弟子になりませんか?
ある朝、自宅に訪問があった。派手なストライプのスーツを着た見知らぬ男だ。胡散臭いほどにこやかだ。
「あなたの小説作品を拝読しました。わたくし、こういうものでして……」
男は社会人然として名刺を差し出しているが、初手からあやしさ限界突破である。確かに私は作った小説をWeb上に公開している。しかし住所の公開はしていない。なぜ来た? ハッカーか何かか?
「SNSで話題の某先生に弟子入りしませんか?」
「どういうことです?」
あやしげな男によると、某先生は私の作品をいたく気に入り、ぜひ弟子に……と考えているらしい。私は某先生について、まったく知らない。
「某先生が、あなたの小説を添削します。創作に必要なポイントなどもご指導くださいます」
「はあ」
「おっと、あやしんでますね? 料金などは一切かかりません。弟子として教える代わりに、あなたのアイデアを拝借したい……と某先生は仰せです」
「はあ?」
派手なスーツ姿の男の熱弁に、私は眉間のシワをより深くした。某先生については寡聞にして存じ上げないが、教える側が弟子からアイデアをもらう? まるで道理に合わない。
「え、イヤです。胡散臭いし、それって盗用じゃないですか?」
「盗用! とんでもない!」
派手なスーツ姿の男は大げさに驚いて見せた。めんどくさい。私は玄関ドアをおさえていた手を替えた。
「あなただって、自然や既存作品を見て学ぶことって多いでしょう? 見るもの触れるもの全てから学んでいる! ですから盗用には当たりません」
「見るものから学ぶことはありますよ。でも私が自分の感性で集めて、自分の言葉で作りあげてきたものですから。お断りします」
鳥の声が響きわたるうららかな朝に、なぜこんな目に遭っているのだろうか。
扉を閉めようとした私に、胡散臭い男はあわてた様子で玄関ドアに手をかけた。派手なスーツの袖口が汚れた。
「物語の類型なんてものは出尽くしていて、全く新しいものはないんですよ! 要素もアイデアも、みんなのものです!」
「まあ類型や要素はそうでしょうけど、組み合わせやアイデアはイヤです。盗用されたくない」
「……世の中、持ちつ持たれつなんだよ。わからないか、お子様には」
男がぼそりと口にしたのは本音だろう。私がにらみつけると、派手なスーツ姿の男は、今度は困った顔をした。大げさな表情変化はどこかコミカルで、作り物のようでさえある。
「みんなの役に立てますよ。アイデアに困っている人たちを助けられるんです!」
人たちって言ったな? と、私はますます訝しんだ。某先生だけではないというのか。
友人との企画で、同じ設定やシチュエーションで小説を書くならまだしも、なぜに知らない連中にアイデアをばら撒かれなくてはいけないのか。それは私の持ち出しだろう。自己犠牲は真っ平ごめんである。
「その人助けって、私の犠牲の上に成り立ってますよね? 盗まれた方は、たまったもんじゃないですよ。私が得るものってあります?」
「くっ……某先生に、あなたのアイデアを作品化してもらえるんですよ!」
「いや、自分で作品にしますので、結構です」
派手なスーツ姿の男が一瞬言葉に詰まったのを見逃さず、私は間髪入れずに言い返した。
「某先生に学べば、SNSのフォロワー数やいいね数もうなぎのぼり!」
「はあ。広告宣伝がお上手なんですね。でも興味ないです」
けんもほろろに断られた男は、肩を落としたあと、ギラリと目を輝かせた。
「……君、見る目あるね。まぁ、がんばんな」
男が帰ったあと、某先生をスマホで検索してみた。SNSのフォロワー数もいいねも多数ついている某先生が出てきた。
作品を読んでみると、私のアイデアがすでに使われている。
「え? つまり、弟子入りさせてごまかそうって魂胆?」
某先生のいくつかの作品、SNSへの投稿内容にも、私の言葉が使われている。要素や単語であって、著作権侵害に問えなさそうなところが巧妙だ。
「……この人、自分で伝えたいことはないのかな?」
ここまで他人の褌で相撲をとる人がいるとは、思ってもみなかった。この人から、いったい何を学べというのだろう。訴えられない盗用の仕方か?
私は某先生の作品紹介についての投稿をRPし、その直後に元ネタになった私の作品を、そっとRPした。
……それでも「いいね」は、あちらの方が多かったし、「弟子に不適格」というコメントがついたけれど。




