32 許されぬ恋
教会、作業所。
休憩時間に入り、奉仕者たちは思い思いの場所へ散っていった。
イレーネは奉仕者が繕った衣服を箱に詰め、倉庫へと運ぼうとしていた。
「手伝います」
横から伸びた大きな手が、重たい箱を軽々と抱え上げる。
「あっ……ありがとうございます」
イレーネは慌ててもう一つの箱を抱え、ユリウスの隣に並んだ。
「倉庫ですか?」
「はい。後日まとめて寄付します。豊穣祭でも配られるはずです」
「そうなのですね。……アルブレヒト皇国の豊穣祭は賑やかだと聞きました」
「えぇ。市民の出店や催しも多く、かなり盛大になりますよ」
――先日、彼に手を握られたあの日以来。
それ以上の過剰な接触はなかった。ユリウスは穏やかに接してくる。
けれど、イレーネは相変わらず彼の瞳をまともに見られなかった。視線を逸らし続ける胸の奥で、熱は募るばかりだった。
◇◇◇
倉庫の棚は高い位置しか空いておらず、ユリウスがイレーネの箱も受け取って並べてくれた。
その仕草に礼を言おうと顔を上げ――視線が絡みそうになり、慌てて彼の口元へ目を落とす。
その口が、小さく「あっ」と動いた。
次の瞬間、首元に触れる指。
服の下に隠していたネックレスのチェーンを、彼の手がそっと掬い上げていた。
「……まだ、つけていてくださるのですね」
掠れた声は、喜びというより胸を詰まらせる響きだった。
胸の奥が焼けるように熱くなる。思わず目を強く瞑った。
頬に触れる指先。震えるように目元をなぞり、顎に触れ、そして唇の近くへ。
「……イレーネ様。僕を、見て」
抗えず視線が引き寄せられ、黒い瞳と重なった。
――どうして。どうしてそんなに悲しげに、泣きそうに私を見つめるの。
「僕では……貴女の支えにはなれませんか」
その囁きに、イレーネの手が思わず彼の頬へ伸びる。
「……泣かないで」
「泣いているのは、貴女の方です」
ユリウスの声は、胸の奥に沁みるほど静かだった。
「貴女の中の小さなイレーネが、ずっと泣いている」
胸が締め付けられ、息が詰まる。
そのまま後頭部を支えられ、温かな胸に抱きすくめられる。
「……だめ……だめなんです……」
かすかな声で、必死に胸を押し返した。
溢れる涙。抑えきれない想い。
「失礼……いたします」
振り切るように倉庫を飛び出す。
「待って……イレーネ様!」
追いかけようと足を踏み出しながらも、ユリウスは立ち尽くした。
壁に背を預け、片手で額を覆い、もう片方の拳を震わせる。
◇◇◇
私室に戻ったイレーネは、扉を閉めるなり崩れるように座り込んだ。
「……抗えない……あの瞳に見つめられると……」
ぽろぽろと涙が床を濡らす。
「気づいてはいけなかったのに……好きになってしまった……」
声は震え、途切れ途切れにこぼれる。
「大聖女なのに……恋など許されないのに……」
嗚咽を抑えられず、イレーネは声をあげて泣いた。
堰を切った想いが溢れ、涙は幾筋も頬を伝い落ちていった。




