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第16話 薫風の縁側、一番茶は君の味

 五月の風が心地よい、ゴールデンウィークの午後。

 連絡先を交換したばかりのななか先輩に「特製の柏餅が完成しました」とメッセージを送ってみた。

 すると、返信はまさに光の速さ。先輩からは、猛ダッシュするウサギのスタンプが即座に返ってきたのだ。


 そんなわけで、我が家の縁側には、今日のおもてなしのために用意した特製・柏餅が鎮座している。


「ほら伊織、お茶持ってきたわよ。三色堂が誇る、今年の一番茶なんだからね」

「お、助かる。さすがひなた、わかってるな」


 僕が素直に顔を向けると、お盆を持つ彼女とふいに至近距離で視線が絡んだ。

 ピタリと止まる小さな手。いつもは口うるさい幼馴染が、上目遣いで、どこか期待するような隙だらけの表情を見せている。

 至近距離だからこそ気づく、長いまつ毛に、きめ細やかな白い肌。その頬が、ほんのりと朱に染まっていた。


(あれ……ひなたって、こんな顔するんだっけ)


 トクン、と。

 先輩の「ぷっくり」を見る高揚感とは違う、もっと静かで輪郭のはっきりした鼓動が胸の奥で鳴る。妙に口の中が渇いた、その瞬間。


「……な、なによ。昨日みたいに、また急に距離詰めようとしてるんじゃないでしょうね!?」


 ハッとしたひなたが、ボンッと顔を限界まで赤くして慌てて後ずさった。


「え? いや、そんなつもりは……」

「べ、別に期待とかしてないから! この無自覚バカ! ほら、お茶冷めるでしょ!」


 さっきの甘い空気を全力で吹き飛ばすように、ひなたはツインテールをぶんっと揺らしてそっぽを向く。そんな彼女の照れ隠しと一緒に運ばれてきたのは、鮮やかな緑色をした濃いめの新茶だった。


「当然でしょ!あんたが作ったのは、コクのある『味噌あん』の柏餅なんだから。ただ甘いだけじゃなくて、塩気と旨味が強い分、口の中をさっぱりさせる渋めの新茶が絶対に合うんだからね」


 ひなたは赤くなった顔を隠すように、視線をそらして言う。


「ま、間違いない。これで無限に食べられちゃうな」


 僕もさっきの変な動揺を誤魔化すように、少しだけ早口で頷いた。


「……伊織。あんた、あの先輩の胃袋を底なし沼か何かだと思ってるわけ?」


 ひなたが呆れたようにジト目を向けてきた、その時だった。


「……こんにちは」


 カラリ、と表の門が開く。

 そこに立っていたのは、ふんわりとした春らしい私服に身を包んだ、ななか先輩だった。相変わらず、モデルのようにすらりとした美貌が眩しい。


「あ、いらっしゃい。ななか先輩」

「……お邪魔、します」


 先輩はペコリと上品にお辞儀をして、トコトコと縁側へ歩み寄ってくる。

 そして、僕とひなたの顔を順番に見つめ、ぽつりと呟いた。


「……伊織くん、ひなたちゃん」

「はい」

「…………かしわ、もち」

「結局お餅かーい!!」


 ひなたの鋭いツッコミが、初夏の青空にこだました。

 挨拶よりも、何よりも、先輩の視線は僕の手元にあるお盆にがっちりとロックオンされている。


「……もう、相変わらずブレないわね、この人は」

「あはは。ほら、先輩、座ってください。特製の柏餅ですよ」


 僕が器の蓋を取ると、艷やかな緑の葉に包まれた柏餅が姿を現した。


「これ、先輩のために作ったんです。普通のあんこじゃなくて、白味噌を練り込んだ特製の『味噌あん』にしてみました。先輩の好きな、甘じょっぱい味です」

「……みそ、あん」


 先輩の瞳に、文字通り星が瞬いた。

 ミステリアスな美貌がパァッと華やぎ、期待に胸を膨らませた「食いしん坊天使」が完全に降臨している。


「はい、お茶もどうぞ。味噌あんのコクには、この濃いめの新茶が一番合うんだから」

「……ひなたちゃん、天才。……感謝」


 先輩はごくりと喉を鳴らすと、まるで宝物を扱うように、そっと柏の葉に細い指を添えた。

 ペリッ、と艷やかな緑の葉が剥がされ、真っ白でふっくらとしたお餅が姿を現す。

 立ち上る、柏の葉の爽やかな香りと、微かに漏れる味噌あんの甘じょっぱい匂い。


(さあ、どうだ。ひなたと二人で見つけ出した、特製の味は……!)


 僕とひなたが息を呑んで見守る中。

 先輩の小さな桜色の唇が、ゆっくりと、その真っ白なお餅を迎え入れた――。


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