41 新しい光の下で
後に、ただの女性となったイレーネはセレスタ王国に移り住み、ユリウス・ヴァルターと結婚した。
孤児から大聖女、そして一人の女性として愛される妻へ――ようやく自分自身の人生を歩み始めたのだった。
大聖女追放後、教会の実権を取り戻した教皇グレゴリウスと、セレスタ王国第二王子カエリウス・セレスタの尽力により、古い戒律は改編された。
閉ざされていた聖光教会は、施療院や学び舎を一般に開き、再び民に寄り添う組織へと変わっていった。
皇国もまた、政権と宗教を完全に切り離すことを宣言。
さらに、かつて権力に奪われた聖騎士団は、教皇のもとに還り、再び民のための剣となった。
それから、聖光教会はセレスタ王国にも教会を設置した。
それは利権のためではなく、救済組織として民を支えるための新たな試みである。
そして、その厳しく清廉な教会がセレスタの新王を歓迎するという姿勢は――王の慈愛と正統性を証明するものとなった。
聖光教会教皇は言う。
「宗教は政治のためでなく、民のためにある。その原点を、この手で取り戻すのだ」
新しく王弟となったカエリウスも言う。
「兄上の治世を支えるに、これほど頼もしい後ろ盾はない」
目的は違えど、両者の思惑は重なり――世界は静かに新たな時代へ歩み出した。
◇◇◇
新居のバルコニーに立ち、イレーネは庭に咲き誇る花々を眺めていた。
青く澄んだ空、開け放たれた世界――かつての石壁に囲まれた日々とはまるで違う。
「……寒くない?」
後ろから抱きしめるようにしてユリウスが外套を肩に掛けてくる。
イレーネは笑みをこぼし、軽く首を振った。
「大丈夫よ」
「本当かな。イレーネは強がりなんだから」
ユリウスが頬を寄せ、不満げにむくれる。
イレーネは肩を揺らして笑い、その頬に自分の頬を寄せ返した。
「ユリウスこそ、甘えん坊さんね」
「嫌い?」
「好き」
黒い瞳が真っ直ぐに彼女を映し、子どもみたいに素直に笑う。
イレーネはその手を取り、指を絡めた。
「……離さないでね」
「離すもんか」
ユリウスは嬉しそうに笑み、彼女の額に軽くキスを落とした。
――過去を越え、新しい光の下で。
二人はようやく、自分たちの人生を始めたのだ。




