一
通学路の途中にあるショッピングモール。西館と東館のあいだを通りぬけると近道です。なかには寄り道する子もいます。ほんとはイケナイんですけどね。
十一月も半ばをすぎたその日、五年一組の田代陽太くんも、下校途中に西館二階の本屋さんなんかのぞいていました。
そろそろ帰ろうと、売り場をはなれた、そのときでした。わたり廊下のむこうに、知った顔が見えたのです。
「やべ、委員長じゃん」
陽太くんは壁ぎわに身をかくしました。
学級委員の中島玲奈さん。成績優秀品行方正。そのぶんツンツンした性格で男子の天敵。寄り道なんて見つかったら何をいわれるかわかりません。
それにしても……
「アイツ、あんな熱心に、なにを選んでるんだ?」
わたり廊下を出てすぐ、東館の西のはしっこにあるのは、文房具の売り場でした。ちょっとしたアクセサリーや、インテリア雑貨みたいなものも、あつかっています。
その売り場の、通路にむかってディスプレイされた催事コーナーのまえで、中島さんは、ずいぶん熱心に、商品を見比べているのでした。
もちろん、中島さんは寄り道なんかではありません。
肩にかけているのは、ランドセルではなく、地味なトートバッグ。ちゃんといちど家に帰ってから、あらためて引きかえしてきたのでしょう。
やがて、見比べていたなかからひとつを選ぶと、中島さんは、会計をすませ、帰っていきました。
陽太くんは首をかしげました。
まじめな中島さんと、文房具売り場。そのとりあわせ自体は不自然ではありません。でも、中島さんがいたのは、催事コーナーです。置いてあるのが文房具とはかぎりません。むしろ女の子むけのかわいらしいグッズなんかを売っているほうが、多いくらいです。
そんな売り場で、あの中島さんが、何を……?
中島さんの姿が見えなくなるのを待って、陽太くんは売り場に近よりました。
「なんだ、これ?」
最初はビーズアクセサリーか何かかと思いました。
色とりどりのビーズが一列になって、なかには天使とか猫とか月とか、かわった形のパーツもあるようです。
でも、それにしては先端のパーツだけ大きすぎますし、身につけ方もわかりません。
「サン、キャッチャー……?」
売り場には手書きPOPや、リーフレットみたいなものも、掲示されていました。
かるく読んでみると、先端の大きな玉は、多面カットのガラスやアクリル。窓辺にかざると、プリズム効果で日光を分解して、キラキラした虹のかけらをまきちらすのだといいます。
「あの委員長が……?」
いつも眉間にシワをよせている中島さん。そんなキラキラしたグッズでよろこんでいるイメージがわきません。
売り場にはサンプルもいくつかぶらさげてありました。「見本」のタグがとりつけられ、「日光にかざしてみてください」と書きそえてあります。
陽太くんは、ためしに、そのひとつを手にとりました。
ちょうど西日がさす時間帯です。
ひょいと持ち上げるだけで、先端のガラス玉は、窓からの光にきらめきました。
その瞬間でした。
「うおっ!?」
虹色のたくさんの光のかけらが、ぱっと、周辺の床や棚にひろがったのです。
玉がゆれると、虹のかけらもすべて同時にゆれて、玉をまわすと、やっぱりすべて同時に、くるくるまわります。
「すげえ……」
さっきまでとはまるでちがう目で、陽太くんはそれを見直しました。
なるほど。中島さんが魅了されたって、おかしくはありません。
それに、
「こういうの、ばあちゃんも、よろこんだかな」
陽太くんが思いだしたのは、去年亡くなったおばあちゃんの顔でした。
足が悪くて、晩年はほとんど外出できませんでした。
家の中なら、なんとか、つかまり立ちで、そろそろ歩けましたし、トイレだって手すりをつかって、ギリギリまで自力でいけたのですが、散歩や買い物は、だいぶ前からむりになっていました。
そうこうするうちに、からだが弱って、何度か入退院をくりかえして、それっきりでした。
もしも、あのころ、こんな癒しグッズのひとつもあれば、おばあちゃんもすこしは、気が休まったでしょうか?
たとえば、孫のプレゼントだったりしたら、すくなくとも、よろこんでくれたりは、しなかったでしょうか?
そんな考えが、いまさらみたいに、陽太くんの頭のなかをぐるぐるするのでした。
「似合わねえ……」
帰宅後。部屋に寝ころがって天井を見上げながら、陽太くんはひとりごちました。
うす暗い部屋には、白い光と、放射状の虹のかけらが、ひろがっています。
学習机の本棚にさしこんだ鉛筆からぶらさげたサンキャッチャー。懐中電灯のズームモードの光のなかで、いまもかすかにゆれています。
売り場の日ざしにくらべると、LEDの光には、やや冷たい印象もありました。でも、その分、虹のかけらは、クリアでもあり、シャープでもありました。
どちらにしても、きれいなのは、同じです。
もちろん、それだけというなら、それだけのことです。
ただのまぼろし、光のいたずら。何の意味もありません。
でも、ゆれる虹のかけらをぼーっと見ているのは、なぜか、わるくない気分でした。
しきりに、おばあちゃんのことを思いだしました。
生前のおばあちゃんは、サンキャッチャーなんて、見たことも、たぶん、きいたこともなかったはずです。
なのに、ありもしない思い出のなかのおばあちゃんは、きれいだねって、今もにこにこ笑っているのでした。
虹がにじんで見えました。
いつのまにか頬がぬれているのでした。




