33 解釈の決断
図書室・特別区域。
あれほど意気込んでいた聖職者たちも、一向に進展のない古経典の解読に、心が折れかけていた。
「やっぱりこの、“相応しくないものは聖女にあらず”。これしか無いのではないかしら」
ソフィアが紙を指でなぞり、呟いた。
「意味がわからなすぎる。こんなもの、どう使うんだ」
ベネディクトが苛立たしげに頭を掻く。
エリナは小さくなって、黙々と別の経典をめくり続けていた。
そのとき、扉が軋んで開く。
「ご苦労様。……進み具合はどうですか?」
入ってきたのは大司祭マルケルスだった。彼もまた、時間を見つけてはここを訪れ、翻訳に加わっている。
ベネディクトは首を横に振った。
「そうですか……。未翻訳のものは私に回してください」
静かにそう言って、机に置かれた一冊を手に取る。
ソフィアは意を決して、例の紙を差し出した。
「大司祭様、こちらを……」
マルケルスは受け取り、黙って目を走らせる。
「言い回しが曖昧すぎて、どうにも……」
ベネディクトが言葉を重ねるが、大司祭は顎に手を添え、深く沈黙を守った。
やがて低く言葉を落とす。
「――教皇猊下は、こう仰られた。“たとえ意味がわからなくても仕方がない。現代を生きる我らが、改めて読み解かねばならない”と」
その一言に、皆が息を呑む。
「つまり……」
ソフィアの声が震える。
「“相応しくないものは聖女にあらず”」
マルケルスの声もまた震えていた。
「大聖女イレーネは、大聖女に相応しくない。……ならば、大聖女をやめ、教会から離れることが許される。還俗が許される。――我らが、そのように解釈するのです」
「そ……そんな……」
ベネディクトは顔を歪め、周囲を見回した。
しかし、大司祭ははっきりと断言する。
「これは、私のもとに宣言されるものとします。曖昧であろうと、私が責任を持ち、この解釈を通す」
その言葉に、張りつめていた空気が一気に揺らいだ。
エリナが声を上げて泣き出し、ソフィアが抱きしめながら彼女も涙を落とす。
ベネディクトは唇を噛みしめ、顔を伏せて拳を震わせていた。
ようやくイレーネを解放してあげられる――その喜びに胸が熱くなる。
同時に、“聖女に相応しくない”と断じることでしか彼女を救えない現実に、誰もが深い悔しさを覚えた。
長いあいだ続いた経典探しからの解放感すら入り混じり、涙と嗚咽と微笑みがごちゃ混ぜになる。
それでも皆の心はひとつだった。
――イレーネを救うためなら、この道を選ぶしかない。




