表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/41

32 許されぬ恋

 教会、作業所。


 休憩時間に入り、奉仕者たちは思い思いの場所へ散っていった。

 イレーネは奉仕者が繕った衣服を箱に詰め、倉庫へと運ぼうとしていた。


「手伝います」

 横から伸びた大きな手が、重たい箱を軽々と抱え上げる。

「あっ……ありがとうございます」

 イレーネは慌ててもう一つの箱を抱え、ユリウスの隣に並んだ。


「倉庫ですか?」

「はい。後日まとめて寄付します。豊穣祭でも配られるはずです」

「そうなのですね。……アルブレヒト皇国の豊穣祭は賑やかだと聞きました」

「えぇ。市民の出店や催しも多く、かなり盛大になりますよ」


 ――先日、彼に手を握られたあの日以来。

 それ以上の過剰な接触はなかった。ユリウスは穏やかに接してくる。

 けれど、イレーネは相変わらず彼の瞳をまともに見られなかった。視線を逸らし続ける胸の奥で、熱は募るばかりだった。


◇◇◇


 倉庫の棚は高い位置しか空いておらず、ユリウスがイレーネの箱も受け取って並べてくれた。

 その仕草に礼を言おうと顔を上げ――視線が絡みそうになり、慌てて彼の口元へ目を落とす。

 その口が、小さく「あっ」と動いた。


 次の瞬間、首元に触れる指。

 服の下に隠していたネックレスのチェーンを、彼の手がそっと掬い上げていた。


「……まだ、つけていてくださるのですね」

 掠れた声は、喜びというより胸を詰まらせる響きだった。


 胸の奥が焼けるように熱くなる。思わず目を強く瞑った。


 頬に触れる指先。震えるように目元をなぞり、顎に触れ、そして唇の近くへ。

「……イレーネ様。僕を、見て」


 抗えず視線が引き寄せられ、黒い瞳と重なった。

 ――どうして。どうしてそんなに悲しげに、泣きそうに私を見つめるの。


「僕では……貴女の支えにはなれませんか」


 その囁きに、イレーネの手が思わず彼の頬へ伸びる。

「……泣かないで」


「泣いているのは、貴女の方です」

 ユリウスの声は、胸の奥に沁みるほど静かだった。

「貴女の中の小さなイレーネが、ずっと泣いている」


 胸が締め付けられ、息が詰まる。

 そのまま後頭部を支えられ、温かな胸に抱きすくめられる。


「……だめ……だめなんです……」

 かすかな声で、必死に胸を押し返した。


 溢れる涙。抑えきれない想い。


「失礼……いたします」

 振り切るように倉庫を飛び出す。

「待って……イレーネ様!」


 追いかけようと足を踏み出しながらも、ユリウスは立ち尽くした。

 壁に背を預け、片手で額を覆い、もう片方の拳を震わせる。


◇◇◇


 私室に戻ったイレーネは、扉を閉めるなり崩れるように座り込んだ。


「……抗えない……あの瞳に見つめられると……」


 ぽろぽろと涙が床を濡らす。


「気づいてはいけなかったのに……好きになってしまった……」

 声は震え、途切れ途切れにこぼれる。


「大聖女なのに……恋など許されないのに……」


 嗚咽を抑えられず、イレーネは声をあげて泣いた。

 堰を切った想いが溢れ、涙は幾筋も頬を伝い落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