婚約者を妹にする? それ男ですけど。
「エレナ・ロンバルディ! お前との婚約を破棄する!」
自身の誕生日パーティーでそう言い放ったのは私の婚約者、ピエトロ・ディ・タヌッチ侯爵子息。
彼の隣にはフリルをあしらった可愛らしいドレスを身に纏う可憐な少女が立っている。
「お前は伯爵家の血筋でありながら養子として迎え入れられたロンバルディ公爵家の地位に胡坐を掻き、俺に恥を掻かせ続けてきた!」
私が今の家族と血が繋がっていないという事は事実だ。
とある伯爵家で生まれた私は幼い頃に両親を流行り病で亡くし、公爵家に養子として引き取られた。
しかしその立場に甘えた事はない。
ロンバルディ公爵家の家族――両親に双子の兄妹は皆私に本当の家族として接してくれたし、私もその優しさと恩に報いる為、公爵家の令嬢として相応しく在る為に振る舞って来た。
侯爵家である彼の婚約の申し出を受けたのも、家族を安心させる為だった。
妹が病弱で部屋に籠りがちで社交界になかなか出られない分、私は早く貴族令嬢としての幸せ――結婚をして、家族を安心させたうえで親元を離れたいと考えていた。
しかし……その結果がこうなってしまうとは。
私は心の中で両親に懺悔しながら、ピエトロを見据えた。
因みに彼に恥を掻かせる意図で何かを働いたこともないと断言できる。
私はただ、侯爵家嫡男にしてはあまりに軽率な振る舞いを何度か指摘しただけだ。
女癖が悪かったり、領民を見下すような発言を公で行ったり。
今後家を継ぐであろう者がこの体たらくでは困ると、私達の未来を本気で考えた上で苦言を呈していたのだ。
しかし――
「よって俺はお前との婚約を破棄し――この愛くるしいラウレッタ・ロンバルディと婚約することにした!」
「ああ……」
途方に暮れ、ため息が零れる。
ラウレッタと呼ばれた少女は私へ向かって不敵な笑みを浮かべていた。
「彼女は体が弱く、余り社会には出られないかもしれない。だが何よりも――俺達は愛し合っているのだ! 数少ない対面の時を経て――俺達はそれに気付くことが出来た! 病に苦しむ彼女を俺は支え続け、愛し続けると……俺はそう、神に誓える」
自分に酔いしれたピエトロは自分と腕を組んでいた少女の肩を抱き寄せる。
そして私を睨み付けた。
「エレナ・ロンバルディ! お前との婚約を破棄する!」
もう婚約破棄って言いたいだけなのでは?
そう思うほど同じ事を繰り返す彼。普段なら何かツッコミでもしたかもしれないが、私はそれどころではなかった。
「あの……」
おずおずと手を上げ、私は続ける。
「本当に、よろしいのですか? 私との婚約を破棄するという事は、貴方の家が当初求めていた公爵家との繋がりを断つという事ですが」
「ハッ、馬鹿な事を! 意図が見え透いたそんな言葉で俺を騙せると思ったか!! お前との婚約を破棄しようが、俺にはラウレッタがいる! 彼女こそ、ロンバルディ公爵家の血を引く者! そして俺を愛している者だ!」
「ピエトロ様。お姉様との婚約は、勿論破棄してくれますよね?」
ピエトロの暴走を後押しするように、少女が目を潤ませてピエトロ見た。
不安気なその顔を見たピエトロは深く、はっきりと頷く。
「ああ、勿論だ!」
「…………畏まりました」
ここは大規模なパーティー会場。
彼はそこで、大衆の面前で堂々と婚約破棄を明言した。
ならば――大勢の承認が出来てしまったこの事実が覆る事もあるまい。
私は長々と溜息を吐きたいのを我慢し、深くお辞儀をした。
「フンッ、最後だけは聞き分けが良かったな。――お前とはもう何の繋がりもない。赤の他人だ! 今すぐこのめでたい場から出て行け!」
「畏まりました。……しかし、最後に一言だけお伝えしなければならない事があります」
