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第13話 切実な願い事と、天使の新しいアイコン

 春風が心地よい、放課後の縁側。

 温かいほうじ茶の香りと、みたらしの甘じょっぱい匂いが漂うこの場所は、今やすっかり「僕たち三人」の特等席になっていた。


「……んぅ……もぐもぐ……」


 僕の隣では、ななか先輩が今日も幸せそうにほっぺを「ぷっくり」と膨らませている。

 あの『あーん事件』以降、先輩が放課後にうちの縁側を訪れる頻度はさらに上がり、今では週の半分はこの光景が見られるようになった。

 学校でのミステリアスな「女神」の仮面を脱ぎ捨てて、ただの食いしん坊な女の子としてくつろいでくれるのが、和菓子を作る側としては何よりも嬉しい。


「はいはい先輩、お茶のおかわり淹れたわよ。急いで食べると喉に詰まるからね」

「……ありがと、ひなたちゃん。……ふぁぁ、落ち着く……」


 ひなたもすっかり先輩の「お世話係(兼・監視役)」として板についてきた。

 口では「看板娘の偵察よ」なんて言いつつも、先輩の無防備な可愛さに絆されて、甲斐甲斐しく湯呑みを差し出している。

 今日も平和で甘い時間が流れていく――はずだった。


「……あの、ね」


 ふと、先輩の動きが止まった。

 いつもなら最後の一粒まであっという間に平らげるはずなのに、今日は最後のお団子を串に残したまま、なんだか落ち着かない様子で膝の上で指をモジモジと絡ませている。

 長い亜麻色の髪を指先に巻きつけ、上目遣いでチラチラと僕の方を見ては、また俯く。


「どうしたんですか、先輩? お団子、タレが濃すぎました?」

「ううん、すごくおいしい。……おいしいんだけど……」


 先輩はきゅっと唇を結び、思い切ったように顔を上げた。

 ほんのりと桜色に染まった頬。潤んだ瞳が、すがるように僕を捉える。


「……もうすぐ、学校、お休み続くじゃない……?」

「あぁ、ゴールデンウィークですね」

「うん。……お休みだと、伊織くんに……会えないから……」


 ピクッ!

 隣にいたひなたの肩が、大きく跳ね上がった。


(……えっ!? 「会えないから寂しい」って言った!? この先輩、天然の皮を被ったとんでもない小悪魔なんじゃ……!!)


 ひなたの心の声が、顔にデカデカと書いてある。

 ツインテールを逆立てて僕と先輩の間に割り込もうとするひなたをよそに、先輩は切なげに言葉を紡いだ。


「会えないと……お団子、食べられないでしょ……?」

「そっちかーい!!」


 ひなたの鋭いツッコミが、夕暮れの庭に響き渡った。

 恋愛的なムードなんて微塵もなかった。緊張して損したとばかりにガクリと肩を落とすひなたをよそに、やっぱり先輩の頭の中は、いつだって「僕」よりも「僕の作る和菓子」でいっぱいらしい。

 そんなブレない残念さが、たまらなく愛おしい。


「……だから、その」


 先輩は制服のポケットから、可愛らしいスマホをごそごそと取り出した。

 両手でぎゅっと握りしめて、胸の前に掲げる。その細い指先は、小刻みに震えていた。


「……れんらくさき、交換して、ほしいな……って」


 顔を真っ赤にして、一生懸命に絞り出したお願い。

 聞けば、先輩は今まで学校で自分から連絡先を聞いたことがほとんどないらしい。


「お休みの間も……お団子できたら、教えてほしいなあって。……ダメ、かな……?」


 とどめの上目遣いと、ちょっとだけ膨らんだ「ぷっくり」。

 こんなの、首を横に振る選択肢なんてあるはずがない。


「もちろんです。僕も、先輩に新作を味見してもらいたいって思ってましたから」

「……っ! ほんと!? うれしい……!」


 パァッと顔を輝かせる先輩のスマホに、僕の連絡先が登録されていく。

 と、そこへ猛烈な勢いで横から小さな手が伸びてきた。


「ちょーーーっと待ったぁ!!」


 ひなたが自分のスマホを突き出し、フンスと荒い鼻息を吐いている。


「わ、私も交換するわよ先輩! 伊織と二人きりで抜け駆け……じゃなくて、和菓子のやり取りをさせるわけにはいかないからね! 私も三色堂の看板娘として、連絡網には入っておくべきだし!」

「……うん! ひなたちゃんとも、お友達。……嬉しい」

「〜〜っ! も、もうっ! なんでそんな無自覚に可愛いのよ……!」


 ふにゃりと笑う先輩の破壊力に、ひなたはまたしてもあっさりと陥落してしまった。

 赤くなった顔を隠すように、ひなたは僕の方をビシッと指差す。


「いい、伊織! あんたゴールデンウィーク中、私との『買い物の約束』忘れてないでしょうね!? 先輩にお団子ばかり振る舞ってたら、承知しないからね!」

「わかってるって。荷物持ちだろ?」


 僕が苦笑いしながら頷くと、先輩が「お買い物……?」と小首をかしげた。


「先輩も、時間があう時にうちに遊びに来てください。ちょうど端午の節句に合わせて、特製の『柏餅』を作ろうと思ってたんです。お団子とはまた違う、もっちりした生地とあんこのバランスが最高ですよ」

「かしわ、もち……!」


 先輩の瞳に、星が輝いた。

 その瞬間、先輩の頭の中のゴールデンウィークの予定は、すべて「柏餅」に塗り替えられたに違いない。


「……行く。絶対、行く。……スタンプ、送るね」


 大事そうにスマホを胸に抱きしめて微笑む「食いしん坊天使」と、隣で「私も柏餅食べるからね!」と意気込む「看板娘」。


 僕のスマホに新しく加わった、一つの連絡先。

 ずっと昔から登録されている幼馴染の名前の下に、憧れのミステリアス美人のアイコンが並んでいる。たったそれだけのことが、なんだかくすぐったくて、特別な魔法にかけられたような気分だった。


 どうやら今年の黄金週間(ゴールデンウィーク)は、最高に騒がしくて、とびきり甘いお休みになりそうだ。


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