8 異例の許可証
「マルケルス大司祭様、先日はお世話になりました」
先ぶれと護衛官に伴われて大司祭室に現れたのは、ユリウス・ヴァルターだった。
質素なその部屋は、飾り気がなく実用一辺倒。壁際の本棚には帳簿や経典がきっちりと並べられ、床には余計な敷物ひとつ敷かれていない。だが、よく磨かれた大きな執務机と、壁にかけられた祭服だけが、この部屋の主が大司祭であることを物語っていた。銀糸で繊細な刺繍が施されたストラは、光を受けて微かにきらめき、簡素な部屋に一筋の威厳を与えている。
護衛官が会釈して退室するのに対し、ユリウスは丁寧に「ありがとうございました」と礼を述べ、それからマルケルスと向き合う。
大司祭は朗らかな笑みを浮かべてユリウスを迎えた。
「あぁ、ヴァルター様。こんにちは。……大司教様から話は伺っていますが」
妙な沈黙が落ちる。
「本当のことなのでしょうか?」
「こちらに許可証と徽章が。常に身につけるよう、カエリウス殿下から仰せつかっております」
ユリウスが差し出した書類を手に取ると、マルケルスの表情はみるみる青ざめていく。ユリウスは不安になり、慌てて口を開いた。
「あの……そんなにご負担をおかけすることでしたか。大変申し訳な——」
「あぁ、いえ。そうではありません。このようなことは聖光教会史上初ではないかと……それで驚いているのです。不安にさせてしまいましたね」
マルケルスは深く息を吐き、静かに続けた。
「夕の食事の儀の際に、全聖職者に通達しましょう。それまでは私と共にいてください」
「……はい、承知しました」
再び書面を見つめながら、マルケルスは独り言のように呟いた。
「カエリウス殿下は……本当に。その手腕が、私にもあれば守りたいものを守れたろうに」
その寂しげな瞳に、ユリウスは言葉を失った。
◇◇◇
夕刻。教会大食堂では食事の儀が始まった。
天井の高い大ホールのような空間。石造りの壁は飾りもなく剥き出しだが、ほぼ全面に張り巡らされた高窓から夕陽が差し込み、食堂前方に据えられた聖像を金色に染め上げていた。厳かな光が像の輪郭を浮かび上がらせ、その光景は、まるで神が食卓を見下ろしているかのようだった。
「皆さん、本日もよくお勤めくださいました。神はあなた方の働きを見ておられるでしょう」
大司祭の声が静かに響く。いくつも並んだ長いテーブルにずらりと並んだ聖職者や奉仕者たちは、一様に姿勢正しく座り、息をひそめて大司祭の次の言葉を待っている。その整然とした光景は壮観であると同時に、どこか異様な緊張を孕んでいる。
大司祭の隣に立つユリウスは、その人数の多さと張り詰めた空気に思わず喉を鳴らした。
「さて、食事の前に一つお伝えしたいことがあります」
静寂が続く。
「こちら、セレスタ王国よりいらしたユリウス・ヴァルター様。第二王子カエリウス殿下付きの連絡官の方ですが、この度、教皇猊下の御名による許可証が届きました。ユリウス様には、礼拝堂、集会所、作業所、菜園、図書室への出入りが認められます」
どよめきこそ起こらない。だが、空気が大きく揺れるのをユリウスは肌で感じた。
セレスタ王国の“開かれた教会”を知る彼にとって、むしろこの反応こそが衝撃だった。
「皆さん、これからは彼をそのように受け入れ、共に恵みある日々を過ごしましょう。
それでは、神が与えてくださった糧を今日もいただきます。聖光の導きがありますように」
「「「聖光の導きがありますように」」」
響き渡る斉唱。だがその後は、一言も発せられない沈黙の食事が始まる。
淡々と食を進めるイレーネのすぐそばで、ソフィアが小さく身じろぎするのを、彼女は敏感に感じ取っていた。




