前ら、それ完全に『夫婦漫才』だからな」

「ひなたちゃん、顔真っ赤だよー?」


 クラス中から向けられる生温かい視線とからかいの声。

「ち、違うわよ  バカ伊織のせいだから!」と必死に弁解するひなたの声は、誰の耳にも届いていないようだった。


(……なんか、モールに行った時から、ひなたの様子がおかしい気がする)


 怒っていても、どこか甘いその空気。

 僕は結衣の恋のSOSよりも、この可愛らしい幼馴染との距離感の方に、全力でSOSを出したい気分だった。


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