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第12話 正妻の焦りと、ゴールデンウィークの宣言

 放課後の昇降口。

 お昼休みの『あーん事件』のせいで、午後からの僕は完全に針のむしろだった。すれ違う女子たちの冷ややかな視線を背中に浴びながら、逃げるように昇降口へ向かう。


「……遅い」


 そこには、仁王立ちで僕を待ち構える小柄な影があった。

 低い位置で結んだ黒髪のツインテール。腕を組み、トントンと靴の先で床を鳴らしているのは、幼馴染のひなただ。


「ひなた……今日は店の手伝い、いいのか?」

「そんなの後回しよ! ちょっと伊織、あんたお昼休みに中庭で何やらかしたのよ!?」


 ひなたがものすごい剣幕で詰め寄ってくる。


「いや、やらかしたっていうか……昨日のおしるこのお礼にって、先輩がウサギのマシュマロをくれて……」

「だからって、なんで『あーん』なんてされてるのよ! 学園中の女子が『私たちのななかが一年生にたぶらかされた』って大騒ぎしてるんだからね!」


 ひなたはズンズンと距離を詰め、僕の胸ぐらを掴まんばかりの勢いだ。

 そのまま二人で昇降口を抜け、夕日に染まる通学路を並んで歩き出す。


「たぶらかしてないって。先輩が急に、その……天然っていうか、好意百パーセントで口に運んできたんだよ。あんな真っ直ぐな瞳で見つめられたら、断れる空気じゃなかったし……」

「……っ、天然って……」


 ひなたの歩みが、ピタリと止まった。

 彼女は俯き、自分のツインテールの毛先を指でくるくるといじり始める。


「……私、あの先輩のこと、頭の中がお団子でいっぱいの人かと思ってたのに。……まさか、あんな高等テクニックを無自覚で使ってくるなんて……」


 何をそんなにブツブツと呟いているのかわからないけれど、ひなたの顔にはなぜか焦りが浮かんでいた。

 お団子を前にしてふにゃりと笑う先輩の姿を知っている身としては、あの時の先輩はただ無邪気にお礼をしてくれただけだと思うんだけど……ひなたには何か別の脅威に見えているらしい。


「本当に、大丈夫なの……? このまま伊織が、あんな美人の先輩にパクって食べられちゃったら……」


 ひなたの頬が、みるみるうちに膨らんでいく。

 ななか先輩の幸せそうな「ぷっくり」とは違う。完全に僕へ矛先が向いている「怒りのぷっくり」だ。


「食べられないよ。僕は和菓子を作る方だし」

「そういう意味じゃないわよ、お人好しバカ伊織!」


 ひなたはプイッとそっぽを向くと、ズンズンと僕を置き去りにして歩き出した。

 と思ったら、数歩先でくるりと振り返り、ビシッと僕に指を突きつけてきた。


「決めた! もうすぐゴールデンウィークでしょ!」

「えっ、あぁ。まあ、店は忙しくなる時期だけど……」

「あんたの休み、一日もらうからね! 私の買い物、ちゃんと一日付き合いなさいよ!」


 それは、有無を言わせない強引な宣言だった。

 夕焼けに照らされたひなたの顔は真っ赤で、照れ隠しのようにツインテールが揺れている。


「……わかったよ。荷物持ちくらい、いくらでもするから」


 僕が苦笑いしながら頷くと、ひなたは「当たり前よ!」と勝ち誇ったように笑って、再び前を向いて歩き出した。

 僕の平和だった日常は、どうやら二人の「ぷっくり」によって、どんどん騒がしくなっているらしい。


 少し前を歩く幼馴染の背中を見つめながら、僕は小さく息をついた。

 でも、夕暮れに揺れるそのツインテールは、なんだか嬉しそうに弾んでいた。


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