9 菜園に芽吹くもの
教会菜園にて。ユリウスとイレーネは並んでしゃがみ込み、せっせと雑草を抜いていた。
アルテンベルク教区会は、聖職者や奉仕者、護衛官も含め百五十人近くが暮らしている。その食を支えるため、敷地の裏手には広大な菜園が広がっていた。畝は幾重にも連なり、奥には果樹園の緑が風に揺れている。
昼過ぎ、大司祭と司祭ベネディクトに伴われてユリウスが菜園に姿を見せた時は、さすがに驚いた。だが、こうして隣に並ぶだけで心地よさを覚えてしまう自分に、イレーネは戸惑ってもいた。
「こんなこと、ユリウス様にさせるお仕事ではないかもしれませんが」
イレーネは苦笑まじりにこぼす。
「土に触るのは初めてですが……ひんやりしてしっとりしていて。子どもが泥遊びを好きな理由が、少し分かる気がします」
軍手についた土を指先でいじりながら軽やかに笑うユリウス。その柔らかい瞳を、イレーネは気恥ずかしくてまっすぐ見られない。
「むしろ、大聖女様こそ、こうした奉仕活動もなさるんですね」
イレーネは顔を上げる。物心ついた時からこの生活をしている彼女にとっては当たり前のことだったが、ユリウスにはそうでもないのだと初めて気づく。
「え? えぇ。私は祈りを捧げる務めが多いですが、順番で奉仕者の方々に混ざって、いろいろなお勤めをいたします」
「そこ! 私語は慎みなさい!」
菜園管理者の怒声に、ユリウスはビクリと肩を震わせた。横目で見ると、イレーネは小さく舌を出し、眉を下げて声を出さずに笑っている。そのお茶目な姿に、ユリウスは耳まで赤くなった。
手袋越しでも華奢さが伝わるその手が、一つひとつ丁寧に雑草を抜いていく。ユリウスは、その長身を小さく折りながら視線を逸らし、そっとため息をついた。
◇◇◇
同じ頃。教会本部――アルトリヒト大聖堂、教皇執務室。
深い色味の机とソファで統一されたその部屋は、重厚感に満ちていた。装飾は最小限であり、敬虔さを思わせる一方、そこに座す人物の威厳をより際立たせていた。
「教皇猊下、定期報告書にございます」
大司教が磨き上げられた机に分厚い書類を置く。
グレゴリウス教皇は顔を上げ、眼鏡を外して机に置いた。白地の修道服の上から金縁のスカラプリオをまとい、腰には金色のベルト。その装いは、高窓から差し込む光を受けてきらめき、まるで聖像のように見えた。
「君はどこの担当だったかな?」
しわがれた重厚な声に、大司教は思わず息を呑む。
「アルテンベルク教区と、ヴェルデン教区、ツェルン教区を担当しております」
「アルテンベルクか。第二王子の子飼いがいただろう。どうだ?」
「特に害意は見えません。奉仕者たちに混ざり、奉仕活動をこなしているとのことです」
教皇は口の端をわずかに上げた。
「それはそれは。良い手札を下さったものだ」
眼鏡を布で拭き、最後にフッと息をかける。
「聖光の導きは、今一度、我らの手に」
誰の耳にも届かぬ程の小さな呟き。
再び眼鏡をかけ直すと、グレゴリウスは報告書を手に取り、薄い笑みを浮かべた。




