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第19話 暗闇のポップコーンと、ラブストーリーの魔法

 ショッピングモールに到着して、僕たちはまず映画館へ向かった。


「これ、ずっと観たかったのよねー!」


 ひなたが上機嫌で指差したのは、現在大ヒット上映中の王道ラブストーリー映画のポスターだった。

 すれ違う二人が、涙と奇跡の果てに結ばれる……というような、いかにも女の子が好きそうな内容だ。


「ポップコーンはキャラメル味のLサイズね。半分こでいいでしょ?」

「了解。飲み物は?」

「私、メロンソーダ!」


 手際よく売店で買い物を済ませ、薄暗いシアター内へと足を踏み入れる。

 指定された席に並んで座ると、肘掛けの間に置かれた巨大なポップコーンの箱が、僕たちの距離を物理的に近づけていた。


 すぐに照明が落ち、大スクリーンに映像が映し出される。

 映画の序盤は順調だった。

 ひなたはスクリーンに釘付けで、時折「ふふっ」と笑ったり、真剣な顔つきになったりしている。

 僕もポップコーンをつまみながら、物語を追いかけていた。


 そして、物語が中盤の山場に差し掛かった頃。

 ヒロインが主人公への想いを募らせ、切なく微笑むという感動的なシーン。


(……甘いな。このキャラメル、結構後を引くぞ)


 僕は視線を前に向けたまま、ポップコーンの箱に無造作に手を伸ばした。

 その瞬間。


「……あっ」


 暗闇の中で、僕の指先が、ひなたの小さな手と重なり合った。


「あ、ごめん」

「ひゃっ!?」


 ビクッ! と、隣でひなたの肩が大きく跳ねた。

 暗くて表情はよく見えないけれど、触れ合った指先から、彼女の体温が急激に上がっていくのが伝わってくる。


「ご、ごごご、ごめん! 私、ちょっと取りすぎちゃって!」

「いや、僕の方こそよく見ずに……」


 シュバッ!と音を立てる勢いで、ひなたは慌てて手を引っ込めた。

 スクリーンではロマンチックなBGMが流れているというのに、隣からはひなたの心臓のバクバクという音が聞こえてきそうなほどの動揺が伝わってくる。

 なんだか僕まで変に意識してしまって、慌てて視線をスクリーンに戻した。


 スクリーンの中では、ヒロインが涙ぐみながらも、最高に幸せそうな笑顔を浮かべていた。


(……お、これは)


 その笑顔を見た瞬間、僕の職人魂がふつふつと湧き上がってきた。


(あの笑顔……。お客さんが、うちの特製上生菓子を食べた時の表情に似てるな。口に入れた瞬間の驚きと、後から来る深い甘みに浸る顔……。よし、次の新作は、あのグラデーションを練り切りで表現してみるか。淡いピンクから白へのぼかしを入れて……)


「……ねえ、伊織」

「ん?」


 不意に、ひなたが小声で話しかけてきた。


「今のシーン……すごく、よかったわね」

「あぁ、最高だった。あの笑顔、すごく参考になる」

「……え? 参考?」


 ひなたが怪訝そうにこちらを見る気配がした。


「うん。ヒロインが微笑む時の、あの表情のグラデーション。次の新作の『練り切り』のデザインに使えそうだなって思って。ピンクと白のぼかしで、切なさと甘さを表現したら絶対に綺麗な和菓子になる」

「…………」


 数秒の沈黙の後。

 暗闇の中で、ひなたの呆れ返ったような深いため息が聞こえた。


「……あんたって、本当に……正真正銘の、お菓子バカね」

「えっ、ダメだったか?」

「ダメじゃないけど……。せっかくのラブストーリー観て、和菓子のインスピレーション受けてる男子、世界で絶対あんただけよ」


 呆れたように言いながらも、ひなたの声には不思議と怒った響きはなかった。

 むしろ、どこか安心したような、柔らかい響き。


「まあ、いっか。伊織らしいし」


 そう呟いたひなたは、そっと姿勢を崩して、肘掛けに腕を乗せた。

 ほんの少しだけ、僕の方へ体を傾ける。

 ミントグリーンのブラウスから漂うフローラルな香りと、僕の服に染み付いた微かな甘い和菓子の匂いが、暗闇の中で静かに混ざり合っていく。


(……なんか、やっぱり今日のひなた、変だぞ)


 スクリーンではクライマックスに向けて物語が加速していくというのに。

 隣から伝わってくる微かな温もりと甘い匂いのせいで、僕の頭の中は新作和菓子のアイデアよりも、幼馴染の横顔のことでいっぱいになっていた。


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