第1話 見上げる美貌と、ぷっくりほっぺ
「世界中の人が、いつも笑顔でいられたらいいのに」
なんて言うと、決まって友人たちは「お前はお人好しすぎる」と呆れ顔で笑う。
けれど、僕は本気だ。眉間に皺を寄せて難しい顔をしているより、美味しいものを食べて「ふふっ」と笑っている顔の方が、ずっと素敵だと思うから。
そんな僕が、彼女――ななか先輩に出会ったのは、桜の花びらがまだ歩道に白く残る、四月の放課後のことだった。
学園の正門を出てすぐ。
香ばしい醤油の香りと、甘い蜜の匂いを漂わせている和菓子屋『三色堂』の前に、その人は立っていた。
(……綺麗だな)
思わず、足が止まった。
すらりとした高身長。艷やかな亜麻色のロングヘア。モデルのような美しいシルエットなのに、不思議と『守ってあげたくなる』柔らかさが滲んでいる。
凛とした空気を纏ったその背中は、校内でも「ミステリアスな美人がいる」と噂になっていた二年生、森園ななか先輩だった。
けれど、そんなクールな雰囲気とは裏腹に、彼女の視線は一点に釘付けになっていた。
ショーケースの中に並ぶ、つやつやに輝く『みたらし団子』に。
「…………」
先輩は、じーっとお団子を見つめている。
細い指先を口元に当てて、まるで世紀の難問を解いているかのような真剣な表情。
だけど、時折「ぐぬぬ……」という心の声が漏れてきそうなほど、切なげに眉を寄せている。
財布を取り出しては、中を覗き、そっと閉じる。
それを三回ほど繰り返して、彼女は深いため息をついた。
……困っている。
これは、明らかにお団子を前にして困っている。
「あの、先輩」
気づけば、僕は声をかけていた。
「……っ!?」
びくっ、とスレンダーな背中が跳ねる。
ゆっくりと振り返った彼女の瞳は、少し潤んでいるようにも見えた。
近くで見ると、その美貌に圧倒されそうになるけれど、今はそれ以上に彼女の「切実さ」が伝わってくる。
「お団子、食べたいんですか?」
僕がそう尋ねると、彼女は一瞬だけ逡巡するように視線を泳がせたあと。
(……コクリ)
小さく、だけど力強く頷いた。
言葉はない。でも、その瞳が「すごく、食べたい」と雄弁に語っている。
「だったら、僕に買わせてください。入学祝いで親戚からお小遣いをもらったばかりなんです」
「……そんな、わけには」
「僕、お節介なんです。目の前で悲しそうな顔をされるのが、一番苦手で」
僕は店員さんに声をかけ、一番美味しそうに焼けている串団子を一本注文した。
はい、どうぞ。そう言って手渡すと、彼女は驚いたように目を見開いたあと、吸い込まれるような仕草でそれを受け取った。
「……いただきます」
小さく、消え入りそうな声。
彼女は包み紙を丁寧に開き、その一粒を口に含んだ。
その瞬間。
僕の心臓は、ドクンと大きく跳ねた。
「……おい、ひい……」
クールだった先輩の顔が、一瞬でとろけた。
シュッとしたフェイスライン。そんなミステリアスな彼女の頬が、お団子を含んだことで「ぷっくり」とリスのように膨らんだのだ。
幸せそうに、もぐ、もぐ、と咀嚼する。
柔らかそうな頬が動くたびに、僕の視線は釘付けになる。
なんだこれ。めちゃくちゃ……いや、超絶に可愛い。
「ん…………っ」
ペロリ。
唇の端についた琥珀色の蜜を、小さな舌が器用に舐めとった。
熱を帯びた瞳が僕を捉え、彼女の頬がほんのりと桜色に染まる。
「……ありがと。すごく、おいしい」
そう言って、彼女は今日一番の、そして僕が今まで見た誰よりも綺麗な笑顔を見せた。
「…………」
食べ終えたあとの串を「はい」と僕に預けると、彼女はどこか恥ずかしそうに、だけど足取り軽く、夕暮れの街へと去っていった。
手の中に残された、一本の竹串。
先端には、まだほんの少しだけ甘い匂いが残っている。
(これ、先輩が口につけたやつだよな……)
急に自分のしたことの重大さに気づいて、顔が火照るのを感じた。
お人好しにも程がある。だけど、あの「ぷっくり」としたほっぺと、最後の笑顔。
「……ななか先輩、か」
春の風が、少しだけ甘い匂いを運んできた気がした。
これが、僕と「食いしん坊な天使」との、始まりの放課後だった。
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