第14話 足りないのは腕じゃない。天使をとろけさせる、最後のピース
五月の突き抜けるような青空の下、商店街はいつも以上の活気に包まれていた。
世間は今日から、待ちに待ったゴールデンウィーク。
当然、和菓子屋である我が家『甘野庵』にとっても、一年で有数の書き入れ時である。端午の節句を前に、店先には柏餅やちまきを求めるお客さんの列が絶えない。
そんな忙しい店の手伝いの合間を縫って、僕は自宅の台所――秘密の工房へと急ぎ足で戻ってきた。
(先輩、どんな顔して食べるかな……)
数日前の放課後、連絡先を交換した時のななか先輩を思い出す。
『柏餅』という単語を聞いた瞬間、ミステリアスな美貌がパァッと輝き、瞳の中に星が瞬いていた。あんなに期待に満ちた顔をされて、半端なものを出すわけにはいかない。
エプロンの紐をきゅっと締め直し、僕は真っ白な作業台に向かった。
今日挑むのは、先輩に振る舞う約束をした『特製・柏餅』だ。
柏餅の命は、生地の歯切れの良さと、もっちりとした弾力のバランスにある。
上新粉に熱湯を少しずつ加えながら、手早く練り上げていく。みたらし団子の時よりも、さらに力強さと繊細さが求められる作業だ。
蒸し器から立ち上る湯気の中、甘いお米の香りが工房いっぱいに広がる。
「よし、生地はいい感じだ……」
熱いうちに臼でつき、なめらかになった生地を均等に切り分ける。
自家製のなめらかなこしあんを優しく包み込み、綺麗な蛤の形に整えていく。
最後に、塩抜きしておいた柏の葉でふわりと包み込めば、見た目は完璧な柏餅の完成だ。
もう一度蒸し直して葉の香りを移し、少し冷ましたところで、僕は期待を込めて一つ試食してみた。
「……ん」
美味しい。
生地はもっちりとしていて、あんこの甘さも上品だ。柏の葉の爽やかな香りも、しっかりと移っている。
甘野庵の店頭に並べても十分に通用する、間違いのない出来栄えだ。
けれど。
「……違う。これじゃない」
僕は小さくため息をつき、手の中の柏餅を見つめた。
美味しい。確かに美味しいのだけれど、何かが決定的に足りない。
僕の脳裏に浮かぶのは、あの夕暮れの縁側でみたらし団子を頬張った時の、先輩の「ぷっくり」だ。
一口食べた瞬間に世界が花開くような、あの無防備で幸せな笑顔。
この柏餅では、あの爆発的な「ぷっくり」を引き出せる気がしないのだ。
「うちの店の味、そのままじゃダメだ。先輩を最高に笑顔にするための、特別な何かが……」
生地の配合を変えるべきか。あんこの甘さを調整するべきか。それとも、塩味のアクセントか。
腕組みをして睨めっこしても、答えは一向に浮かんでこない。
一人で試作を繰り返せば繰り返すほど、まるで味覚の迷路に迷い込んだように、正解が遠ざかっていく気がした。
「……困ったな。このままじゃ、先輩を呼べないぞ」
時計の針は、無情にも夕方を指そうとしている。
どうすれば、あの「ぷっくり」を超える笑顔を作れるのか。
僕は白い粉にまみれたエプロン姿のまま、ただ一人、静まり返った工房で頭を抱えるのだった。