「不要だ!」
「あの、今、貴方の隣に立っているのは」
「お前の話など聞きたくはない! 即刻、ここから――」
「――男です」
「………………は?」
その場が静寂に包まれる。
少女だけが、通常運転――きゅるんという効果音がつきそうなぶりっ子顔でピエトロを見ていた。
「それ、男です」
私は顔を引き攣らせながら少女を指で差す。
ピエトロは勝ち誇った笑みを消し、呆然とした。
それから、私を見て、少女を見て、また私を見て――やっぱり少女を見て。
そして私へ視線を戻した後。
「…………へ、ぇ?」
何とも間の抜けた声を漏らした。
私は頭痛を覚えながら真相を告げる。
「――弟なんです」
瞬間。少女――いや少年は長い髪を乱暴に引っ掴んだ。
掴み上げられた鬘の下から短い髪が姿を現す。
「ヒュ、ヒュィ……ッ」
ピエトロがまたもや情けない声を上げた。
そんな事もお構いなしに、少年――弟セストは笑った。
「ちょっと、義姉さん。ネタばらししないでよ~。もうちょっと楽しんでいたかったのに」
「……ああ、もう」
「え? な……え?」
ハンカチで唇についた紅を拭ってしまえばセストが本来持つ、やや中性的な印象が戻って来る。
ピエトロは困惑しながらもセストから手を放し、一歩、二歩と後退った。
「どうも。ピエトロ・ディ・タヌッチ殿?」
セストは男性としてのお辞儀をする。
本来整っている顔は愉悦で歪んでいた。
「え、な……セストさま……ッ!? ら、ラウレッタは……っ」
「貴方みたいな浮気性で不義理な男に、病弱な妹を会わせる訳ないでしょう。これ以上心労を増やしたら可哀想だ」
「だ、だが、これまでパーティーで……っ」
「わかんないかなぁ。パーティーも学園も、貴方が会っていたラウレッタは俺。本当のラウレッタは貴方の事なんて認知もしていない」
「そ、そんな……っ」
青ざめ、膝から崩れ落ちるピエトロ。
無理もない。本当に惚れ込んだ相手の好意が全て芝居で、それどころか相手は男で、結婚すらできない相手だったのだから。
「なぜ、こんな事を……」
「大切な人を侮辱されれば、怒るのは当然だ。貴方は義姉さんという人が居ながら、彼女をあまりにも蔑ろにしすぎた。……俺は貴方が改心するかどうか――義姉さんの婚約者として相応しいかどうかを試していたんだ」
結果は、想像通りだったけど。と彼は続けた。
それからセストはピエトロの傍を離れ、私へと歩み寄る。
満面の笑みで手を差しだされ、私は複雑な気持ちのままその手を取った。
「まあ、そういう事だ。貴方はロンバルディ公爵家との繋がりを自ら断った。俺達が貴方と関わる事ももうないだろう」
「そ、そんな……っ」
「行こう、義姉さん。彼は義姉さんを追い出したいみたいだから」
「……ええ」
私はセストにエスコートされてピエトロに背を向けた。
そこへピエトロの声が飛ぶ。
「ま、待ってくれ……っ! これはその――気の迷いだったんだ! 俺が悪かった! だからエレナ……俺との婚約を――」
私の視線の先、飄々とした態度を取っていたセストの顔が怒りで歪んだのが見えた。
この顔がピエトロに見えていなくてよかったと心底思う。
私はピエトロへ振り返るともう一度だけお辞儀をした。
「ご要望にお応えし、退出させていただきます。さようなら、ピエトロ様。――良い誕生日を」
情けない制止の声を聞きながら、私はセストと共にその場を去ったのだった。
***
ロンバルディ公爵邸。部屋の一室にころころという無邪気な笑い声が響き渡った。
「何それ! 私がいない間にそんな事があったの!?」
笑い声の主は妹のラウレッタ。
彼女はセストと瓜二つの顔で笑顔を浮かべていた。
「ずるい、私も行きたかった」
「ラウレッタが居たら台無しだろ」
