三
「ちぇっ」
陽太くんは空き教室の前で舌打ちしました。
そうじゃないかと思ってはいましたが、ドアにはやっぱり、カギがかかっていました。
ここは、校舎の西側。特殊教室が集まっている一画。ふだんはほとんど人けがありません。少子化のせいで空き教室もふえていますから、なおさらです。
その空き教室に、もしかして、入れるのではないかと……昼休みに、こっそり、のぞきにきたのでした。
サンキャッチャーを昼の日ざしに、といっても、平日は学校があります。
土日はとうさんもかあさんも家にいます。べつにコソコソすることもないのですが、「なんだそれ」「へー」「おもしろいじゃないか」なんて……かまわれるかもしれないと思うと、たとえ好意的にだったとしても、やっぱり、ちょっと、めんどうです。
そこで思いついたのが、空き教室でした。
校舎は、校庭に面して、南向きに建っています。だから教室の窓も南向き。冬でも、長時間、直射日光がさしこんできます。そのうえ人けもない、となれば、願ってもありません。
でも、やっぱり、そう甘くはないようでした。
カギのかかったドアを、しばらくガチャガチャやってみましたが、それでどうなるわけでもありません。
昼休みも残りわずか。
うなだれて、帰りかけました。
でも、そのときでした。
上履きのつま先を、ふわっと、虹のかけらがよぎった気がしたのです。
え?と、陽太くんは顔を上げました。
三階から屋上へつづく階段のまえでした。
その途中の踊り場から、きらきらした虹色の粒が、放射状にふりそそいでくるのでした。
いまではもうよく知っている、見慣れた虹でした。
けれど、これだけあかるい光のなかで見るのは――売り場の見本をのぞけば――ほとんどはじめてのことでした。
人けのない西階段。窓からさしこむ強烈な午後の光。その光をあびて、あのキラキラした虹のかけらが、空間全体に、ひろがっている。ゆれている。おどっている。それはちょっとした壮観でした。
思わず、声がもれました。
「おお……」
その陽太くんの声に、窓辺の人影が、ビクッと、反応したのでした。
中島さんは、かたい表情で、陽太くんを見下ろしました。
ほとんど、にらむといっていい目つきでした。
むりもありません。
こんな、いってしまえばオモチャみたいなものを、こっそり学校にもってくるなんて……告げ口されれば叱られますし、クラスメイトにばれればイメージ失墜。ふだん、男子のマンガ本なんか告発している中島さんですから、ここぞとばかり仕返しだってされるでしょう。
でも、陽太くんは、むしろ親しみを感じました。
ルール破りをするくらい、中島さんも、この虹にハマっているのでしょうか。やっぱり、日当りのいい、人けのない場所を、さがしたのでしょうか。
(あの委員長がね……)
思わず、くすっと、笑いました。
反対に、中島さんは身構えています。頬が神経質にふるえています。
陽太くんとはちがって、中島さんは、陽太くんが同好の士だなんて、まだ知らないのです。
このさい、いい機会かもしれません。
陽太くんは階段をのぼりはじめました。
歩きながら、ポケットの中をさぐりました。
空き教室がつかえたら、ためしてみるつもりで、陽太くんも、ひとつだけ、サンキャッチャーをもってきています。
踊り場にたどりつくと、それをとりだし、日にかざしました。
虹は、ぱっと、一瞬でひろがりました。
ゆらゆら揺れて、もとからあった中島さんの虹と、重なりあいました。
中島さんが、目をみはりました。
陽太くんは、なにかこういう場合にふさわしい、かっこいいリアクションはないかと考えました。でも、こっぱずかしくて、むりでした。
えーと、とかなんとかいいながら、困ったような、ひきつった笑みをうかべるのが、やっとでした。




