第22話 夕焼けの帰り道と、最高の『ありがとう』
両手いっぱいの紙袋。肩に食い込む持ち手の感触。
夕暮れの川沿いを、僕たちは並んで歩いていた。
茜色に染まる水面が、キラキラと眩しく光を反射している。
荷物持ちとしての疲労はピークのはずなのに、足取りは不思議と軽かった。
隣を歩くひなたは、いつもの元気でせっかちなペースとは違い、少しゆっくりと僕に合わせて歩いてくれている。
ゲームセンターで取った黄色いヒヨコのマスコットが、ひなたの新しいバッグの金具で誇らしげに揺れていた。
「ふぅ……。なんか、あっという間だったわね」
「だな。さすがに疲れたか?」
「ぜーんぜん。むしろ、あと三軒くらい服屋さん回れたかも」
「勘弁してくれ。俺の両腕がちぎれる」
僕が泣き言をこぼすと、ひなたは「だらしないわねー」と笑いながら、数歩だけ僕の前へと歩き出した。
淡いミントグリーンのブラウスと、ふわりとした白いフレアスカートの後ろ姿が、夕日の中に溶け込むように照らされている。
(……やっぱり、なんか今日は一日中、調子狂いっぱなしだったな)
試着室での出来事。映画館での暗闇。そして、ふとした瞬間に香るフローラルな匂い。
今まで「三色堂の看板娘」か「手のかかる妹分」としてしか見ていなかった彼女の、知らない一面をこれでもかと見せつけられた一日だった。
その時だった。
前を歩いていたひなたが、ふい、と足を止めた。
くるりと振り返る。
背中から夕日を浴びて、彼女の華奢なシルエットが柔らかく浮かび上がった。
風に揺れるハーフアップの髪。少しだけ伏せられた長いまつ毛。
そこには、いつもの照れ隠しも、ツンデレな怒りも、幼馴染としての見栄も、何一つなかった。
ただ、柔らかくて、どこまでも無防備で。
夕焼けよりもずっと赤く、温かい色をした、とびきりの笑顔。
「……伊織」
呼ばれた名前に、僕の呼吸が微かに止まった。
「今日はありがとね、すっごく楽しかった!」
ドクンッ!!
今日一番――いや、これまで生きてきた中で一番大きな音が、胸の奥で鳴った。
両手に抱えた紙袋の重さが、急に感じられなくなる。
周りの音も、川のせせらぎも、全部遠のいていくような感覚。
ななか先輩の「ぷっくり」を見た時の、あの推しを愛でるような純粋な高揚感とは、決定的に違う。
もっと輪郭がはっきりしていて、胸の奥をぎゅっと掴まれるような、逃げ場のない熱。
「あ……いや。俺の方こそ、和菓子の参考になったし……」
気の利いた返しなんて、できるはずがなかった。
僕の声は情けないくらいに上擦っていて、きっと今の顔は、夕日なんか比べ物にならないくらい真っ赤に染まっているはずだ。
「ふふっ。なにそれ、伊織らしい」
ひなたは嬉しそうに目を細めると、再びくるりと前を向き、軽やかな足取りで歩き出した。
いつもと違うハーフアップの髪が、歩幅に合わせて背中で柔らかく揺れるのを、僕はただ呆然と見つめることしかできない。
(……やばい。どうしよう)
――胸の奥で暴れるこの厄介な鼓動の正体に、気づいてしまったら。
明日から、一体どんな顔をして隣を歩けばいいのだろう。
茜色の空の下。
甘くて騒がしい黄金週間の終わりは、どうやら僕にとって、新しくて厄介な季節の始まりを告げているようだった。
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