「二人とも、笑い事じゃないのよ……。一体いつの間に彼とあんな事に」
「義姉さんの目を盗んでに決まってるでしょ」
「貴方は公爵家の跡継ぎとしての自覚をもっと持って……っ! あんな破天荒なことして!」
「あはは、ごめんなさーい」
後に婚約破棄の騒動を聞いた両親は、そんな婚約者はこちらから願い下げだと怒りを見せ、無事ピエトロとの婚約は白紙に戻った。
二人は私が婚約を急いていた理由を薄々感じており、何も急ぐ必要はないのだと優しく諭してくれた。
私が望むのならばずっとこの家に居てもいいのだと。
二人の優しい心遣いを無下にしない為にも、私は暫く新たな婚約者探しはしない事にした。
「ねえ、今度みせてよセスト」
「じゃあ代わりに男装しろよ」
「えっ」
「「え?」」
可愛い妹の男装姿。
二人の会話を聞いていた私の頭が突如高速で働き始め、妄想が広がっていく。
「…………良い」
「えへへ、似合うかなぁ」
「いや、いい。絶対似合うよ! ラウレッタは顔が綺麗だから! え~~~可愛い系もいいなぁ、かっこいい系もいいなぁ。服装はどういう系統が良いかな?」
照れ臭そうにはにかむラウレッタへ前のめりに男装を勧める私。
その時だ。
ぐい、と私は腕を引かれた。
そちらを見れば非常に不服そうな顔をしたセストがいる。
「……良い男なら、ここにいるでしょ?」
「セストも綺麗だよ?」
「……は~~~~~…………」
褒められなくて拗ねているのかと思い言葉を返せば、何故かセストは大きく肩を落とした。
彼の反応に首を傾げる私とは違い、何かに気付いたラウレッタが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「やきもちだぁ」
「うるさい! 義姉さん、もう行こ」
「照れ屋さんだなぁ」
「ラウレッタ……!」
にやにやと笑うラウレッタをねめつけてから、セストは私の腕を引いて部屋を後にした。
そのまま解散になるかと思ったのだが、セストは私を階段下まで連れ出した。
「俺、まだ十五だから背は伸びるし、女装だって似合わなくなるよ」
「え? うん」
今の彼は私より少し身長が高いくらいだ。
しかしあと数年のうちにはきっと、今以上の色男が誕生する事だろう。
「父さんと母さんも言ってたけど、ずっとここに居て良いんだからね?」
「え……いやぁ、まあ、そうは言ってくれたけどさ。やっぱり貴族の女としては……」
「俺の言ってる意味、ちゃんと分かってる?」
セストの青い瞳が私を映す。
その中に、普段の温和な空気とは違う色を見つけた私は思わず息を呑んだ。
セストは私の顎を持ち上げると――
――その額へ、優しいキスを落とした。
「今は、これだけで許してあげる」
頭が真っ白になり、呆然とした私はさぞかし間抜けな顔をしていただろう。
それを見た彼は目元を和らげてそう言った。
そして今度は私の耳元で……
「――俺、義姉さんの事……ただの家族として見れてないから」
いつもより低く――男性的な声で囁かれた。
そして妖しい笑みを一瞬だけ見せたセストは、私に背を向け、その場を去って行く。
「覚えておいて」
彼の背中が見えなくなってもまだ、私は立ち尽くしていた。
それから数分が経った頃。
状況と、彼の発言の真意を理解した私は
「え……えぇぇ~~~~~~~~~~~~…………」
顔に熱を溜め、ずるずると膝から崩れ落ちたのであった。
――この時の私はまだ知らなかった。
数年後、立派な美青年に成長した彼に翻弄されまくる毎日を送ることになるなんて。
最後までお読みいただきありがとうございました!
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