40 誓い
教皇の宣告ののち、一斉に割れんばかりの歓声が上がった。
「追……放……」
イレーネは呆然と立ち尽くす。ただ肩に触れるユリウスの手だけを頼りに、必死にその場に立っていた。
カエリウスが欄干の前に進み出て、片手を高く掲げる。民衆の声が次第に静まっていく。彼は何も言わず、背後に控えていたイレーネとユリウスを示した。
「行きますよ、イレーネ様」
耳元で囁かれ、背をそっと押される。
民衆の前に立った途端、「イレーネ様!」「大聖女様!!」と声が飛ぶ。
「もう“大聖女”じゃないのにね」
カエリウスが肩をすくめ、皮肉めいた独り言を漏らす。
だがすぐに視線をイレーネへ戻し、優しい瞳で告げた。
「……だが、時代は動いた。――貴女のおかげだ」
その一言を残し、彼は下がり、バルコニーの中央を譲った。
ユリウスに促されるまま進むイレーネ。
だが「こちらで」と声をかけられた直後、肩から添えられていた手が離れる。
心細さに指先が震えてしまう。
ユリウスが彼女の前に片膝をついた。
左手を胸に、右手をイレーネへ差し出し――朗々と声を響かせた。
「大聖女イレーネ様……いえ、私のただ一人の女性、イレーネ。
どうか、私と結婚してください。
貴女をいついかなる時も支え、愛することを誓う。
この命の最後の瞬間まで――私は貴女だけを愛し抜く。
この手を――どうか取って欲しい」
「ユリウス様……」
群衆の中でもひときわ近い場所から声が響いた。
「手を取るんだ! イレーネ様!」
「もう貴女は自由なのですわ!」
「幸せになってくださいぃ!」
聞き慣れた声――ベネディクト、ソフィア、エリナの声。
「そうです、皆、貴女のために立ち上がったのです。
貴女を縛る牢から、解き放つために」
ユリウスの黒い瞳、差し出された大きな手。
――もう、我慢しなくていいの?
――もう、私はこの手に自分から触れてもいいの?
イレーネはそっと、彼の手に自分の手を重ねた。
強く掴まれ、立ち上がった彼に抱き寄せられる。
「イレーネ様! お幸せに!」
「幸せになれよ!」
歓声が空を震わせる。
顎を持ち上げられ、唇を重ねた。
万雷の拍手と歓呼が響き渡る。
その直後、夜空に大輪の光が咲いた。
次々と打ち上がる花火が、二人の頭上を彩り、民の歓声と溶け合う。
それは、解放の象徴であり、新たな人生を祝福する響きだった。
――この日、アルブレヒト皇国が誇る聖光教会の大聖女は追放された。
それは聖光教会の長い歴史において、初めての出来事であった。




