第15話 最後のピースは、いつも一番近くにいる幼馴染が知っていた
「――また眉間に皺寄せてる。せっかくの顔が台無しよ」
ガラリと引き戸が開く音とともに、呆れたような声が工房に響いた。
振り返ると、三色堂のエプロンをつけたままのひなたが、腕を組んで立っている。どうやら店の手伝いが一段落したらしい。
「ひなたか……」
「で? 完璧主義の和菓子職人さんは、何に行き詰まってるわけ?」
ひなたはツカツカと歩み寄り、作業台の上に並んだ試作品の柏餅をジッと見下ろした。
「……食べてみていい?」
「あぁ、頼む」
ひなたは柏の葉を器用に剥き、真っ白な餅をパクリと頬張った。咀嚼するにつれ、彼女の瞳がスッと真剣な「和菓子屋の娘」のそれに変わる。
「……美味しい。お餅のコシもなめらかさも、中のこしあんの上品な甘さも完璧。甘野庵の店先に並んでたら、私が一番乗りで買いたいくらいよ」
「だろ? でも、それじゃダメなんだ」
「……どうして? 満点じゃない」
「満点なんだけど……ななか先輩のあの『ぷっくり』を、百二十パーセント引き出せる気がしないんだよ。お店の味としては正解でも、先輩のための味じゃない気がして」
僕が正直に打ち明けると、ひなたはピクッと眉をひそめた。少しだけ不機嫌そうに、ぷいっとそっぽを向く。
「……ふん。相変わらず、頭の中はあの先輩のお団子ほっぺでいっぱいなのね」
「お団子ほっぺって……」
「でも、あんたが迷走してる理由はわかったわ」
ひなたはため息を一つこぼすと、僕の胸元を人差し指でツンと突いた。
「伊織、あんた今、『百人のお客さん全員が美味しいって言う柏餅』を作ろうとしてるでしょ」
「え? あぁ……老舗の跡取りとしては、それが基本だからな」
「だからダメなのよ。あんたが今、笑顔にしたい相手は『百人』じゃなくて、たった『一人』の食いしん坊な先輩じゃない。万人受けなんて捨てなさいよ。あの先輩が、一番目を輝かせる味って何?」
「先輩が一番目を輝かせる味……」
ひなたの言葉が、すとんと胸に落ちてきた。
夕暮れの縁側で、幸せそうにみたらし団子を頬張る先輩の無防備な顔。タレの絡んだ口元。
「……甘じょっぱさ、だ」
「そう。あのみたらしのタレみたいに、ただ甘いだけじゃなくて、後を引くようなコク。それを柏餅に組み込めばいいんじゃない?」
脳内に、カッと閃きが走った。
柏餅で甘じょっぱさ。普通のこしあんや粒あんじゃ出せない、あの奥深いコク。和菓子において、それを叶える伝統の隠し味といえば――。
「……味噌あんだ! 白あんに京都の白味噌を練り込んで、少しだけみりんを効かせた特製の味噌あん! それなら、先輩の大好きな甘じょっぱさを、柏餅のモチモチ感と一緒に味わってもらえる!」
「……うん。それなら、あのリスみたいなほっぺも、限界まで膨らむんじゃない?」
ひなたは少しだけ寂しそうに、でもどこか誇らしげにふっと笑った。
「ひなた、お前ってやっぱり天才だ!」
僕は無意識のうちに、ひなたの両肩をガシッと掴んでいた。
「ひゃっ!? ちょ、ちょっと伊織! 近い、近いから!」
「ごめん! でも、道が見えた。ありがとう、ひなた! 今から白味噌の配合を調整してみる!」
「も、もう! 勝手にしなさいよ、お人好しバカ職人!」
顔を真っ赤にしてツインテールを大きく揺らしながら、ひなたは工房から逃げるように飛び出していった。
その背中を見送りながら、僕はすぐさま鍋に火をかける。
僕一人では見つけられなかった、たった一人のための隠し味。幼馴染の的確すぎるアドバイスのおかげで、最高の一品が生まれようとしていた。




