第2話 朝の太陽よりも、幼馴染の寝相の方が強烈だ
「――ひなたー、朝だぞー。生きてるかー?」
お隣さんである柏田家の玄関を、勝手知ったる我が家のようにくぐる。
僕の家の『甘野庵』と、ひなたの家の『三色堂』は、この街で長く続く和菓子屋仲間だ。家族ぐるみの付き合いどころか、僕とひなたは生まれた時からの腐れ縁である。
「伊織くん、おはよう。今日もごめんねぇ、あの子ったら全然起きなくて」
「おはようございます、おばさん。いいですよ、日課みたいなもんですから」
台所で朝食の準備をするひなたのお母さんに挨拶し、僕は二階の「魔境」へと足を踏み入れた。
ひなたの部屋のドアを開けると、そこには四月の爽やかな朝とは無縁の光景が広がっていた。
ベッドの上で、タオルケットを盛大に蹴飛ばし、Xの字になって爆睡している少女――柏田ひなた。
「……ふにゃ……あんこ……盛りすぎ……」
低い位置で緩く結んでいるはずのツインテールは、寝返りの嵐に揉まれて、もはや得体の知れない毛玉と化している。学園前にある『三色堂』の看板娘として、放課後にお店を手伝うこともある彼女だが、この姿を見たら常連客もひっくり返るだろう。
「おい、ひなた。いつまであんこの夢見てるんだ。遅刻するぞ」
枕元に歩み寄り、声をかける。反応なし。
お人好しの僕でも、これには毎朝ツッコミを入れたくなる。ラブコメなら、可愛い幼馴染が「おーきーてー!」と男子の部屋に飛び込んでくるところだ。なぜ僕が、女子の寝相を修正する係をやっているんだろう。
「……んぅ……伊織ぃ……? もう食べられない……」
「安心しろ、最初から何も出してない。ほら、起きろ」
肩を掴んでゆさゆさと揺する。
すると、ひなたの瞼がようやくピクリと動いた。
「……ふぇ? い、いおり……?」
「あぁ、伊織だ。あと十五分で家を出ないと、一時間目の数学に間に合わないぞ」
「…………じゅう、ごふん?」
ひなたの瞳が、急速に焦点を結んでいく。
三秒後。
「ぎゃあああああああ!? なんで起こしてくれないのよバカ伊織ー!!」
「いや、五分前からずっと呼んでたからな?」
ひなたは跳ね起きるなり、僕の胸元をポカポカと叩いてくる。
寝起きのせいでパジャマの肩ははだけているし、髪の毛は芸術的な爆発っぷりだ。本人は必死なんだろうけど、こういう隙だらけなところが「妹っぽい」んだよな、と思う。
「ちょっと! 見てないで下行ってて! 五分で支度するから!」
「はいはい。おばさん、ひなた起きましたよー」
背後で「もう、伊織のバカぁ!」という叫び声を聞きながら、僕は一足先に一階へ降りる。
……全く、世話の焼ける幼馴染だ。
ふと、昨日の放課後に出会った「ななか先輩」のことを思い出す。
凛としていて、ミステリアスで、でもお団子を前にした時のあの子供のような無垢な瞳。
(……今日も、三色堂の前を通るかな)
そんなことを考えながら、僕は玄関先で、トーストを咥えて飛び出してくるであろう幼馴染を待つのだった。
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